長女は『中国思想概論』という授業で、孔子と韓非子(かんびし)の思想の違いについて講義を受けているようです

韓非(かんぴ 紀元前280年頃? - 紀元前233年)は中国戦国時代の思想家。『韓非子』の著者。法家の代表的人物。韓非子とも呼ばれる。元来は単に韓子と呼ばれていたが、唐代の詩人韓愈を韓子と呼ぶようになると韓非子と呼ぶことが一般化した。
(ウィキペディアより)
韓非子は性悪説です。『人間は自分がカワイイ、だから自分の家族もカワイイ、しかし、その気持ちは大切にしなくてはならない』と、説いています。『父が羊を盗むのを目撃した息子が、殿様に告げ口をした、殿様は父を大切にしない部下を殺した』という寓話は、韓非子の思想の表れでしょう。
孔子は韓非子の思想にも、多少影響を受けていますが、論語の思想は法(道徳=仁・智・孝・徳・礼・義・信・忠など)を優先とした『公』に重きを置き、韓非子の思想は現場優先の『公』に重みを置いているという違いがあるようです。
『君主が直接相手をするのは臣下である。臣下を上手く操縦するには、まず臣下の言行を知らなければならない。』というのが韓非子の思想です。つまり、現場主義なのですネ。実際に現場で働いている人のことを知る、これがリーダーたるものだ、という考えです。
『論語』ではキレイごとが並べられているのに対し、『韓非子』には、人間心理の落とし穴をズバリ指摘するような話が多く、寓話なども、二十一世紀の私達が読んでも「なるほど」と思います。
◆斉の王が、お抱えの画工に訊いた。「絵に描くのがいちばん難しいのは何か」「犬や馬でございます」「いちばん易しいのは何か」「お化けです。犬とか馬は、日常であたりまえに見慣れています。だからかえってリアルに描くのが難しいのです。ところが、お化けを見たことのある人は、めったにいません。リアルに描くのは簡単です」(『韓非子』より)
←さすが、名画工。
◆昔、孟孫氏の殿様が猟に出て、子鹿を捕まえた。家来の秦西巴に命じて、獲物を車に載せて屋敷に帰った。母鹿が車のあとを追ってきて、悲しげに鳴いた。秦西巴はこっそり子鹿を逃がし、母鹿に返してやった。 屋敷に着くと、殿様は「子鹿はどこだ?」と訊いた。秦西巴は「あわれなので逃がしました」と正直に答えた。殿様は「軟弱者め」と怒り、秦西巴を屋敷から追い出した。 それから三ヶ月後。殿様は秦西巴を呼び戻し、わが子の養育係に取り立てた。侍従は不思議に思い「なぜわざわざ一度クビにした者を呼び戻し、若君様のお守り役に抜擢なされたのですか」と訊いた。殿様は「あの男は、鹿にさえ優しい。きっと、わしの子にも優しくしてくれるだろう」と答えた。(『韓非子』より)
←上に立つ人は時に厳しい評価をするが、見るべきところを見ているものだ。
◆史上、孫子と並び称される兵法家である呉起が、魏の将軍となり中山国を攻めた。ある兵卒が、腫れものができて苦しんだ。将軍である呉起は、その無名の一兵卒のために、ひざまづいて腫れものの膿を吸い取ってやった。それを伝え聞いた兵卒の母親は、悲しげに泣いた。ある人が「息子さんは、将軍様にあんなに大事にしてもらっている。どうして悲しむの?」と訊くと、母親は答えた。「あの子の父親も兵隊でしたが、昔、同じように呉起将軍に膿を吸ってもらい、その恩義に感激し、戦場でも逃げずに戦死しました。今度は、あの子も死んでしまうことでしょう」(『韓非子』より)
←優しい上司の部下は過労死が多い。
韓非子の思想では、現場の人間の私的なこともわかってやれ、ということで、長女のクラスでは「子供の誕生日に、残業を頼まれた。子供との約束もあるし、会社での立場もある。さて、あなたならどうする?」というようなことをやったらしいのです。
確かに仕事をしなければ暮らしていけない、でも、自分の家族も大事。板挟みですネ。そういうことは、よくあることです。その残業の内容にもよるのでしょうが、私がこの立場なら、どちらが優先度が高いかを考えます。もし、自分のやり残しやミスで残業をしなくてはならないような状態なら、残業はすべきでしょう。
でも、他の人でも代われる仕事だったり、優先度が低い仕事なら自分の体調を理由に断るでしょうネ。その時「子供の誕生日で」とはけして言わないと思います。
そんなことを長女に答えると「じゃ、ママは嘘をつくわけ?」と言いました。「嘘も方便だよ〜。余命3ヶ月の患者に素直に言ったら、ショックでその場で死んじゃうでしょう。家族には本当のことを言うだろうけど、本人には、せめて余命半年というのが親切というものじゃないかな?」と答えました。
「だったらお父さんが産婦人科のお医者さんで、急にお産が入った、っていう場合はどう?」と長女。「そりゃ、自分の受け持ちの患者が緊急の時は仕方ないわね。他の人に代わってもらうわけにもいかないだろうし…。その分、給料は高くもらってるんだし、奥さんだって、それを承知で産婦人科医と一緒になったんだろうから、そこは奥さんが子供を説得すべきだわネ」
韓非子の話で会話が弾みます。長くなるので今日はこの辺にしておきますネ。ま、私に言わせれば、『公』を優先させなければいけない時もあれば、『私』を優先させるべき時もある。ケースバイケースで良いのではないでしょうか。
法ばかりでは、全ては動きませんし、現場の自己主張だけを聞いていても、円滑な社会が形成できません。
『公』ばかりを優先させると、疲れきってしまうし、『私』ばかりを優先させると、生活が成り立たない。『中庸』が一番ですネ。
韓非子のお陰で、長女と会話を楽しむことができました(*^_^*) 古代の人間も現代人も、人間関係の悩みは同じなんですネ。
それにしても、日本の弥生時代に、こんな思想家が出る中国文化って、やっぱりスゴイ(*^_^*)
※今日は朝から出かけますので、コメントのお返し、ご訪問がおくれます。あしからず<(_ _)>