主エル・カンターレうるわしき光の国・地球
私のブログに来てくれて感謝します ありがとうございます
僕のブログに対して僕は著作権を持ってます。 僕のブログの記事の1つ1つが僕の作品で思い入れがある作品ばかりです。
私は幸福の科学三帰者ですが、このブログに出る記事は幸福の科学の教えとは関係のない記事が書かれてます。 どれが幸福の科学と無関係かは幸福の科学の教えを学んでる人にしか分かりません。 当ブログカテゴリー中で幸福の科学と関係あるのは大川隆法先生関連カテゴリーだけです。それ以外の仏教、エッセー、あの世からのメッセージ、心理療法、幸福論、思想、ノンジャンル、睡眠中の夢、その他の著者の本などのカテは幸福の科学とは無関係です。
このブログには個人名が出ますが実在の人物ではありません。 当ブログには個人名が出ますが幸福の科学会員だとは限りません。このブログには個人名の出るストーリーが出ますがこれらは創作活動に使う予定のアイデアメモです。
愛に敵なし
武 厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)
私の辞書に不可能という文字はない
私は日輪の子
男らしさ 武人 ナポレオン・ボナパルト 必死 男の中の男 草薙の剣(くさなぎのつるぎ) ミハイル・ゴルバチョフ ガリア戦記 ユリウス・カエサル アレキサンダー大王 かっこいい 山県有朋(やまがたありとも) 日本武尊(やまとたけるのみこと) 大和朝廷 アレキサンドリア図書館 武神 光神 光
「徳川家康 遺訓」
人の一生は重荷を負(おう)て遠き道をゆくが如し、いそぐべからず、不自由を常とおもへば不足なし、こころに望おこらば、困窮したる時を思ひ出すべし、堪忍は無事長久の基(もとい)、いかりは敵とおもへ、勝事(かつこと)ばかり知(しり)て、まくる事をしらざれば、害其(その)身にいたる、おのれを責(せめ)て、人をせむるな、及ばざるは過(すぎ)たるよりまされり
「ヘレンケラーの言葉」
幸せの扉がひとつ閉じるとき、別の扉がひとつ開く。けれども、私たちは閉じたほうばかり見つめていて、私たちのために開けられた扉に気づかないことが多い。
この世はひとときの思い出でありメルヘンです
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2005/4/30
「心の挑戦」
大川隆法総裁先生
第2章仏性とは何か 1悟りの可能性と仏の基準 ポイント
仏性とは仏の性質 仏の性質とは悟ることができる性質
「皆さん一人一人の心のなかに仏性があるということは、言葉を変えるならば、『一人一人に悟りの性質がある』ということです」
悟りの性質とは悟りの可能性
悟りは人間が水たまりを越えるように簡単に得られるものじゃなく、大海をヨットで渡るようなものだ
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/30
「第3章人類幸福化への旅立ち 4前進、また前進」
大川隆法総裁「幸福の原点」
「我らは大いなる愛の大河です。愛の奔流です。愛の奔流というものは、その流れのなかに、どのような堤が築かれようとも、どのような大岩があろうとも、どのような大木が倒れていようとも、それを乗り越えていくのです。乗り越え、乗り越えて、どんどんどんどん押し流していくのです。
こういう愛の激流、善念の激流でもって私たちは進んでいこうと思います
『前に障害があるから進まない』とか、そのようなものではなく、『それを乗り越えていく。いや、その下をくぐってでもいく。あるいは、横に回ってでもでていく』、そういう大いなる愛の大河として、奔流として、流れていく必要があるのです。
こうする時に、あらゆる悪はないのです。あらゆる敵はないのです。
敵と見えるのは相対観にしか過ぎません。 絶対的な見地から言えば、愛に敵はないのです。圧倒的な善念ですべてを包んでいく時、そこに敵はないのです。
そこに反対者がいるということは、まだみずからの愛が浅いのだということです。それを知りなさい。もっともっと大いなる愛、仏のような大いなる愛でもって人々を包んでしまうなら、そこには悪も敵もないということを知りなさい」
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/30
「主よ、ありがとうございます」
エッセー
私の永遠の転生輪廻の歴史の中でも、これほど精神的に追いつめられたことはないでしょう
