2008年(平成20年)1月14日
全国商工新聞は昨年、2800号を迎えました。
全国商工団体連合会(全商連)の機関紙として、1952年(昭和27)年創刊以来、情勢の変化を伝え、全中小業者の新聞として運動を推進してきました。
また、民商・全商連の組織をつくり、財政を支える重要な役割を担ってきました。かけがえのない商工新聞の歴史を振り返りながら、現在までにどう発展してきたかを紹介します。
さまざまなエピソードを交えながら9回連載の予定です。
1951(昭和26)年全商連が結成され、その機関紙として翌52年3月10日、全国の中小業者を結ぶ新聞として大判2ページ、約7000部の発行からの出発でした。
現在、2813号を数え、35万部の発行になっています。
日本商工新聞(昭和53年6月、現在の全国商工新聞に改題)の創刊当事、日本は米軍の占領下から
「講和条約」による見せかけの「独立」をしたときであり、民主勢力にとって「第一次反動攻勢」の時代でした。
当事、日本共産党は
レッドパージを受け、労働組合や農民組合も分裂させられるなど、民主勢力全体が大きな打撃を受けていました。
それだけに、電工区の中小業者に団結を呼びかけ、「業者を結ぶ血管」と創刊された商工新聞は、重税にあえぐ中小業者はもちろん、民主勢力にとっても頼もしい見方として熱い期待を持って歓迎されました。
「発刊のことば」は、次のように商工新聞の役割を述べています。
「全日本の中小商工業の生活安定と繁栄を目指す新聞であり、同時にこのための中小商工業者の大同団結、さらには平和な民主的日本の建設に貢献するための新聞です。・・・・全国商工団体連合会の機関紙として役割を務めるとともに、さらに広範なすべての中小商工業者の皆さんの血となり肉となるような新聞に育て上げていく決心です。」
そして高らかにこううたっています。
「全業者の生活の安定と営業の繁栄の為に!全業者の大同団結のために!民主的日本の建設のために!我らの新聞を育てよう!」と。
商工新聞は、創刊当事から中小業者の営業と暮らし、権利を守るための世論と運動を発展させる、そのための指針として、さまざまな困難を乗り越え、全国の仲間に支えられて定期発行を続けてきました。
新聞の記事をテキスト化しました。
少しは読みやすくなったかと・・・・
「講和条約」と検索したら93万も・・・(^^;
http://www.tabiken.com/history/doc/H/H191L200.HTM
「レッドパージ」と検索したら9万も・・・(^^;
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%EC%A5%C3%A5%C9%A5%D1%A1%BC%A5%B8
【red parge】共産主義者を公職や企業から追放すること。赤狩り。戦後のマッカーシズムの吹き荒れるアメリカや、GHQによる占領政策が遂行されていた日本で行われた。
上記意味のもっと詳しくは申し訳ありませんが個々でお願いいたします。
戦中戦後のこと、書籍だけを頼りに判断できないなあ、と思うことしきりの最近です。
こちらを立てればあちらが立たぬ、というのが作家の思想や取材の範囲によっても違う。
闇に葬られていることが多すぎます、じゃあ、表に出たら何でも良いのか?と言うのでのないんですよね。ほんとに難しいです。