26年もクライミングしていると、数多くのルートやボルダーに出会ってきた。
その中でこの一本!というのを選ぶのはかなり難しい…
しかし心を鬼にして珠玉の課題の中から選んだのは、ルートでは城ガ崎の「コロッサス」、ボルダーでは熊本の「モンキーハング」
ん?2本もある?……そこは社長権限で今回に限り2本書くのだ!
「コロッサス」
このルートは伊豆の城が崎シーサイドエリアにあり、開拓初登者はロクスノのold but gold記事でお馴染みの杉野保氏。
このルートが開拓初登された1987年。この年はある意味に記念的な年でもある。
それまではアメリカのヨセミテクライングからの影響で、人工とはんの前進用ボルトを使わず回収可能なプロテクション、ナッツやフレンズをクラックで使い、なおかつ可能な限りフリークラミングでトライするクラッククライミングが主流だった。
ところがヨーロッパ、特にフランスが主に始めたのが、フェイスに予めボルトプロテクションを設置してフェイスをフリーで登るという、今のフリークライミングと言われているスタイルである。
このスタイルが80年代後半に日本にも導入され、それまでクラックが主流だった城が崎にもフェイスクライミングが取り入れられたたのである。
そんな時代背景もあり、今風のルートのように終始過剰ボルトプロテクションではなくナチュナルプロテクで行ける所も残しつつ、最小限のボルトでフェイスクライミングの可能性を日本に導いた年でもあったルートの話に戻ろう。
コロッサス下部はクラックルートのプッレシャーを辿り、途中からホールドの細かいフェイスそしてカンテ状のハングに入り核心のランジに突撃すると言う、情け容赦ないそらもう性質悪いルートだわ…。
しかもこのルート!発表当時12c/dその後13aに各上げされた珍しいルートでもある。そして私自身が10年前コロッサスをトライした際に忘れられない出来事があった。
このルート下部の第一核心がナチプロで11a、プロテクションのセットも悪くそこで落ちればプロテクションが抜け、グランドの可能性が大きいという怖いルートである。
このためトライを躊躇しているとき保科正則氏が声を懸けてくれた、
「下部の核心を落ちずに登れなければ上の核心を登れる訳ないじゃん、ギヤ貸してやるから登りなよ」
この言葉は11を楽勝で登れなければ13をトライする資格はおまえには無いと言う意味の彼なりの励ましと、クライミングスタイルの厳しさを感じさせた強烈な言葉だった。
この言葉により迷いは吹っ切れトライすることになりこの翌年完登することが出来た。
このルートを登れたのはやはり保科氏の助言の意味することが大きかったと思う。日本のフリー界を牽引してきた男の言葉は重みがあるし物の本質を突いている。
コロッサスを完登したこの年にコロッサスをトップロープで試登していたパーティーがいた。この行為をみてかなりの憤りを感じてしまった。何故そんなもったいないことをするのか、リスキーなルートではとくに自分の真の力を試されるし、ごまかしの効かない真剣勝負、そんな要素もクライミングの面白さでもあるのにと…。
この頃からルートを効率よく落とし、グレードだけを追いかける数字ゲームが始まっていたのかもしれない。今の流行は高いグレードを落とすことのみに重きをおいており、登るためには手段を選ばずなりふり構わずの感がある。そこには自身のクライミングスタイルについて考えることもなく、今トライしているルートやそのエリアの成り立ちの歴史も興味無く、ひどいときにはローカルルールも無視、もしくは知らないと嘯き、興味あるのはルートのグレードだけ、なにか本来クライミングの楽しむ要素が欠け変な方向にいっているような気がするのは俺だけかな。
岩場で長い竿を降りまわし我が物顔でプリプロを繰り返しているボルト狂信者の勘違い野郎にこんな硬派なルートを登ってもらいたいもんだ。出だしから安易にボルト打たなかった杉野氏も偉いとおもうよ、彼が現役を離れてもナチプロセクションにボルトが打たれないことを祈るよ、今のままがええルートやしね。
「モンキーハング」
この課題はロクスノで杉野氏により紹介された九州では隠れた名作、現地まで辿りつくのが難しくほんとに隠れ名作!(ある意味たどり着くのが核心か!?)
こんなにいいラインなのに意外と登られていない。
この課題にたどり着く?きっかけは、昨年の沖縄ボルコンでのスッタフだった学生よしと君と、ひょんなことから意味もなくモンキーハングでガチンコ勝負することになり今年の正月にガチンコ勝負が実現。勝負は年寄りの老獪さで俺の勝利だった。
この課題、高さ7メートルもありかなり威圧的である。最後の核心が4〜5メートルの位置にありしかも両手スローパーで足に乗り込んで行くムーブ!そこで落ちたら…と考えるだけでも恐ろしい内容だ。
沖縄、九州、愛知、関西の総勢8人でセッション開始し俺が一抜け。怖かったと同時に嬉くもあり、思わずトッップアウト後岩の上で雄たけびを上げてしまった。
グレードに関係なく魂のクライミングをやり終え岩のトップに立った時の快感はクライミングをしていて良かったと思う。登れた人も登れなかった人もおなじ空間でおなじ課題を共有できたことに幸せをかんじる一時であった。
しかし21年前にここにラインを見出し、トライした柏木さんは偉大だと思う。九州各地に柏木さんの課題があるが今でも色あせることなく面白い。やはり良い課題は時代を超えてるね、この課題に導いてくれた仲間に感謝するとともにこんな良い課題を創った柏木さんに感謝です。
そこで思うにクライミングメディアはもっと過去の優れた先駆者に敬意を払うべきだしクライミングの歴史をちゃんと伝える責任があるのではないかな。ピラミッドの先ばかり光をあてて全体像が分からないのと同じだ。
今各地でおこっているアクセス問題にしても全体象がメディアから伝わらないのもその一つだろうし、伝えられるの多くの情報は華やかなトップクライマーの動向ばかりだ。確かにクライミング界を牽引しているトップレベルの情報もクライミングをしている者にとっては必要不可欠だが、限られたトッププロの言動が必ずしもその他大勢のまともなローカルのルールや考えとマッチしているとは言いがたい。
プロとアマはあきらかに立場も違うし金銭も絡んでくるだろうし考えが違って当たり前だとおれは思っている。トップクライマーの言動が必ずしも正しいことなのかどうかを我々はもうそろそろ気付かなくてはならない。クライミング社会を支えているのは最も数の多い中間層の名も無いクライマー達である。はっきり言ってある意味主役でもあるのだ。各地のローカルはもっと自信と自覚をもつべきだろう。
大西工業の社員なら分かっているだろけどもうメデイアはあてにせずローカル同士の情報交換やなんといっても年に数回同じ場所で遊ぶことが一番やね。各支社ともにいろんな問題があると思うけど5年10年の長いスパンで地道にやるしかないよ。
おっと、なんだか話が違う方向にいってしまったがまだまだ登るつもりなので社員のみんな見捨てずつきあってなあ。
さて、社長にも回ったしここで終わり…とはいかない。
ここからは各地で頑張っているローカル達に登場してもらおう。というワケで、各社員、推薦すべき人材を考えているように!(社長命令)