おかげで魂が鍛えられました
なんと私は自殺志願者、精神障害者、人生の負け組の仲間入りを果たしました
これ以上ないと言うくらい苦しみましたが、まだ苦しみ足りません
2500年前かあるいはそれほど昔でなくても真理の使徒に対して謗法(ほうぼう・法を謗る)の罪でも犯したのでしょうか
私は人並みの自己満足の得られる人生は送れませんでした
謗法の罪とまではいかずとも前世、前々世でよほどやり残した魂修行の課題があるに違いありません
この世は仮の世とはよくいったもので、この世はユートピアからはほど遠く、心の病にかかっても薬物治療以外施さない全く頼りにならない精神科医にかかるしか道は残されてませんでした
前世で謗法の罪でも犯したのでしょうか
私は魂の奥底で自分で自分をのろうとでも言うような
絶対に今世、自己満足の得られる幸福な人生は歩むまいと固い決意のもとに生まれてきたとしか思えません
私の精神障害者の仲間、自殺志願者の仲間を見ているとやはり彼らも魂の奥底で同じ念い(おもい)をもってるとしか思えません
私は一生主を賛美し続けないといけないでしょう
そうしないと前世、前々世で犯した罪を償えません
そうしないと自分の犯した罪が許せません
謗法の反対は賛美です
精神障害者の仲間には法縁すら拒む者がいます
彼らは本当の幸福、霊的成長の幸福を得る道をすら拒んでいます
充分苦しんだはずなのにまだ苦しみ足りないのでしょうか
謗法の罪のもたらす自分への悔恨の念いは深いもので、「自殺志願者の憩いの場」というサイトにいる「ゆうみ」という人の体験した辛いことは、その自責の念を人生で表現しているとでもいえるものでした
これでもかこれでもかという位辛い体験をしています
岩元貴久や藤井孝一、本田健のような自己満足の得られる人生を送れる人がいる一方で私たちのように長い間社会の底辺で苦しみ続ける人もいます
この違いはどこから来るのかは転生輪廻の思想を受け入れないと分からないですね
主よ今世も謗法の罪を犯しました
ではさようなら
お話聞いてくださってありがとうございます
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/27
「念仏2恐怖に対して」
仏教
「ブッダ悪魔との対話サンユッタニカーヤU」岩波文庫版
第11篇サッカ(帝釈天)に関する集成
第1章第3節旗の先
11「修行僧達よ。もしもそなたらが森の中にいようとも、樹木の根元にいようとも、空き家にいようとも、恐怖が起こったならば、戦慄が起こったならば、身の毛のよだつことがあったならば、その時には我を憶念せよ」
中村元・注「憶念せよ」
「心の中で思い続けよ、という意味である。
念仏の原始形態が示されている」
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/27
「このブログを通して」
エッセー
言葉を発信してきたが
それを通して思うのは
与えた言葉が自分のものになるということ
与えたものが自分のものになる
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/27
「笑顔は努力してつくるもの」
エッセー
朝昼晩笑顔をつくる努力をしよう
愛してるから笑顔で接する
感謝してるから愛する
いろいろな意味でいろいろなものや魂修行の機会をもらってるから、罪多い不完全な自分なのに生かされてるから感謝する
1日の終わりに笑顔で1日をおえることができたらそのことに感謝しよう
もらってるから、生かされてるから感謝する
感謝してるから愛する
愛してるから笑顔で接する
笑顔で1日をおえられたらまた感謝する
人生は感謝と笑顔の繰り返し
そうやって螺旋階段を登るように毎日を生きていけば悟りという名の幸せにつながっていくんじゃないかと思う
笑顔の本も集めて笑顔波動を心の中に取り込もう
そうやって笑顔の指導霊・専門家に笑顔の指導をしてもらおう
笑顔の本と言えば福田純子、野坂礼子、門川義彦がおすすめ
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/27
「念仏」
仏教
「ブッダ悪魔との対話サンユッタニカーヤU」
第]篇ヤッカについての集成
第8節スダッタ
四「しかしその資産者<孤独な人々に食を給する人>は次のように思った
『今尊師にお目にかかるために赴くのは、適当な時でない。私は明日、適当な時に尊師にお目にかかりにいこう』と思って、ブッダのことを心に思い浮かべながら臥した」
