不肖ごよでございます.今回は同い年クラブの一員であり,南極のドーム富士に
世界最南の人工壁を設置した男にして,かつて若様の掲示板で
ゲテモノネタが流行ったとき
「国内ではウサギその他を食しておりますので、タツノオトシゴが龍として認定していただけるなら、十二支の中では虎を残すのみ!」
という南方熊楠先生もあっとびっくりの迷言を言い放った「はぶ名人」をご紹介いたしましょう.
有名人から無名人まで選り取り見取り、皆さんの思い入れがぎっしり詰まった「Our avorite Route」へお誘いいただきありがとうございます。
できることならクーニーのように、「今やってるこのルート」といいたいところです、昨年4月から頸椎ヘルニア、今年2月に長男誕生、今年の3月には肩は壊すはで、全く登れずかなり終焉モード。やはり、思い出に逃避するしかないようです。
で、鳥頭でいろいろ記憶をたどってみました。う〜ん、困りましたね。「この一本」を選ぶのは。絞りきれないのでだらだらと書かせていただきます。
ヒマラヤ:
高所からの眺めはよかったですが、登りそのものは語るほどのこともなしでした。まぁ、今飯を喰っている業界に入るきっかけとなりましたんで、刷り込みとしてはやっぱり重要だったようです。
フリー:
どちらかというと紐登りが好きですが(というか、ほとんどボルってません)、既成ルートを登っているだけの自分はまだ「これ!」という一本には出会えてないような気がします。【大阪はアンドウマンに「体の作りの割に登れてへんね〜」とキツイお言葉をいただいてます。はい、頑張ります。】
クラック:
まぁ、そんな中でもカリフォルニアはニードルズの「Thin Ice」は思い出深いです。クライミング誌198号でティファニー・キャンベルが腹筋ムキムキで登っている写真をきっかけに、ヨセミテのマルチピッチフリーツアーの帰りに寄りました。ヨセミテとは違って岩場・ルートの資料がほとんど手に入らず、岩場の入り口にある山小屋でふる〜いトポを書き写していきました。グレードは5.10aで腹筋ムキムキにしなくても登れるんですが、いかにもシエラ風な景色の中、ほとんど人の気配がなく、程良い緊張感の中登れました。(ニードルズに行ったという話はほとんど聞きませんが、他にも高品質なルートがたくさんありますので、お勧めです。是非どうぞ。)
アメリカンエイド:
エルキャプを2回ほど登りました。バードビーク(わかる?)を生まれて初めて使ったところが「シールド」のトリプルクラック(岩雪(垂直のクルーズ)に保科さんが写っているヤツです)で、数百メートルの高みでちっぽけな金属の刃先に体を預けていることが無性におかしかったのが印象的でした。AAはパズル的なところがおもしろかったのですが、コパーの残置に違和感を感じてそれっきりです。カラコルムの岩塔とかに行けば新たな展開があったのかもしれませんが。。
この一本:
以上の様にそこそこのジャンルでそこそこのグレードを喰い散らかしてきたわけですが、一本だけ選ぶとすれば「利尻南陵」となりましょうか。自分でもベタな対象だとは思いますが、大学時代からあこがれていた山稜で、知り合いが死んでいることもあり、いろいろ思い入れがありました。社会人になってからはパートナー確保が難しかったのですが、今ではすっかり愛妻家になってしまった「モリタン」が幸いにも大学院に出向していたのを確保。登りまくった準備段階から、体半分が浮いていて残り半分に這い松が刺さりまくっていた狭いビバーク、最後の千歳空港でのドタバタまで、完璧な一本といえましょう。詳細はその当時所属していた
山岳会のHPにありますんで、よかったらどうぞ。ちとこっぱずかしいですが。
こうして振り返ってみると、最初の「これを登りたい!」というきっかけと、そこへ至る過程が重要なのかなと思います。物語としての起承転結の「承転」の部分があればなおよしかと。ふと思ってぱっと登れてしまったら印象薄いですよね、やっぱり。
あっ、こんなこと書くとワンテン地獄が好きみたいに聞こえますね。当たり前ですけど、そんなことはありません。
これを書いていたらまた山に行きたくなりました。やり残しているのは「黒部雪山」。時間とパートナーと体力がなぁ。その前に肩直してクライミング再開しなきゃ。岩場であったらいたわってください。
はぶ@名古屋
こうしてみると,単なる下手物を食い散らかしてるだけの男じゃなかったんだっと改めて感心します.クライミングも垣根なく食い散らかしてました.
名前の由来は本人も良い体してると認めてますが,将棋の羽生名人にステロイドを打ちまくったらこんな風になるんじゃないか?というもので,私が勝手にそう呼び出したような....名人ごめん