2010/9/26

9/26 北海道帰路フェリーにて  

昨夜は、苫小牧港を後にして食事を済ませた後、台風の時化が予想されていたので、すぐ風呂に入った。大きな湯船のお湯も船の触れであふれんばかり。風呂は床が滑りやすく、揺れのひどい場合は閉鎖される。

ボクシングの世界チャンピオン戦があったので、それをみるため談話スペースのテレビの前や、喫煙スペースには人が多かったが・・・よく見ると北海道行きのフェリーで見かけた人が多かった。皆この連休を利用しておもいおもいの北海道旅行をしてきたようだ。船は狭いので必然的に声を交わす機会が多く、いろいろな人の話が聞けた。バイクのツーリング客が多かった。最近の若い人はバイクにあまり乗らないので、北海道ツーリングも今や熟年の趣味らしい。なんだか日本の行く末が安じられる。

ボクシングの試合が終わると、スーッと人が引けた。行きのフェリーでは、宴会もどきの元気な人たちもいたが、さすがに皆さん旅の終わりはお疲れモードか?
真っ暗なデッキに出ると横殴りの雨が・・・そして気温が明らかに上がったのが感じ取れた。ピッチングが大きくなった。台風に接近したようだ。ちょっと気になったのが追い風だったのに、逆向きになっていた。

船内の喫煙スペースに戻ると、話好きの女性がいて、延々と北海道の魅力を聞かされた。この人も確か行きのフェリーに乗っていた人。どのような境遇か知らないが、北海道好きが興じて札幌にマンションを買ったそうだ。飛行機よりフェリーが好きで、新潟からの船にも乗ったことがあるとの事。びっくりしたのは世界最速フェリー(なっちゃんは除いて)の敦賀便にも乗ったことがあるそうな・・・・東京からわざわざ敦賀まで行って乗船したらしい。225mの巨体が航行速度30ノットというスピードで航行する。山本五十六が聞いたらさぞびっくりするだろう。ただしその女性は、早いフェリーだとは全く認識していなかった。確かに一般の人の感覚では、たとえ40ノットの船でものろまな乗り物という印象しかないようだ。

11時前には一週間ぶりのベットにもぐりこんだ。子供の頃に何度か乗った寝台車を思い出す。母が一番下妹が中段。私が最上段に寝る。それでも子供には充分なスペースだったが、天井が近いのは覚えている。この船の2等寝台は、第5フロアーの最後尾に有り廊下の突き当たりの非常口からは、すぐファンネルのあるデッキスペースに出れた。ベッドも2段ベッドではなく。カーテンを閉めても圧迫感がないのは良かった。どうしても外と遮断されがちな船の中では、あのフェリー特有の閉塞感が少なくていい場所だった。ただファンネルに近いので3万馬力のディーゼルエンジンの音が気になると言えば気になる。

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[早朝に撮った巨大なファンネル]

ピッチングに加えローリングも大きくなった。ベットに横になると時折、200mの巨体が波で軋む音がした。かなりあれているらしい。最後にデッキでみた波は、だいたい5,6mといったところ。佐渡汽船だと6mで欠航になる。ipodで最後にまた「落陽」を聞いた。しかしいつの間にか目覚ましをセットしないまま寝てしまった。

朝になった。目覚ましをセットしなかったのでなんとAM6時を回っていた。失敗した。朝日の写真をとる予定だったがもう無理。洗面を済まし風呂に行くと時化のため閉鎖されていた。

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[早朝デッキは已然強風で誰もいなかった]

AM7時デッキに出た。本州が見える。でも予定では、宮城の金華山沖の予定がどうも風景が違う。まだ宮古沖にも達していない様子。

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[暫くしてちらほらデッキに人が出てきた。海岸に見える町は宮古の北の方の町だ。宮古は海からは市街地が見えなかった。]

朝食を例のごとく、バイキングでたらふく食べた後、甲板部ブリッジよりアナウンスがあった。台風との接近で津軽海峡沖で一旦調整航行に入った事。(たぶん昨夜の風の逆転は、苫小牧側に引き返した可能性大)今後は台風の影響が少なくなるので、航行速度を上げて遅れを取り戻すとの事であった。金華山通過は12時頃の予定とのことだった。やっぱ船に乗ったら頼りは船頭だけだ。船長 機関長お願いしますよ!約現在5時間の遅れである。

