ブログの続きで展示会の話を少し。
今回は話題作りに楽焼の窯元「萬福堂楽入」さんに「御所南の土を以って」楽茶碗を作っていただき展示致しました。
昨年、(旧社屋あと地)発掘調査の調査がございまして、その調査が終了し埋め戻しの時に土をもらっていたのですが、丁度一年経って素晴らしい記念の楽茶碗になり感激
土作りのために通常の作品より長い時間手間のかかる仕事だったと伺って、萬福堂楽入さんには感謝申し上げます。

調査資料によりますと、「平安京では三条三坊九町にあたります。周辺には有力貴族、皇族の邸宅が数多く営まれており、九町には平安時代後期には西半を藤原俊忠、東半を

白河法皇、待賢門院藤原璋子の臨時御所となった
二条烏丸第が存在したことが

文献に記されています。
また、二条通りの南に隣接していることも
平安京条坊推定図(携帯の写真)より確認しています。〜中略〜 そして、安土桃山時代には織田信長が二条家を立ち退かせ、京都の拠点として二条殿御池城を造営したとされる推定地でもあります。
その後は豊臣秀吉による都市改造により南北に両替通りが増設され、江戸時代に入ると

金座・銀座。朱座が設けられるなど、商業の町として賑わいをみせ、現在に至る地域でもあります。」
発掘エピソードは去年書いたので自粛します

茶碗の画像も自粛します。
地面の下の歴史ロマンを感じさせるお茶碗です
