
(レインリリー)
中国古典に「
子を換えて育てる」という言い方がある。
わが子には躾等厳しく指導できなくても、人様の子だと厳格にしてあげないと、その子の将来にかかわるという認識があるから、立派な子育てができる、という格言です(ブログ大崎ひさのり通信)。
種子島には昭和20年代まで、
自分の子供が生後1年を迎えたら他人の夫婦に1年間無償で育ててもらうという慣習がありました。
他人の乳で、抵抗力の強さや環境の違いで心身も丈夫に育つ子になる、貧しい家庭では育てる労苦を取り除けるという共同体の精神から生まれた慣習であろうか?
その育てる親は、一時的な
養子親で「養い親」ヤシナーオヤと言う。
「養い親」は、
育てる子供を「養い子」ヤシナーゴと言う。養い親は、その子の
本名とは違う名前を付け「養い名」ヤシナーナと呼び
自分の子供と同じように育てます。
種子島家は幼少から病弱であった23代種子島久道(江戸寛政5年10月23日(1793年11月26日)の「養い親」として平原家(釜司)の長老の塩屋爺呼び、定めた。という史実がある。
わたしの母、本名は「シノ」だが養い名は「ミツ」である。
母の姉は、本名は「久枝」だが養い名は「ナツ」である。
一人の人に二つの名前があり、それは大人になっても周囲の方から二つの名前で呼ばれて何の奇異もない。
父でさえ母のことを、あるときはシノ、あるときはミツと呼んでいるのですから(通常はオ〜イだが・・笑)。
わたしは弟と年子。母は乳が少なかったので弟に優先で、1歳から半年くらいは近所の乳の出る方の乳をもらっていたという。
帰島すると「
ワゴー オイガ 乳で育ったようなもんじゃなあー」と昔を懐かしんでいた方も2年前に他界した。
感謝の気持ちを十分に伝えられたか・・と思いながら、その嬉しそうな顔を忘れることはないだろう。
現在、隣の子供の躾などしたら、干渉、暴力、余計なお世話、個人情報保護・・など面倒な問題になることもある
情けない世の中になってきている気がしています。

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