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[昨夜程ではないが、まだ強い波浪でトレースがかき消される]

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[船は22ノットに速力を上げた]

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やがて宮古沖のトドが崎方面が見えてきた。東経142度分20秒。本州最東端。古いがここは昔灯台守の映画になった。題名は「喜びも悲しみも」だったと思う。唄が有名で、出だしは ♪・・おいら岬の灯台守は、妻と二人で・・・・といった感じで、昭和40年代のNHKのど自慢では、「イヨマンテの夜」と並んで定番ソングだった。

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[まだピッチングはおさまらない]

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まだ、我がふるさと牡鹿半島 金華山沖までには一走りある。三陸海岸はきれいではあるが、海からはほとんどの町や集落は見えない。みな湾の奥に町があるからだ。単調な眺めになるので、部屋に戻った。しかし・・・暇をもてあました。

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ベッドに横になって、北海道記念に買った釣り新聞を読んでいると、船内アナウンスで金華山沖通過のアナウンスがあり、簡単な島の紹介があった。デッキに出る見慣れた風景が・・・女川沖江の島が見えた。この島は人が住んでいるらしい。

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[やがて遠くに、女川原子力発電所の煙突が見えた。]

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そして東北三大霊場 金華山 が見えた。ここは金華山神社の関係者以外住人はいない。山頂は「大海神神社]があり大水平線が見渡せる。何度か登った事がある。

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金華山最東端 東経141度53分にある「大箱崎]と「賽の河原」非常に潮が速い。昔から幾人と水死者を出した。「賽の河原」は行ってみればわかるが恐ろしい風景の浜だった。中学の頃、絶対に泳ぐなと言われていたが、仲間と船で1時間もかけて泳ぎに来たことがある。潮が速いので、体にロープを結んで、石を積んでいって、その石を抱いて潜ったが、海底に着くと物凄い潮流で、アワビなんかいたずらにも一つも獲れない。子供だったとは言え今考えると無茶をしたものだ。

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金華山灯台。ここまでは千畳敷という海岸を通り歩いて行ける。しかし、反対側の神社に来る観光客が訪れる事はない。かなり道中がしんどいからだ。

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やがて、船内放送を聞いた人たちが、狭い船内からデッキに繰り出してきた。台風の遅れで皆お疲れモードであったが、ここより風がやんだ。海はまた夏の海(9月ではあるが)に戻った。潮が変わった。海が明るくなった。黒潮の海に入った。

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やがて仙台湾側に「田代島」「網地島」が見え出す。島は高い山がなくホットケーキ状の台地の島だ。

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「田代島」「網地島」と牡鹿半島の鮎川浜との海峡。この正面に松島湾があるが、奥まっていて見えない。我が故郷 石巻港はこの方角では一番奥になるので、全く見えなかった。

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[牡鹿半島最東端 黒崎]  ここには黒崎牧場がある。

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やがて金華山が遠ざかる。

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望遠でかろうじて、牡鹿半島最短の町 鮎川のゴミ処理場の煙突をとらえる事ができた。

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やがて、相馬の火力発電所が見えた。金華山からここまでの海域を一般的には、金華山沖というらしい。仙台港も塩釜の火力発電所も残念ながら奥まって見えなかった何せ地球は丸いので、沖からは発電所のような大きな高い建物しか見えないのだ。

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海の色が完全にライトブルーに変わった。まだ今年は夏が残っているのかもしれない。

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台風が過ぎてもうねりは大きい。行きかう小型の船はまだまだ大きなしぶきを上げている。
大洗までまだ4時間はかかる。結局帰港は18時を回った。約一昼夜の船の旅だった。

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この少年は、水平線のかなたに何を見たのだろうか。
長い北海道への釣行は、あっという間に終わった。
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2010/9/25

9/25 北海道最終日  

北海道7日目の朝が来た。今日でこの道東の川ともお別れ。K++さんはあと3週間北海道で釣りの予定。まぼろしのイトウは、時間切れでまぼろしのまま終わった。朝1時間程度、河原に立つも、渇水状況は変わらず、ボーズであった。それに帰りのフェリーがちょうど太平洋を北上してきた大型の台風の影響で出航するか不安であった。早々に寝床の公園に戻りK++さんと一週間泥だらけになった車を洗い、セルフスタンドで給油。今回は北海道だけで500Lほどの給油量を見越してきたが、今回で水戸の給油を含めたったの3回、給油量も260Lですんだ。ほとんど移動していない勘定だ。北海道は燃費も伸びる普段より2kもいい7k/Lを記録。

