私は自分の障害に感謝している。
私が自分を見出し、生涯の仕事、
そして神を見つけることができたのも、
この障害を通してだったからである。
人生とは興奮に満ちた仕事の実践である。
最も興奮するのは、他人のために生きるときだ。
人生は、私たちが愛のなかで育つようにと、
神さまが与えてくださったものだと思う。
悲しみと苦痛はやがて「人のために尽くす心」という
美しい花を咲かせる土壌だと考えよう。
心を優しく持ち、耐え抜くことを学ぼう。
強い心で生きるために。
幸せの扉がひとつ閉じるとき、別の扉がひとつ開く。
けれども、私たちは閉じたほうばかり見つめていて、
私たちのために開けられた扉に気づかないことが多い。
不幸せの極みにあるとき、
自分にはすべきことがあるのだと信じなさい。
誰かの苦悩を和らげてあげられるかぎり、
人生は無駄とはならない。
▼ 幸福の境地
誰もが自分の才能に見合った仕事を自由に選べるとしたら、
人生はどれほど楽しいものになるだろうか。
幸福感に満ちて、充実した毎日を過ごせることにほかならない。
人生の目的は何か、などと堅苦しく考える必要はない。
楽しく生きて、この世を去るときに、
「生まれてきてよかった。幸福な人生だった」
と振り返ることができたら、
その人は人生を楽天主義者として過ごせた成功者だといえる。
幸福は心の持ち方の問題で、
外見から他人が判断できるものではない。
自分が納得のいく仕事をしたとき、美しい風景を眺めたとき、
家族で和やかなに団欒しているとき、
人は幸福を意識することなく心の安らぎに浸るのである。
その安らぎこそが、幸福の境地なのではないだろうか。
▼ 信じること
私は他人が善を行うことを愛するのである。
これらの善の活動は、私が助力しようと願おうが願わまいが、
真実の人間観を樹立する証となるものである。
私は、誰もが最高のものとして信じている力、
すなわち「秩序」「霊力」「自然」「神」の恩恵を認める。
万物を生育させ、存立させている太陽の力を認める。
私はこれらの不思議な力を仰ぎ、
その導きによって善なるものが実現することを信じているため、
これらを師として、また友として、
それらが与えるどのような運命にも感謝し、歓喜し、勇躍して
服従するのを光栄とする。
このことがまさに、私の楽天思想の思想的態度なのである。
▼ 神の世界で
私の考えるところでは、深遠で厳粛な楽天主義は、
自分自身は神のなかにあるという強固な信念より
溢れ出たものである。
神の大きな心はいっさいの真理に通暁し、
あるがままに宇宙を包み込み、幻影を実体に変える。
また、絶えずやむことのない変化を見てとり、
永遠で極まるところのない悟りの世界における
実相の一要素とする。
私たちは宇宙のほんの小部分を手で掴むだけであるが、
精神は宇宙全体を眺め、宇宙を支配する慈仁恩愛の法則を
認めている。
▼ 未来への確信
世の中にはいまなお多くの邪悪があり、
それら邪悪はいまだに掃討されていない。
しかし、我々楽天主義者は、
洋々とした未来に希望を抱いている。
楽天主義者の信条のなかには、失望、落胆はない。
神の正義と人の尊厳を信じているからである。
現在のような、各民族が互いに抗争し、
それぞれの主義主張が相争う惨憺たる修羅場のなかから、
徐々に絢爛たる霊的新時代が現れようとしているのを
我々は感じている。
この新時代においては、人類はみな「平和」を法律とし、
「親和」を定則とし、「労働」を手段とし、
「神」を天に戴く一同胞となるのである。
そうなれば、現在の諸民族間における対立は
なくなるであろう。
▼ 私の信条
すべての信念を統括するものは、
この宇宙を創造した偉大な力として、
別に厳然と存在している。
そして、私があらゆる災害と艱難を克服して、
信念を維持できるように守ってくれている。
楽天主義とは、善を信じ、輝かしい未来の到来を確信し、
明日を今日より美しいものにするための努力を重ねる
生き方なのである。
明日は今日より美しい。
明後日は明日よりさらに美しい。
楽天主義者はそのように信じている。
▼ 未来に対する希望と確信
「サクセス・マガジン」インタビューより
私はいま幸福の絶頂におります。
毎日が充実しています。
私の三重苦の障害は、神様が私に授けてくれた運命です。
この障害のおかげで、私は外部からの妨害や悪い影響などを
いっさい受けることなく、積極的に考えて生活することが
できるのです。
障害は神様からの恩恵であり、私はこの運命に対し、
心から感謝しております。
人は目的なり志なりを立てて、その実現に努力することが
成功への道です。
その努力には、目的の財産や権力を得るのに
ふさわしい人格をつくることも含まれています。
努力をするから人生は楽しくなるのです。
精一杯の能力を注ぐことで、その努力は必ず報われます。