主エル・カンターレうるわしき光の国・地球
私のブログに来てくれて感謝します ありがとうございます
僕のブログに対して僕は著作権を持ってます。 僕のブログの記事の1つ1つが僕の作品で思い入れがある作品ばかりです。
私は幸福の科学三帰者ですが、このブログに出る記事は幸福の科学の教えとは関係のない記事が書かれてます。 どれが幸福の科学と無関係かは幸福の科学の教えを学んでる人にしか分かりません。 当ブログカテゴリー中で幸福の科学と関係あるのは大川隆法先生関連カテゴリーだけです。それ以外の仏教、エッセー、あの世からのメッセージ、心理療法、幸福論、思想、ノンジャンル、睡眠中の夢、その他の著者の本などのカテは幸福の科学とは無関係です。
このブログには個人名が出ますが実在の人物ではありません。 当ブログには個人名が出ますが幸福の科学会員だとは限りません。このブログには個人名の出るストーリーが出ますがこれらは創作活動に使う予定のアイデアメモです。
愛に敵なし
武 厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)
私の辞書に不可能という文字はない
私は日輪の子
男らしさ 武人 ナポレオン・ボナパルト 必死 男の中の男 草薙の剣(くさなぎのつるぎ) ミハイル・ゴルバチョフ ガリア戦記 ユリウス・カエサル アレキサンダー大王 かっこいい 山県有朋(やまがたありとも) 日本武尊(やまとたけるのみこと) 大和朝廷 アレキサンドリア図書館 武神 光神 光
「徳川家康 遺訓」
人の一生は重荷を負(おう)て遠き道をゆくが如し、いそぐべからず、不自由を常とおもへば不足なし、こころに望おこらば、困窮したる時を思ひ出すべし、堪忍は無事長久の基(もとい)、いかりは敵とおもへ、勝事(かつこと)ばかり知(しり)て、まくる事をしらざれば、害其(その)身にいたる、おのれを責(せめ)て、人をせむるな、及ばざるは過(すぎ)たるよりまされり
「ヘレンケラーの言葉」
幸せの扉がひとつ閉じるとき、別の扉がひとつ開く。けれども、私たちは閉じたほうばかり見つめていて、私たちのために開けられた扉に気づかないことが多い。
この世はひとときの思い出でありメルヘンです
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2005/1/31
「ビジネスアイデア」
アニメーターを集めて90分くらいのオムニバスを毎年提供する
アニメ起業家アニメプレナーが高い報酬を得られる社会づくりをする
安松さんと相談して
アニメーターを集めて起業する
出来高を2倍にして
45分のアニメでハイクオリティ・商業的にも成功するアニメをつくる
アニメスタジオ形態の精神障害者通所授産施設をつくる
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/31
「雑記」
エッセー
時間とお金があったら何をしたいか考えましょう
時間は成功者も貧乏人も平等です
あとは、その時間をどう使ったかです
どんな問題でも答えは自分の中にあります
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/31
「サスペンスファンタジーの霊感」
睡眠中の夢
時代設定は江戸時代
推理もの
犯人は推理小説に書いてあることを基に殺人をする。
アメリカの空襲に紛れて
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/31
「山川紘矢亜希子のメルマガより」
あの世からのメッセージ
「ある人にとって変化は大変に苦痛で、生活の中に緊張とストレスを生み、時には生活を停滞させます。勇気を出して新しい道に進みなさい。海図にさえのっていない新しい海域へ、おそれずに船を進めなさい。
私(神)がこの未知の海へあなたを導いているのです。」
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/31
「アートマン(我)と仏性」
仏教
仏教伝道協会「仏教聖典」文庫本
第3章悟りの種 第3節とらわれを離れて
「1、このように、人には仏性があるというと、それは他の教えで言う我と同じであると思うかも知れないが、それは誤りである。
我の考えは執着心によって考えられるけれども、悟った人にとっては、我は否定されなければならない執着であり、仏性は開き現されなければならない宝である。仏性は我に似ているけれども、「我あり」とか「我がもの」とか言う場合の我ではない。
我があると考えるのは、無いものをあると考える、逆さまの見方であり、仏性を認めないことも、あるものを無いと考える、逆さまの見方である。」
中略
「丁度このように、世の中の誤った考えを取り去り、我の執着を取り去るために、我はないと説いたが、その誤った考えを取り去ったので、あらためて仏性があると説いたのである。
我は迷いに導くものであり、仏性は悟りに至らせるものである。」
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/31
「戒定慧の三学」
仏教
仏教伝道協会「仏教聖典」文庫本P83より
「戒めは貪りの汚れを取り去り、正しい心の統一はいかりの汚れを取り去り、智慧は愚かさの汚れを取り去る。」
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/31
「新しいブログつくりました」
「小説マンガ論文の書き方」と言います
http://d.hatena.ne.jp/elcantare/
リンク集にも追加しときます
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/31
「釈迦の本心」
大川隆法総裁先生
第5章縁起の法より
「過去世において、親子や兄弟、夫婦であって、「お互いに幸福であった」という思いがあるからこそ、今世においても、親子や兄弟、夫婦の縁となって表れてきているのです。」
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/31
「清浄の本心」
仏教
仏教伝道協会「仏教聖典」より
第3章悟りの種 第1節清らかな心 P68
「4、すべての人々には、清浄(しょうじょう)の本心がある。それが外の因縁によっておこる迷いの塵のために覆われている。しかし、あくまでも迷いの心は従であって主ではない。
月は、しばらく雲に覆われても、雲に汚されることもなく、また動かされることもない。
だから、人は浮動する塵のような迷いの心を自分の本性と思ってはならない。
また、人は、動かず、汚されない悟りの本心に目覚めて、真実の自己に帰らなければならない。浮動する迷いの心にとらわれ、逆さまの見方におわれるので、人は迷いのちまたをさまようのである。
人の心の迷いや汚れは、欲とその変化する外界の縁にふれておこるものである。
この縁の来ること去ることに関係なく、永久に動かず滅びない心、これが人の心の本体であって、また主でもある。
客が去ったからといって、宿屋がなくなったとはいえないように、縁によって生じたり滅したりするはからいの心がなくなったからといって、自分がなくなったとはいえない。外の縁によって移り変わるはからいは、心の本体ではない。」
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/30
「山川紘矢亜希子のメルマガより」
あの世からのメッセージ
まぐまぐメルマガ「山川紘矢亜希子の自由気ままに」より
「愛をこめて仕事をしなさい。
あなたは今の仕事や生活に本当の喜びを感じていますか?