フェリー会社になかなか電話がつながらず、苫小牧便欠航も想定し函館まで移動できるAM10時前には道東の川を後にした。池田町に差し掛かる前にフェリー会社に電話が繋がった。出航するとの事。ただし台風のため大幅な遅れが予想されるとの事であった。まあこれで一安心。ゆっくり苫小牧を目指した。

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前のバイクは福島ナンバーの女性ライダーだった。やはりこの一週間の飛び石連休でツーリングに来たのか??でも仲間がいない様子。装備も軽装。もしかしてバイク持参でお嫁に来たのかもしれない。

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池田町のセイコーマートこのチェーン店は北海道のコンビニのようでいたるところにある。品ぞろえは、全国チェーンのコンビニより地元色が強く豊富。特にお弁当は充実していた。ここで、記念に毎晩行った居酒屋に置いてあった焼酎≪サッポロソフト≫を買った。たぶん飲まないとは思ったもののみやげに誰かにやってもよい。度数が40度で飲みやすいとは聞いたが、何せ私はビール、ウイスキー以外のアルコールは苦手でやっぱ飲まないだろう。

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大地を走る高速の向こうに日高山脈が見えてきた。

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やがてトンネルを超えると白樺の林が・・・

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トマムが見えてきた。

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トマムのリゾートは、ミニ湯沢っぽい感じであった。

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そして高速終点。ここから夕張までは下道だが、数年後に高速が繋がるそうだ。ただし一車線なので、時間の短縮には貢献しない模様。北海道は下道も高速なみの流れの道が結構多いからだ。

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やがて高速が終わり占冠へ ここで秋の交通安全週間のせいかネズミとりをやっていた。結構つかまっていた。流れで走っていたが、前の車がつかまり後続の私はセーフだった。

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ここでおトイレ休憩を兼ね、占冠道の駅へ。みやげを探すが、あまりいいものはなく、結局喜ばれないかもしれないが、ジャガイモや野菜を買った。なんとなく北海道産というと美味そうな気がしたもんで・・・トウモロコシのゆでたてが売っていて1本 かぶりついた。これは美味かったし安かった。満足。

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夕張からまた高速。帰りはやはり同じ道でも早く感じる。あっという間に苫小牧に着いた。出航まで4時間以上もあるので、ジャスコに・・・でも時間がつぶしきれず、パチンコ屋へ。ラッキーなこと帰りのフェリー代くらい勝った。

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私は、船が好きだ。ここから、我がふるさと牡鹿半島までのフェリーのレポートを書いてみる。夕日にてらされた八戸行きシルバーフェリー。佐渡汽船より若干小型の船だ。
私が中学三年の時、吉田拓郎の唄「落陽」という曲が流行った。あれから30年と幾年月、ついに苫小牧発仙台行きフェリーの前に立つ。ということで、iPodに、ダウンロードしてきた「落陽」を聞く。歌詞の中にある落陽と仙台行きフェリーが目の前にある。感動的だ。

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きれいなフェリーターミナルとその奥に「仙台行きフェリーきそ」が停泊している。きれいな船だ。新潟にいたので、新日本海フェリーは、何度も見ているが、太平洋沿海フェリーは海で釣りをしながらみた程度。きれいだが、新日本海フェリーに比べるとかなり小さい。大洗行きのフェリーと同程度だったのが残念。

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ここはターミナルの中の乗手続き窓口。インターネット予約の場合はその申し込み画面をハードコピーして持参すると書類を書かなくて済んだ。これはお勧め。インターネット予約の場合、5%の割引もある。私は10%割引のJAF割りを利用した。帰りは2等寝台(カジュアルルーム)をチョイスしたので若干高めで、大洗まで23000円程度だった。ただしエコノミーのザコ部屋よりはかなりいい。寝具のリネンは、エコノミー同様きれいだった。

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やがて、夕日が落ちた。30数年前、拓郎もこの夕日を見たのだろうか?でも作詞は拓郎でなかったような気もする。

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これぞ、唄に出てくる「苫小牧発仙台行きフェリー」きそである。

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こちらが、大洗行き18時45分発商船三井のフェリー確か船名は「さっぽろ」だった。来た時と同じ船だ。早くターミナルに来た割には、写真撮ったりでまたまたどん尻の乗船になってしまった。

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ターミナル前にて、商船車列最後尾の我がプラド。朝、洗車したのでパールマイカがよく映える。昨日までの泥車とは思えない輝き!!