中村元・注
「ブッダのことを心に思い浮かべながら」
これを漢訳仏典では「念仏」と訳す
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/25
「第3章人類幸福化への旅立ち」
大川隆法総裁「幸福の原点」
3光の旅路
「ここで考えなければならないことは、「単なる自分のための旅路ではない」ということです。
向かう先は、仏の住まう大殿堂です。
行く手には、仏が住まう大殿堂があるのです。
そこに至るためには、大いなる、聖なる街道、あるいは聖なる大道があるのです。
目の前に、まっすぐに大きな大きな道が開けているのです。
皆さんは、これをまっしぐらに歩んでいかねばなりません。」
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/25
「笑顔 」
エッセー
花もまた笑顔を与えている
私も花に負けられない
花に笑顔の作り方を学ぼう
感謝から与える愛(布施)へ
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/25
「人生はひとときのメルヘン」
エッセー
主と同時代同地域に生まれるのが最大の奇跡
主と同時代同地域に生まれるなんてまるで童話みたいだ
メルヘンチックだ
現実味がない
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/24
「幸福の科学の説く幸福・本当の幸福とは」
エッセー
本田健が「幸せな小金持ちへの8つのステップ」という本を出している
ここで言う幸福というのは苦しみがなく心が平安だと言うくらいの意味だろう
それも幸福であろうが、何か物足りない
何だろうとずっと考えていたが
それが分かった
幸福の科学の説く幸福は「悟りという名の幸せ」である
つまり幸福の科学の説く幸福とは悟りのことである
悟りのない幸福は底が浅いし、そんな幸福はちょっとした逆風ですぐ破壊される
永遠の転生輪廻をする我々にとって本当の幸福とは何らかの悟りを得て法悦・小恍惚感・ピークイクスピーリアンスに浸ることだろうとおもう
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/23
「このブログは主を賛美するためにある」
エッセー
ブログのタイトルが「エルカンターレうるわしき光の国地球」となってるのはそういうわけ
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/22
「獅子坐」
仏教
「ブッダ悪魔との対話サンユッタニカーヤU」
第W篇悪魔についての集成
第1章第7節眠る
2
「その時尊師は、夜の大部分、戸外をそぞろ歩きしておられたが、夜の明け始めた頃に、両足を洗って、精舎に入って、右脇をしたにして(右)脚の上に(左)脚をのせて、よく気をつけて、はっきり意識して、また起きあがることを考えて、獅子坐をかまえておられた」
中村元・注
そぞろ歩きとは禅宗で言う(経行)きんひん
きんひんというのは合掌しながら歩き回る特殊な歩き方
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/22
「私のように」
エッセー
人並みに生きれない人へ
毎日が生きにくい人へ
何とか食いつなげればそれでよしと考える
天寿を全うするまで
ただ仕事は食いつなぐ手段じゃなく
子供の時から世話になってきた社会に対する報恩の機会
投稿者: この世は仮の世
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2005/4/22
「毎日働くってのは」
エッセー
山に毎日登るようなものだ
山に毎日登るなんてことは普通はできない
それをいかにして続けるか
答えないといかんテーマだ
仕事はただ単に食いつなぐ手段じゃなく
子供の時から世話になってきた社会への報恩の機会
自分を必要とする人たちのために自分を布施する機会
自分を必要とする人がいることは喜ばないといけない
給料は働かないともらえない
当たり前のことのようだが私にとってはそうじゃない
これは与えないともらえないという法則に合致する
投稿者: この世は仮の世
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