休養・・・
カラダがダウンで仕事をしばらく休むコトに決めた。
前から考えていたけれど、生活があるから・・・
言いにくいけれど、生活費が火の車状態だから頑張っていたけれど
その踏ん張りがカラダをムリさせてしまったんだな・・・
わかっていたけれど、どうにもならなかったから・・・
カラダが固くなってカチコチで痛いのが突然やってくる。と思ったら樂になったりとか、
のどの痛みは相変わらずで、多分肩こりとか神経からもきているんじゃないかなぁ。
ぶっちゃけ介護の仕事には限界を感じていた。仕事が嫌いなわけじゃない。
色んなコトがあって、葛藤して、乗り越えてきたけれど、もうムリかなぁって。
確かに先のコトを考えたら今の職場はつぶれることがないし、融通もきいてくれてありがたい。
でも、それとカラダとこれからやっていけるかと考えると、
こんなにムリしてまで今の仕事をつづけなければいけないのだろうか?
自分にムリのない仕事だったら別に何でもいいのではないか?
JPSが「安定している今の会社を辞めたらもし、次の仕事でクビとかになったらどうするんだ?」
って言われた時もあったけれど、
自分は十分やってきた。もう今は職場のコトを考えるとカラダが拒否をする。
そこまで心身ボロボロにしてまでも続けるコトはないと思う。
今は樂に考えられるようにしたい。
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前から考えていたけれど、生活があるから・・・
言いにくいけれど、生活費が火の車状態だから頑張っていたけれど
その踏ん張りがカラダをムリさせてしまったんだな・・・
わかっていたけれど、どうにもならなかったから・・・
カラダが固くなってカチコチで痛いのが突然やってくる。と思ったら樂になったりとか、
のどの痛みは相変わらずで、多分肩こりとか神経からもきているんじゃないかなぁ。
ぶっちゃけ介護の仕事には限界を感じていた。仕事が嫌いなわけじゃない。
色んなコトがあって、葛藤して、乗り越えてきたけれど、もうムリかなぁって。
確かに先のコトを考えたら今の職場はつぶれることがないし、融通もきいてくれてありがたい。
でも、それとカラダとこれからやっていけるかと考えると、
こんなにムリしてまで今の仕事をつづけなければいけないのだろうか?
自分にムリのない仕事だったら別に何でもいいのではないか?
JPSが「安定している今の会社を辞めたらもし、次の仕事でクビとかになったらどうするんだ?」
って言われた時もあったけれど、
自分は十分やってきた。もう今は職場のコトを考えるとカラダが拒否をする。
そこまで心身ボロボロにしてまでも続けるコトはないと思う。
今は樂に考えられるようにしたい。
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一安心
喉の検査の結果です。
数値は普通でした。よかった。
でも、まだ喉に違和感があるんだよね。
自律神経がちょいと悪い感じか、風邪かなぁ。
妹が今月中ごろ退院できるって。疲れ過ぎてプチっとしたので
カラダを休めれば大丈夫って。
最近何かDVDを借りて映画見たいなぁって思ってるんだけど
なかなか行けないんだぁ。
ノロノロ台風で色んな所が水の被害をテレビで見て
早く進んでくれないと地震とかあるし、土砂崩れとかが怖いなぁって。
今日は何だか独り言みたいでした。
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数値は普通でした。よかった。
でも、まだ喉に違和感があるんだよね。
自律神経がちょいと悪い感じか、風邪かなぁ。
妹が今月中ごろ退院できるって。疲れ過ぎてプチっとしたので
カラダを休めれば大丈夫って。
最近何かDVDを借りて映画見たいなぁって思ってるんだけど
なかなか行けないんだぁ。
ノロノロ台風で色んな所が水の被害をテレビで見て
早く進んでくれないと地震とかあるし、土砂崩れとかが怖いなぁって。
今日は何だか独り言みたいでした。