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案内版があったので、記念撮影。結局かなり待たされ、出航20分前乗船完了。

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乗船し、すぐ部屋のベッドに荷物をほうりこんで、後部デッキに出た。仙台行きフェリーの後ろ姿を撮りたかった。ちなみにこの埠頭には新日本海フェリーは入港しない。他にも苫小牧には港があって、そこに入港するらしい。

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船は2分遅れで出航した。出航時のデッキ。私以外誰もいない。すでに台風の影響で風が強くなっていた。

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レストラン通路の展望室通路は人気。ここの椅子に座って寝ている人もいた。それから延々、酒を飲んでる人とか・・・私は苦手だ。どうも一か所に居れない性格。また狭い船内をうろうろしっぱなし。


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レストランでのバイキング。行きはデザートを食べなかったが、帰りはしっかりいただいた。

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レストランの窓からだんだんターミナルが遠ざかるのが見えた。やはり台風でキャンセルが出たのか、来る時よりも混んでいない。すぐ席も確保できた。

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やがて外海に・・・・風が強い。相変わらず食事を済ませても誰もデッキには出てこなかった。やがて、苫小牧の灯が、一直線に並んだ。さらば北海道。また来る日まで。

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2010/9/24

9/24 北海道6日目  釣り

六日目の朝が来た。確実に秋が深まっている。昨日も風があったが、太平洋岸を大型の台風が北上中と朝のテレビで言っていた。もしかすると明日の夕方のフェリーが台風と出くわす可能性が高い。この町の公園の駐車場で寝るのも今夜が最後になる。

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後ろのあずま屋に、水洗トイレと水場があった。

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まだ、月は沈んでいなかった。確か少し前が中秋の名月だった。

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K++さんはまだ就寝中。どうもまたまた胃の方が痛むらしい。

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今日、明日でこの牧場の風景も見納めである。余談ではあるが、この辺はいわゆる個人経営の牧場ばかり。施設などは老朽化が目立った。ここもやはり中央の農政の失策が響いている。鈴木ムネヲ氏は好きではないが、この大地のため、道東のためにあれだけ頑張った人は中央政権にいただろうか??幾つかの地域の牧場を見てふとそんな事を考えてしまった。

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崖のポイントから釣りあがる。しかし渇水が激しい。台風の影響か風も強かった。

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そんなこんなで、魚も今日はこの辺はお休み。上流部も昨日もあまりやる気のあるアメはいなかった。そんなこんなで河口に行くことにした。

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河口はダブルハンドのフライが有利との事。なんでそうなのかは、よくわからない。風が強かったし、K++さんの体調もいまいちなので、とりあえず3時頃まで、町で一軒のコンビニに戻り昼寝をした。

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午後3時。駄目もとで再び河口。ここの河口は海側が波の影響でふさがった形になっていて、湖のようになっている。年によっては完全にふさがる時期もあるそうだ。
ここに来たのは、個人的には新しく買ったフローターを進水したかったからでもある。今度のフローターは体重130KまでOKとなっていた。今までのは90kまでなので、常に110K近い体重の私は、許容範囲を越していた。かなりでかいフローターであるが、プラスゲインの製品で安い。まあ実用には問題なさそう。

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K++さんは立ち込みで始めた。170センチくらいの人なら腰までつかるところでも。抜群の長身で股下までの立ちこみですむ。まさにこんなところは長身の人が有利だ。そしてこちらが、対岸に上陸前に、70センチ級を一本あげてしまった。これでスイッチが入ったのかK++さんもフローターに切り替えた。

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対岸にフローターで上陸すると、足元をビュンビュン、アメが通り抜ける。フィンに激突したものもあった。本来ならカラフトの後に今は鮭も遡上しこのプールをぐるぐる回遊する時期らいいが、今年は遡上が遅れているらしい。

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集魚灯だろうか?波に打ち上げられていた。

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北海道に来れば誰でも名カメラマンになりそうな・・・ただ澄んだ空を撮れば後は大自然が構図を決めてくれる。

