主エル・カンターレうるわしき光の国・地球
私のブログに来てくれて感謝します ありがとうございます
僕のブログに対して僕は著作権を持ってます。 僕のブログの記事の1つ1つが僕の作品で思い入れがある作品ばかりです。
私は幸福の科学三帰者ですが、このブログに出る記事は幸福の科学の教えとは関係のない記事が書かれてます。 どれが幸福の科学と無関係かは幸福の科学の教えを学んでる人にしか分かりません。 当ブログカテゴリー中で幸福の科学と関係あるのは大川隆法先生関連カテゴリーだけです。それ以外の仏教、エッセー、あの世からのメッセージ、心理療法、幸福論、思想、ノンジャンル、睡眠中の夢、その他の著者の本などのカテは幸福の科学とは無関係です。
このブログには個人名が出ますが実在の人物ではありません。 当ブログには個人名が出ますが幸福の科学会員だとは限りません。このブログには個人名の出るストーリーが出ますがこれらは創作活動に使う予定のアイデアメモです。
愛に敵なし
武 厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)
私の辞書に不可能という文字はない
私は日輪の子
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「徳川家康 遺訓」
人の一生は重荷を負(おう)て遠き道をゆくが如し、いそぐべからず、不自由を常とおもへば不足なし、こころに望おこらば、困窮したる時を思ひ出すべし、堪忍は無事長久の基(もとい)、いかりは敵とおもへ、勝事(かつこと)ばかり知(しり)て、まくる事をしらざれば、害其(その)身にいたる、おのれを責(せめ)て、人をせむるな、及ばざるは過(すぎ)たるよりまされり
「ヘレンケラーの言葉」
幸せの扉がひとつ閉じるとき、別の扉がひとつ開く。けれども、私たちは閉じたほうばかり見つめていて、私たちのために開けられた扉に気づかないことが多い。
この世はひとときの思い出でありメルヘンです
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2006/8/31
「脂ののりきってる人へ」
大川隆法総裁先生
いま、脂の乗りきっている年代のあなたがたであるならば、
「自分の給料の額だけを稼げばよい」ということになるはずはないのです。
まだまだ、それだけの努力、修行ができていない人、
仕事に充分についていけない人に対しても、
「その分、自分たちが働いて、
お金を回してやるというくらいの気持ちにならなければなりません。
したがって、「給料の十倍働く」ということを目標とすべきです。
(『成功の法』第4章)
投稿者: この世は仮の世・仏性
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2006/8/29
「自灯明」
大川隆法総裁先生
「みずから光をともそう」と思う人の数が多くなっていくことで、
地上は光に満ち、天国に近づいていきます。
ところが、「助けてほしい」という人ばかりが増えたならば、
この世は闇に沈んでいくのです。
(『希望の法』第5章)
投稿者: この世は仮の世・仏性
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2006/8/27
「たまには自分をほめてみよう」
大川隆法総裁先生
「コーヒーブレイク」より転載
「『人からほめてもらえる』ということは、とてもうれしいことです。
幸福の科学では、『正しい言葉で人をほめてあげよう。人に対しては、優しい言葉を投げかけ、愛を与えよ』と説いています。
しかし、現実には、優しい言葉をかけ、愛を与える人の数は、まだまだ足りません。そこで、どうしても人がほめてくれないのであれば、たまには自分で自分をほめた方がいいでしょう。
見方は色々ありますが、自分に関しては自分が一番情報を多く持っているのですから、『少し見方を変えてみようか』と考えることです。
『あの人と比べて劣っている』『こうならなければ失敗だ』
という考えで行くと、『自分は駄目な人間だ』ということになるかも知れませんが、少し違う見方もあるのではないでしょうか。
現在の自分は、小学生の頃から見れば、10代の時には『こんな自分は、一生、結婚できないのではないか』と悩んでいた人が、今は、『不作の女房をもらった』と悩んでいるかも知れません。