ただたんに仕事を上手くこなすだけでなく、完璧に仕上げることに
本当のほこりを感じていますか? なすべきことは、すべて愛と喜
びをこめてしあげなさい。それはごく日常的な用事から、この上な
く重要な仕事にいたるまで、すべてにわたって言えることです。」
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/30
「仏教聖典」
仏教
迷いの心は自己の本性ではない
仏教聖典P67三、
「もともと、すべての人が、始めも知れない昔から、煩悩の行為に縛られて、迷いを重ねているのは、二つのもとを知らないからである。
一つには生死のもとである迷いの心を、自己の本性と思ってること。二つには、悟りの本性である清浄な心が、迷いの心の裏側に隠されたまま自己の上に備わっていることを知らないことである。」
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/29
「悟りを得るのに必要なもの」
仏教
仏教伝道協会「仏教聖典」文庫本
第3章悟りの種第1節清らかな心P66より引用
「象を扱う術を学ぶのには、信念と健康を持ち、勤勉であって、偽りがなく、その上に智慧がなければならない。仏に従って悟りを得るにも、やはりこの5つなければならない。この5つがあれば、男でも女でも、仏の教えを学ぶのに長い年月を要しない。これは、人には皆、悟るべき性質が備わっているからである。」
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/29
「不幸即幸福」
仏教
仏教伝道教会「仏教聖典」文庫本 第4節かたよらない道P62より引用
「人は不幸をおそれて幸福を望む。しかし、真実の智慧をもってこの二つを眺めると、不幸の状態がそのままに、幸福となることが分かる。それだから、不幸がそのままに幸福であると悟って、心身にまとわりついて自由を束縛する迷いも真実の自由も特別にはないと知って、こうして、人はその真理を悟るのである。
だから、有と無といい、迷いと悟りといい、実と不実といい、正と邪といっても、実は相反した二つのものがあるのではなく、まことの姿においては、言うことも示すことも、識(し)ることもできない。この言葉や計らいを離れることが必要である。人がこのような言葉や計らいを離れたとき、真実の空を悟ることができる。
たとえば、蓮華(れんげ)が清らかな高原や陸地に生えず、かえって汚い泥の中に咲くように、迷いを離れて悟りがあるのではなく、誤った見方や迷いから仏の種が生まれる。
あらゆる危険をおかして海の底におりなければ、値(あたい)も知れないほどに素晴らしい宝は得られないように、迷いの泥海の中に入らなければ、悟りの宝を得ることはできない。山のように大きな、我への執着を持つものであって、はじめて道を求める心も起こし、悟りもついに生ずるであろう。」
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/26
「ベートーベンの「田園」交響曲」
エッセー
昨日雁ノ巣病院の精神科デイケアで私企画のCD鑑賞会を開いた。
昨日はベートーベンの「運命」「田園」をかけた。
「運命」はともかく「田園」は「いい曲」くらいの認識しかしてなかった。
でも昨日「田園」をきいて最後の部分で曲の意味が分かって不覚にも泣いてしまった。
「田園」は4つの曲からなっている。
1田園でベートーベンが感じた幸福感
2祭り
3嵐
4嵐がやんで幸福感
1,2は人生の順調なときの幸福感で3は人生の苦境4は苦境を乗り越えて得られる幸福感を表現していると私はその時気づいてその4の幸福感を感じて泣けてしょうがなかった。
投稿者: この世は仮の世
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2005/1/25
「お知らせ」
私の母が今月いっぱいでインターネットをやめると言い出しました
そういうわけで私はここへの書き込みができなくなるかも知れません
ネットカフェで更新を続けることも考えましたが、いつになるやら分かりません そういうわけで気長に待っていてください
投稿者: この世は仮の世
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