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波と戯れるカモメかウミネコ。個人的にはこれが今回の旅行のベストショットだと思う。

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プールから海に続く水路でフライの人が頑張っていた。何本かあがっていたが、40クラスの小物だった。私はマールアミーゴのバイブであたりがあり、バイブでやったが、3回のフッキングで、ラインプッツン2回と足元バラシ1回であった。しかし確実に河口のルアーは大物がヒットするのは確か。k++さんは12Fのシーバス竿でなんと、70クラスを3本とデカ鮭のスレ1本だった。やっぱ、あの人はイチロウじゃないけど、イワナ系に関しては何か持ってますな!!!
私は心残りではあったが、この素晴らしい風景と海アメの豪快な引きを楽しめたので良しとしよう。それに・・・・・一週間シーバスロッド振っていると、たいした沢歩きもしない割には疲れた。少なくとも涸沼あたりのシーバス釣りより、かなりハードであった。

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夕暮れを釣るK++さん。

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夕方、風が収まったので、フローターで帰ることにした。

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フローターの撤収を済ませ、またいつもの風呂屋でいつもの居酒屋と思ったが、最後の晩は隣町の銭湯に行く事にした。いよいよ明日の夕方のフェリーで大洗いに戻らなければならない。少しK++さんが体調を崩しているのが、心配だが、K++は残り3週間の北海道釣行の予定だ。かなりそれはうらやましい。ところで台風が・・・明日フェリーで鉢合わせの可能性大である。

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2010/9/23

9/23 北海道5日目  釣り

北海道五日目の朝がきた。雨が降っていない。少し気温も寒くなってきた。
今日はラインシステムを変えての挑戦。まだ私は50アップを釣っていない。何とか北海道に居る間に60アップまでは釣りたいところだ。

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ポイントに着くとすぐさまK++さんの竿に異変が!!なんと新品の竿が数頭で穂先が折れた。どうも不良品だったらしい。K++さんは、またまた12フィートのシーバス竿での釣りをせざるを得なくなった。12フィートでは62あたりのコントロールは超厳しいが、それでもこの日もK++さんは快調に60アップを釣った。

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私も何とか53センチが釣れたがそういうわけか、49とか48とか小物ばっかりであった。しかしイワナでは50センチが過去最高なので、アメとはいえ一応記録更新である。

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ランディングの写真をとってもらった。

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一応、イワナ系 自己最高の53センチ

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ラインは万が一の大物に備えファイヤー25ポンドにチェンジ

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竿がまたまた折れてもK++さんは68を3本揃えた。

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写真の一眼はK++さんのK-7(ペンタックス)小型で防塵防滴使用。私のD70はすでにこの3世代前の代物になるが、ニコンの防塵防滴使用は高いので、暫く我慢である。

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この日は、河原までテーブルを持ち込んでコーヒータイムを味わった。ここは車まで近いのでこんなことができる。河原のコーヒーはいつも格別だ。

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この日は、ちょっと前に熊が出た支流の奥にも入った。さすがに源流部は本州の渓壮と似ている。しかし魚は渋かった。訴状の数が今年は極端に少ない。岩魚の集まっている淵にウエーダーで入って遊んでいると≪ウーウー≫という獣の唸り声がした。やばいかとも思ったが、時期に聞こえなくなった。K++さんにも伝えたが、別段気にしていない様子。
昼に牧場のあるところまで戻り公園で昼飯にした。ここは山奥だが、きれいな森林公園だった。来訪者は誰もいなかった。

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公園駐車場前の牧場。牛は、何処も私が近寄ると遠ざかっていく。どうもホルスタインとは縁がなさそうだ。ただ一匹こちらを警戒して動かないのがいたので写真に収めた。肉牛ではないが、やはり牛はおいしそうだ。熊、イノシシなども食ったことがあるが、やっぱ肉は家畜の豚、牛に限る。

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9月下旬にもなるともう北海道は秋の気配が・・今朝のテレビではまだ関東は夏日を記録していると言っていた。今年の夏は本当に皆さんご苦労さんでした。

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夕方、朝のポイントまで下ると渇水のせいか、全く反応なし

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空もすっかり秋の模様。それにしても北海道は空気が澄んでいるのか空がきれいだ。