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忙しい中で・・・
先週、娘と専門学校の見学に2人で東京に行った。
華は東京なんてなんにもわからないし、新幹線降りたらどこをどう歩いたらいいのか経験ゼロに近いの。
ネットで娘に専門学校の地図を出させて、JPSが新幹線の時刻とか色々調べてくれた。
やっぱり地図だけではわからない!Googleで実際の写真地図?みたいので見てみた。
そして、降りる駅の地図を印刷して、イメージトレーニング。
で、やっぱり地図と現実は慌てるといけないって事が勉強になった。
ちゃんと無事に行けたよ。
で、東京に行く前日に妹がまた調子が悪くなってしまって、睡眠時間3時間!
疲れとか、精神的にマックス超えてしまったんだよね。
今は入院で本人が病気とちゃんと向き合って治そうっていう気持ちをもたないといけないんだよね。
辛いのも大変なのも華は経験してるし、すごくわかる。
だから良くなるって事も必要なんだよね。
そして、週末に何だかいつもよりも風邪っぽいなぁ。喉がやけに違和感があって、物がつっかかる感じ。微熱もある〜って内科へ行って喉の真ん中あたりが痛いって言ったら先生が「喉の中は見れないから耳鼻科へ行け」とその足で耳鼻科へ行った。
先生に説明したら、喉の中にカメラが入って、すっごく苦しかった。
写真を見たら、扁桃腺もはれているけれど、リンパ腺がプクプク何個も丸く腫れているの。
「こういう腫れ方は甲状腺の腫れ方と似ているし、微熱もあるし、カラダのだるさも関係しているから血液検査する」と血液採った。
結果は1週間後・・・ちょっとナイーブな気持ちとショックがある。
1週間は長いなぁ〜。うちもそんなお年頃になったんだ、実感しないけれど、検査は必要だし、母方が子宮ガンやら甲状腺の手術とかやってるし、逃げられないとは思っていたから。
結果は発表するのでお楽しみに♪
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華は東京なんてなんにもわからないし、新幹線降りたらどこをどう歩いたらいいのか経験ゼロに近いの。
ネットで娘に専門学校の地図を出させて、JPSが新幹線の時刻とか色々調べてくれた。
やっぱり地図だけではわからない!Googleで実際の写真地図?みたいので見てみた。
そして、降りる駅の地図を印刷して、イメージトレーニング。
で、やっぱり地図と現実は慌てるといけないって事が勉強になった。
ちゃんと無事に行けたよ。
で、東京に行く前日に妹がまた調子が悪くなってしまって、睡眠時間3時間!
疲れとか、精神的にマックス超えてしまったんだよね。
今は入院で本人が病気とちゃんと向き合って治そうっていう気持ちをもたないといけないんだよね。
辛いのも大変なのも華は経験してるし、すごくわかる。
だから良くなるって事も必要なんだよね。
そして、週末に何だかいつもよりも風邪っぽいなぁ。喉がやけに違和感があって、物がつっかかる感じ。微熱もある〜って内科へ行って喉の真ん中あたりが痛いって言ったら先生が「喉の中は見れないから耳鼻科へ行け」とその足で耳鼻科へ行った。
先生に説明したら、喉の中にカメラが入って、すっごく苦しかった。
写真を見たら、扁桃腺もはれているけれど、リンパ腺がプクプク何個も丸く腫れているの。
「こういう腫れ方は甲状腺の腫れ方と似ているし、微熱もあるし、カラダのだるさも関係しているから血液検査する」と血液採った。
結果は1週間後・・・ちょっとナイーブな気持ちとショックがある。
1週間は長いなぁ〜。うちもそんなお年頃になったんだ、実感しないけれど、検査は必要だし、母方が子宮ガンやら甲状腺の手術とかやってるし、逃げられないとは思っていたから。
結果は発表するのでお楽しみに♪
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残暑お見舞い申し上げます
また放置状態になってました(汗)
7月24日に富士ヶ嶺でJORSがあったよ。
今年は輪番勤務の方が多くて台数が半分くらい少なかった。

