綾小路きみまろの
原点ともいえる
ファースト・ライヴを聴いた。
やはり、第3集あたりよりは
テンションが低く
ギャグも今一であった。
それでも、所々に
笑える箇所があった。
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『道落もの』
バレー 1
中学時代、ちょうど「ミュンヘンへの道」というテレビがあり、男子バレーの選手がドラマティックに毎回紹介されていた。
そして、ほんとうにドラマの通りに、ミュンヘン・オリンピックで金メダルを取ったので、日本国中、バレー・ブームに沸いた。
あの頃の選手は未だに覚えている。
松平監督に、名セッターの猫田、大古、横田、南、木村、森田、佐藤…等など。
一中のバレー部でも、体育館で八木沢君がフライング・レシーブをやって見せてくれて、かっこいいなぁ・・・と思ったりもした。
福高に合格してから、入学前の春休みに、兄の入っていたバレー部の玉拾いに参加した。附中からきた洋司も一緒に参加していた。
先輩には芳賀沼さん、亀岡さん、幸男さん、岩上さん、高橋さん、聖さん、康生さん、本田さんらがいた。
顧問は荒木先生だった。
この時のチームは県の2で、東北大会まで出場している。
タメには、均、洋、吉野、富也、淳、長谷川、田中らがいた。
均と洋は経験者でエースだったので洋司をセッターに新人戦のレギュラーになった。
やがて、康生さん、本田さん、均、洋と退部していったので、自分たちがレギュラー枠に入るようになった。
最初のデヴュー戦は保原高校で、相手に一中の水田がいた。
ライト・オープンのスパイクを何本かふかしてアウトにした。
まだ、技術的に的確にヒットすることができなかった。
それでも、洋や富也にジャンプ力があると指摘され、172センチでもなんとかアタックを決めることができた。
垂直飛びでバスケット・リンクをつかめたのだから、メタボの今ではとても信じがたい。
毎日の練習で、どうにか、オープン、平行、ABCクイック、セミをマスターし、一人時間差まで挑戦した。
・バスケットリングがつかめた

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