さて、今回御登場いただきますのは・・・・
自身のクライミングレベル、クライミングに対する姿勢ともに高く、
ホームである備中・帝釈エリアの岩場整備、地元の方々との交流、後輩の育成・・・
様々なコトに積極的に係わり、杉田氏と共にリーダー的な存在のこの方。
9年くらい前になるだろうか、岡山県西部の山中をT局長と二人でさまよっていたら、石灰岩の大きな壁を発見した。すぐに車をとめて壁を見に行くと、道路に面した正面壁自体は薄被りでたいしたことはなかったものの、左の側壁がすばらしく被っているのが見えた。傾斜130度、高さ35メートル、幅50メートル、岩質良好…。見た瞬間、食指が動いた。が、壁の取り付きは急傾斜のガレ場、おまけに左側壁の下部には滝が落ちていた。それに、壁は道路のすぐ上にあるため、落石等を考えるととても開拓が行なえる感じではなかった。
それからしばらくその壁のことは忘れていたが、ある日S田邸でボルダーしてたら、「あの壁は上から行けるぞ」とS田さん。
話を聞くと、なんとすでに道を作ったと言うから二度びっくり。早速行ってみることにした。
S田さんが切り拓いた竹藪をどんどん下っていくと、その壁は全貌を現した。
壁を見た瞬間、「めちゃめちゃかっこええ…」と第一声。
その白く美しい石灰岩は、幅こそ5本程度しかルートが引けなさそうだったが、高さ約35メートル、平均傾斜120度、梅雨で雨が降り続いてたのにまったく染みだし・結露なし。
そして、コルネがほとんどない白い壁には美しくカチが散らばり、すぐに二本のラインを確認することができた。壁の基部に背を向けて岩を仰ぐと、鳳来鬼岩のメインウォールと同等の傾斜。カーニバルや卒業はガバ主体たが、こちらは殆んどガバはなくカチ主体。相当ムズいラインが引けそうな予感がした。
「これはやるしかないやんけ!」ってことですぐに開拓開始。
メインウォールの最弱点にボルトを埋めていき、傾斜に負けそうになりながらも終了点を設置。上部の浮石を落とすため、落下地点にネットを張って道路まで落石が落ちないようにするなど、開拓はそれなりに困難を極めたが、S田さんの助けもあって約一ヶ月でトライができる状態になった。
トライを始めると、一番傾斜が強い中間部までのセクションはガバで5.12程度だったが、上部大穴の前後に1級くらいの厳しい核心が2箇所あり、特に最上部の細カチで遠いポッケを取りにいく核心はまったくできる気がせず、1回目のトライで絶望感が漂った。
しかし、「このかっこええラインを絶対登ったる!!」と、逆にムーブができなかったことで私の闘争心に火がつき、それからは、週末はハングドックでムーブの解明、平日も人工壁で細カチの特訓。
その甲斐あって3週目くらいだっただろうか、足の踏み替えと左足の微妙なフックでトリプルデットポイント?がきまるのを発見、やっとでムーブを解決した。
ムーブが繋がったので、すぐにRPトライを開始。
やはり、下部のストレニュアスな20メートルをこなした後の二つの核心は非常に厳しかったが、意外にもワンテンに持ち込むのに時間はかからなかった。
しかし、そのあとは俗にいうワンテン地獄にハマってしまう。下から繋げると、どうしても核心のデットポイントが止まらず、二度の週末すべてのトライがワンテンというまさにワンテン地獄。
さすがにこれはイカンということで、次の週は息抜きのため遠征に出かけることにした。
北山公園、大台が原、柏木と関西の岩場を巡ったのだが、ここで予想外のことが起こってしまった。遠征最終日に訪れた岩場で、手を骨折しまったのだ。
事故が起きたわけではなく、怪我の理由はとても恥ずかしくてここでは書かない(書けない?)が、とにかく全治一ヶ月半、プロジェクトのトライは完全に振り出しに戻ってしまった。
それからの一ヶ月ちょっとは、本当に辛い日々だった。プロジェクトが登りたくてその事ばかり考えてしまい、ギブスを付けた状態で、毎週プロジェクトを訪れてはイメージトレーニングしていた。
11月も下旬になるとようやく痛みが引いたので、1週間人工壁で調整をして痛みがなくなったことを確認してから、再びトライ開始。
しかし、当然のように復帰一週目は持久力がなく、日曜の最終便でワンテンに持ち込むのがやっとだった。
あと少しで冬が来ると思うと、さすがに焦りも出てきた。
もう登る意外にない。飯食ってるときも、風呂入ってるときも、便所に入ってるときもプロジェクトのことしか考えられなくなっていた。
そして次の週末、「今度こそは絶対や!登れんかったらもうやめる…!!」と強い気持ちで岩場に向かった。
しかし、土曜日は4便出すが全てワンテン、そして日曜日も4便目まで失敗していよいよ後がなくなった。
「また強くなって来るか…」そう思って最後のトライにするつもりで5便目を出す。最終核心まではほぼ自動化だったが、何せ5便目、体の疲労はピークを超えていた。しかし、すべての力と根性をしぼりだし核心のデットを飛ばした〜、すると、な、なんと止まったではないか!びっくりしてホールドを離しそうになるが、力を込めてなんとか耐える。
絶対登ってやる!という強い気持ちに変わり、最後のハング越えをはがされそうになりながらも、一手一手ホールドを睨みつけて手を出し、なんとか止める。終了点にたどりついたときは5分くらい動けなかった。
サイコネス5.13c/dが完成した。
何回やったか覚えてないくらい打ち込んで、決してかっこいいクライミングではなかったかもしれないが、サイコネスの初登は私のクライミング人生において指折りの死闘だった。
現在、サイコネスのある「学力石」は、採石会社の土地であるため入山禁止状態にあるが、サイコネス以外にも「備後のユージ」など素晴らしいルートが並ぶこのエリアは、備中のみならず、西日本屈指のエリアであろう。
この岩場でコソコソしないでクライミングができる、いつかそんな日が来ることを願いたい。
一度会ったら忘れられないキャラクターの持ち主
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