2006/11/22
我が家の息子達もそれぞれ小、中、高、大とクラブ活動に参加していました。先日、このクラブ問題でいじめを受けたとして自殺した中学生がいましたが、息子も同じバスケットをしていましたので活動の中身は分かります。小学校4年生から始めて大学卒業するまで続けておりました。女子とは違い男の子ですからそれほど後を引くようなトラブルは無かったです。
親は見ていたのですが、何があってもこの子はバスケットを一番に生活していましたので、問題の学校の生徒さんも同じ気持ちでクラブ活動をしてきたのではないでしょうか。レギュラーになっているのに家庭の事情とはいえ、休むなんて信じられないくらいの気持ちだった思います。また中途からバスケット部に入るということは大変な努力が必要です。技術ばかりではなく、その部活のメンバーとのコミュニケーションも非常に大事です。
わが息子三男の場合は、大学3年に編入して部活に入ったときはもうすでにチームワークが出来あがっている訳ですから、そこへ入ってプレーをすることは精神的にきつかったと思います。よくクラブの仲間を自宅に呼んではごはんを食べたり、遊んだりと行動を共にしていました。そこには先輩、後輩の上下関係もあったと思います。
この中で、私は次男のことも思い出します。この子も中学に入ってクラブ活動にバスケットを選んだのですが、中学に入って初めてボールにふれたのです。とても新鮮にかっこよく感じたのでしょう。一生懸命に練習をしていましたが小学校の時からやっている子とは段々に差がついてきました。おまけに体のほうにも故障が出たりして練習に出られない日が多くなってきました。ベンチにも入れずに制服を着て観覧席から試合を見学することもありました。
私たちもそのときは一緒でした。子供の気持ちが痛いほど伝わってきました。この子は人前で自分の気持ちを相手に伝えることが苦手な子でした。ですからクラブ活動を体の故障で休むことも、仲間に伝えられずにずる休みだと思われ、だんだん孤立(こりつ)してしまったのです。
PTAの活動などで私はよく学校に出かけていましたのでその辺の事情は分かっていました。それで、大会の日に主人と共に子供の試合を観に行き、子供の様子を見ました。これはこの子にとって限界に来ていると思い、主人の中学校時代の話をしてもらい、別のクラブを選んでも良いのではないかと話をしました。
息子は新しいクラブを選びました。彼が選んだのは陸上部でした。小学校の時に毎年校内マラソンで上位入賞していたのです。そのときの仲間がみんな彼の入部を喜んで迎えてくれたのでした。それからは精神的にも落ち着き、充実した中学校生活を満喫(まんきつ)していました。
私は自殺したAさんも、またいじめたといわれている子供たちも同じように一つの目標に対して一生懸命だったのだと思います。私は息子二人が同じバスケットをやっていたのでよく分かりますが小学校からやっている子は「バスケ!命!」なのです。だから、仲間とのプレー一つにしても妥協(だきょう)はありませんでしたね。ですから、お互いにぶつかり合いもしていたと思います。ボールが自分に飛んできてあたったこともあるでしょう。でもそれは勝つ為にみんなが一つになるために必要なことだったと思います。でも残念に思うのは保護者も、学校側もそのことに気づいていながら尊い命を救うことができなかったということです。
私が一番気遣うのは加害者とされた子供たちのことです。被害者、加害者と分けられている状態の中、学校側でもっと保護者との連絡を密にとりあい、命を大切にすることを学んでほしいと思います。私たち大人はもっと学校に対して、PTA活動に参加して保護者としての責任を果たすべきだと思います。
私は息子を被害者にも加害者にもしない子育てをしてきました。このいじめの問題にしても、もっと親がもう一歩踏み込んだ対応をしていたら命を救うことが出来ていたのではと、残念でなりません。わたしは三人の息子を育ててきましたが、何度もそんな場面に出会っています。また息子達にもいつも言っています。「母はおまえたちを命がけで産んだのだからどんなことがあっても死ぬことを考えるな」と、
今も言っています。
Akiyo


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