しかし、『結婚できない』と思っていた自分から見ると、『結婚できた』というだけでも、とても偉いことではないでしょうか。
また、『こんな不作の女房であっても、それは養い続けているというのは、偉いことではないか』という見方もあるでしょう。
子供の出来が悪くて悩んでいる人の場合は、『こんな出来の悪い子供であっても、それを育てているというは、すごいことではないか』という見方もあります。
60歳で平社員である人の場合は、『60歳で平社員であっても、仕事を続けているのだから、大いに情熱があるのではないか』という見方もありますし、『病気をしないだけでも大したものではないか』という見方もあります。
髪の毛で悩んでいる人の場合は、『髪の毛が全くなくなる人も多い中で、例えザビエルのようではあっても、周りに少し毛が残っているだけでも、すごいではないか』『白髪になったけれども、ロマンスグレーで、格好いいではないか』などという見方もあります。
そのような見方もあるので、人があまりほめてくれないのならば、たまには自分で自分をほめた方がよいのです。
毎日毎日だと、やり過ぎかも知れませんが、週に1回ぐらい、『こんな鬱(うつ)状態だし、まあ、たまには自分をほめてみるか』という気持ちをもってもよいのです。」
投稿者: この世は仮の世・仏性
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2006/8/25
「今日も辛いです」
エッセー
死神(しにがみ)に念を集中されてるようです。
自殺者を自殺させる霊的原因は死神の存在だとはっきり分かりました。
死神とは何かグーグルで調べるとどんぴしゃりと人間を死へと誘う神と出ました。
両親は脳天気としか言いようがありません。
両親と私ははっきり言って馬が合いません。
両親と一緒に暮らしても私は私一人のひとりぼっちの人生を歩んでいます。
死神を主題にした物語にイソップ童話があるのをグーグルで発見しました。
イソップ童話を見てから私も自身の体験談に添って自殺と死神を主題にした小説を書こうと思います。
自殺するとしても10月一杯まで予定がつまってるので自殺するのは11月からということになります。
死神に攻撃されつつ11月までもちこたえるのは至難の業です。光あれ
投稿者: この世は仮の世・仏性
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2006/8/13
「運が悪いとき、元気をくれる考え方」
大川隆法総裁先生
「人間の人生と運命には、ある程度の周期があるように思います。
『何年ぐらいで周期とするのか』『何ヶ月で周期とするのか』というようなことは、定かには述べませんが、確かに、何年かの周期で、調子のよいときと悪いときというものがあるように思います。
そして、逆境といわれる時期にこそ、実は、いちばん素晴らしいものが始まっていると私は思うのです。
考えてみれば、人生の転換期には、環境との不調和、他人との不調和が必ず起きます。そうすると、精神的につらいのは事実です。
では、これがなければ、ほんとうによいのかといえば、そのようなものではないと思います。
『こうした苦しみの時期は、同時に、素晴らしいものが始まっている時期でもある』 そのように考えることができるのです。
そうしてみると、逆境は怖くなくなります。
なぜ怖くないかというと、『運命の逆境期において、魂は、いちばん糧を得ることができる。いちばん教訓を得ることができる』と考えられるからです。
これは、おそらく、竹で言えば節の部分ができている時期に当たると思います。
竹は、それまで、20センチ、30センチと順調に伸びてきたのに、やがて節をつくらなくてはいけなくなってきます。
このときには、おそらく苦しみがあるのではないかという感じがします。
結局『運命あるいは運勢に、ある程度の周期があって、調子のよいときと悪いとき、順境・逆境がある』ということは、『それが、人生において、成長し、節をつくっている部分である』ということだと思います。
『逆境のときが節であり、節ができると、そこからまた次なるものが出てくるのだ』という感じが強くします。
したがって、苦しいときには『いま節をつくっているのだ』という気持ちを持って、次への成長の道を歩んでいただきたいと思うのです」
大川隆法著「コーヒーブレイク」より転載
投稿者: この世は仮の世・仏性
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