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やがて日が落ち、空は茜色に染まった。ここでは大地が実感できる。

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またまた、いつものボロ銭湯に入って、いつもの居酒屋へ。K++さんのお隣は地元の方で、昨年もK++さんとあっているらしい。スチールヘッドのポイントを教わった。趣味は写真とか。D300を持っているらしい。D300が中古で5万円を切ったら、買いたいと思っている。ちょっと重いけど・・・いいカメラだ。

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いつものお店の、ママさんとお連れ様。ママさんに、北海道特注の漬物を1瓶もらった。おいしいと言ったら、用意してくれた。今度ひたちなかの干しイモでも送ろうと思っている。
偕楽園の梅の方が喜ぶか???残念ながら水戸には納豆以外あまり特産品がない。水戸というと納豆おいしいの?と聞かれるが、特段変わらないような気がする。今まで食った納豆で一番おいしかったのは、小出の納豆だ。名前は忘れたが今でも新潟にいけば、デパ地下で売っている。小出の店にも直接いったが、確かに美味かった。

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2010/9/22

9/22 快晴の摩周湖  観光

釧路湿原の端の「シラルトロ湖」から摩周国道(R391)で約1時間で弟子屈の温泉街に着く。ここを左折すると摩周湖だ。摩周湖は連れのものが以前北海道激安グルメツアーで訪れた際に北海道で一番きれいなところと言っていたのできたいしていた。

高い山中にあると思っていたが、平原というか高原が外輪山で隆起した形状で、麓の弟子屈温泉が標高150m 摩周湖の外輪山の展望台が500mちょっとでほぼ直線道路で登れる。

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いわば、平野が隆起してできたようなところだった。

展望台に立つ。摩周湖が眼下に広がった。文句は無い。ただただ美しい。遠くの斜里岳がアクセントになっている。来て良かった。

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ここは布施明の「霧の摩周湖」で有名になったらしい。湖面に降りれば、摩周ブルーと呼ばれる幻想的な水面を堪能できるそうだ。田沢湖に次ぐ透明度を誇るらしい。少し景色に見とれていると、大きな洗面器のようにも見えてきた。真ん中に小島がある。テレビで見た通りの景色。展望台右手には別の噴火口を持つ摩周岳が見える。できれば「霧の摩周湖」を見てここで布施明の「霧の摩周湖」何ぞ歌ったらさぞ気持ちがいいだろう。たぶん熟年の団体観光客はここで景色を堪能しホテルのカラオケルームで熱唱する人も多いだろう。そんな日本人的な団体旅行が最近は減ってきて寂しい。

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摩周湖展望台より釧路側を望む。

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観光客はみな冬支度であった。気が付くと半袖短パンは私だけだった。

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摩周湖の下には大平原が・・・・・

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北海道もでかいが、190前後の長身のK++さんも、北海道の大平原の中に入ってもでかかった。

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帰りに弟子屈の温泉、「ホテル摩周」で日帰り温泉を楽しむ。いい風呂であった。

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あまり文句は言いたくないが、いつもの町の1軒しかない銭湯はかなりお疲れモードの施設だったのでなおさらいいお湯に感じた。何故か窓の外にはクリスマス系の電飾が・・・なかなか渋い!ここは中央大学陸上部(駅伝)の夏の合宿場所とか・・・・摩周湖へのまっすくな登りで鍛えるのだろうか??ロビー隣の卓球場では、ここの若夫婦と思われる方々が卓球に興じていた。のどかでもある。

帰りは県道53号をナビが示したのでそのまま走った。こちらはもう一方の釧路湿原の縁を通る。ほとんど信号がない。釧路湿原まではなだらかな丘陵の牧場地帯をひた走る。昼間はいい景色だろう。魔女の宅急便屋さんが空を飛んでてもおかしくない風景。北海道はどこか日本離れしている。

霧の摩周湖に触圧されて、帰りは歌謡曲が聴きたくなったが、あいにく歌謡曲は桜田淳子ベストとザピーナッツ、そして由紀さおり、なぎら健壱しかダウンロードしていなかった。結局由紀さおりの「挽歌」と「手紙」をリプレイでかけたが、気が付くといつものDパープルになっていた。この道は釧路新道に直結していた。暗くなったのでいつもの町のねぐらにしている公園の駐車場に戻った。

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