伊丹市立美術館で開催されてる「山下清展」に行って来ました。
私が山下清さんを知ったのは5歳の時。テレビドラマで「裸の大将」が放映されていて知りました。ものすごく好きでした。毎週リアルタイムで観ていたもののビデオ録画もして繰り返し見ていました。その時から絵を書くことが好きになりました。絵に興味を持ちはじめました。きっかけは山下清さんでした。
「山下清展」では貼絵以外にもペン画・油絵画・皿絵が展示されていました。
初期の作品では昆虫が主体のものが多かったです。これは小さい頃、山下清さんは言語障害が原因で周りの子にいじめられ友達がいなく昆虫が友達だったそうです。でも後に同じような友達が集まる特別な学校に通いだし友達ができはじめると同時に作品には友達が描かれるようになりました。
「友達」とゆう題の、山下清さんが友達と二人で肩をくんでいる作品がなんとも印象的でした。
山下清さんは18歳の頃から放浪の旅にでて全国各地をまわっていました。ドラマではその旅の途中で絵を書いて貼絵を仕上げていましたが実際は違って旅に飽きて家や学校に帰ってきてから作品にとりかかっていたそうです。その記憶力は凄まじかったそうです。
旅にでかけたきっかけは、日本は当時戦争を繰り返していたころで20歳になると男の子は戦争に行くために身体検査を受けなければならず。それが嫌で放浪の旅を始めたそうです。
作品には戦時中のものもいくつか展示されておりました。
中でも私がすごく印象的な山下清さんの言葉があります。「鉄条網」という作品を仕上げた時に「みんなが爆弾なんか作らないで、きれいな花火ばかり作っていたらきっと戦争なんて起きなかったんだな。」と。
山下清さんは花火が大好きなんです。花火大会には必ず出かけていたそうです。代表的な作品で「長岡の花火」とゆうのがあります。実際に観ることができて感激でした。水面に映る花火までも素晴らしいです。
そしてそして山下清さんといえばリュックサックですよね!その当時ずっと一緒に旅していたリュックが展示されていました!
「ヒャッ!!」と声を上げそうになるくらいテンション上がりました。
気になる中身は護身用の小石5つ・ご飯を食べる時のお茶碗・お箸・手ぬぐい・着替えの浴衣
が入っていたそうです。
そしてそして「山下清の記録映画」が流れていました。実際に貼り絵を仕上げている様・旅をしている様の本物の山下清さんを観る事もできました。
そして最期に「東海道五十三次」が展示されてました。しかし残念ながら途中で病気になり貼絵にする前に亡くなられたので下書きで終わっていました。
山下清さんの凄さをあらためて実感しました。芸術界のきよし師匠なんだな。
「野に咲く花のように」は名曲だなぁ・・・とあらためて思いました。
野に咲く花のように〜風に吹かれて〜
野に咲く花のように〜人をさわやかにして〜
そんなふうに僕達も生きてゆけたら素晴らしい〜
時にはつらい人生もトンネルぬければ夏の海〜
そんな時こそ野の花の けなげな心を知るのです〜
野に咲く花のように〜雨にうたれて〜
野に咲く花のように〜人を和やかにして〜
そんなふうに僕たちも生きてゆけたら素晴らしい〜
時にはつらい人生も雨のち曇りでまた晴れる〜
そんな時こそ野の花の けなげな心を知るのです〜
当時、幼い頃の私の十八番だったんだな。

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