12歳
中学校に通うようになると、周りのメンバーは小学校のときとなんら変わりないが、少しずつ賭博へ興味を持つ。タバコをはじめるものがいたりシンナーを面白半分にやってみるようなものがいたり。
そんな中、「ケシゴム落とし」なるものがクラスで大ブレイク。
机にケシゴムを乗せ、一手ごとに指で弾きあい、相手のものを落としたものが勝ち。相手のケシゴムを手に入れる。これがなかなか奥が深い。ケシゴムを指で弾く以外に手で持ち机の任意の場所に置くということもできる。もちろんこのときは相手のケシゴムを落とすという権利は失うが有利なポジションを得ることは出来る。多人数でのプレイも可能で最後に残ったものが参加者全てのケシゴムを得る。
中には、一個200円もする巨大なケシゴムを持ってきたり、中に鉛を仕込んだり、とサミー・ソーサもびっくりの技を仕掛けてくるものもいた。ケシゴムの片面に溝を彫り抵抗力をつけたり(ただしこの方法は守備力は上がるが攻撃力は下がる)、ケシゴムを強く机に当てて密着させたりと色々な方法を編み出すものが出てきた。
この中で自分は正攻法をとりながら勝ち進んだ。自分でケシゴムを買ったことなど一度もない。相手の出してくるケシゴムに対して自分のもっとも有利なケシゴムを出すという戦術だけ。攻撃力が高く守備力の低いケシゴム相手には自分から攻める、このときのケシゴムは自滅に備え安っぽいものを出す。または相手の命中力が低ければ挑発的なポジションを取り相手の自滅を狙う。相手の守備力が高ければ持久戦を狙う。こちらも守備力の高いものを選び一撃で仕留めるようにする。
この遊びは大流行。放課の時間には、各々の机や教卓が戦場になった。しかし負けの込んだ仲間がケシゴムを万引きしたという噂が流れるようになると担任から禁止されるようになった。それでも火のついた遊びはなかなか収まらなかった。
この遊びに熱中すると勝ち頭である自分はのめりこんだ。体が小さく、いじめの対象になっていいものだが、ケシゴム落としで頂上に立ってしまってはむしろリーダー的存在となった。
まだ学年でも成績上位だったが、校内1位の成績は入学時のみで以後はふるわなかった。せいぜいベスト5にはいる、という程度になった。
麻雀も友人が覚えるようになり、友人宅へ出向いては小遣い稼ぎとなった。周りは覚えたてで、点数計算ができるのは自分だけ。この状況で負けるはずもない。1000点10円〜30円というものだがかなり小遣いが入り込んだ。とにかく相手の手の進むのが遅く、仕掛けてきても安い。少々の無理攻めは取られても十分挽回可能だった。この頃の勝率は6割ほど。鬼畜だなぁ。
パソコン雑誌から麻雀ソフト「ぎゅあんぶらあ自己中心派」を知り、次いで原作を読みたくなり麻雀漫画と出会った。もう一歩進み、近代麻雀誌も読むようになった。今をときめく福本漫画の黎明期の頃も読んでいる。
13歳
ケシゴム落としのブームが去ると次はオイチョカブが流行した。花札ではなくトランプを使用した。ギャンブルとしての勝負の機微はここで培われた。我々のルールでは3枚目のカードを引きたいときは自由に引けた。このため9が最強であっても、子方が4くらいでとめておき胴(親)が5や6で引き自滅を誘うというようなこともやった。このような駆け引きこそギャンブルの醍醐味である。
もちろんケシゴム落としよりははるかにゲーム性が低い(万人向けである、つまりギャンブル向け)なので勝ったり負けたりだ。それでもジンクスが色々生まれてそれにしたがったり、ブラフをうまく使うことで親のカードを下げさせたりなんてことをやった。
ケシゴム落としのときと同様にグループの中核にいた。
あなたの身の回りにもいませんか?
ギャンブルや酒などを教えてくれる友人、いや悪友。自分こそその悪友の代表格だと思う。