オフィシャルの弥生
オフィシャルゼッケンとっても似合ってたよ。

今年は当日エントリーも入れて44台
曇りだったけれど、紫外線がめっちゃ強かったよ。
JPSは何と車が転ばず、凹まず、故障もナシで全セクション回れてよかったよ。


そして今年もサボテンが花をさかせてくれました。
今年はいつもよりも遅かった。雨が結構7月後半に降ったからかな?
夜に咲くサボテンの花はホントに魅力的。
花がちょっと小さかったけれど、毎年変わらないと言えば変わらないなぁ・・・
写真を見比べるのがわからないもの。
もう1回咲いてくれたらうれしいなっ。
去年も暑かったけれど、今年は電力とか、地震もたまに揺れたりして暑さが違うように感じる。
全くわからないけれど、円高とか、色んな国で経済が大変になっていて、
日本も政治家が相変わらずわけのわからない事言い始めてるし、
一体この先どうなってしまうのかなぁって。
少しでも楽しい事、うれしい事を見つけないと顔のしわが増えちゃうよ〜
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7月24日に富士ヶ嶺でJORSがあったよ。
今年は輪番勤務の方が多くて台数が半分くらい少なかった。

オフィシャルの弥生
オフィシャルゼッケンとっても似合ってたよ。

今年は当日エントリーも入れて44台
曇りだったけれど、紫外線がめっちゃ強かったよ。
JPSは何と車が転ばず、凹まず、故障もナシで全セクション回れてよかったよ。


そして今年もサボテンが花をさかせてくれました。
今年はいつもよりも遅かった。雨が結構7月後半に降ったからかな?
夜に咲くサボテンの花はホントに魅力的。
花がちょっと小さかったけれど、毎年変わらないと言えば変わらないなぁ・・・
写真を見比べるのがわからないもの。
もう1回咲いてくれたらうれしいなっ。
去年も暑かったけれど、今年は電力とか、地震もたまに揺れたりして暑さが違うように感じる。
全くわからないけれど、円高とか、色んな国で経済が大変になっていて、
日本も政治家が相変わらずわけのわからない事言い始めてるし、
一体この先どうなってしまうのかなぁって。
少しでも楽しい事、うれしい事を見つけないと顔のしわが増えちゃうよ〜
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色々ありました
ホントに放置状態になっていました(汗)
書こうと思いながらも「いつもグチばっかりで楽しいコト少ないからやめよう」って思って書かないでいたのと、
PCに向かうとずーっとやっているので肩こりがひどくなってしまうので。
ホントに色んなコトがありました。
3月に東北大地震と同時に華の住んでいる所も震度3?揺れて、テレビをつけようとしたら、
ん?壊れちゃったのかなぁと主電源を押しても・・・
ツカナイよ・・・
まだ午後3時前だったので、外も明るく停電したコトに気がつかなかったのです。
旦那は夕方の仕事の勤務だったので、会社からの連絡がないのでそのまま行きました。
きっと信号機ついてないんだろうなぁ・・・会社も仕事出来ないだろうなぁ
ん?
うちの施設は大丈夫かな?
停電はどうなっているのかな?
携帯もつながらない、外は段々暗くなってきて、もし暗くなっても停電が続いていたらご飯困るし、寒くなるからと中部電力の地域の親戚のおじさんに携帯がつながるまでずっとかけ続けた。
停電はいつまでも続いて、無理矢理娘を起こしておじさんちに行こうとしたら旦那が「仕事が出来ない」から帰ってきてB人と@匹でおじさんちへ向かった。
市全体が停電になっていて、警察が交差点の真ん中で交通整理をしていた。みんな食料とか色々買いにどこか向かっているだろう。すごく渋滞していて30分で車で行けるのが、3倍かかった。
おじさんちで初めてテレビで地震と津波で大変なコトになっているのを見て、大きなショックをココロにうたれた。
意図も簡単に建物、しかも大きな船とか車なんてミニカーみたいになって見えるくらい簡単に津波は全てを押して引きずり流してしまった。
夜中になって帰っても市は相変わらず停電状態。華の車がガソリンがないから隣市へ行って、ガソリンを入れて、食材を買った。電気が付いたのは夜中の3時前だった。
毎日地震の被害の映像がテレビで流され、自分達は富士山のふもとだからいつ地震が来てもおかしくないって当たり前のように思っていたけれど、震度3で驚いていたらどうにも生きていけないと思いながらも自分は地震のショックが残っていた。
そして、ある日の夜、お風呂に入ろうとした時、ものすごい、何と言えない音と同時に大きな地震がきた。
短い時間でものすごい地震の揺れで、家がギシギシと壊れそうに音を立て、食器らしき割れた音もした。
急いでまた服を着て、訳のわからないまま外に出た。近所の人たちがみんな外に出ている。
ちょうど華の家の前が家が建てられていない土地なのでみんなで立ちすくんでいた。
その間、何回も地震がきた。もうどうにもならない状態。
家の中は食器が落ちて割れ、小さい鉢植えが落ちて土まみれ、花瓶も割れて、水だらけ・・・
もし、本当に避難しなければならなくなったらと考えて靴を履いたまま貴重品、食料、毛布など車に押し込んだ。寒かったけれど、その時は無我夢中だった。
携帯に実家から電話があって、隣市は停電してないからこっちへ行こうかと言ってくれたけれど、停電だし、どうにもならないから明日来てとお願いした。自分1人では家の中は片付けられない。
寒く、暗い夜中、カラダを丸くして眠った。
家の中は2階は娘の机の上のものが散らかったくらいで、無事だったけれど、1階はめちゃくちゃだった。
親が来るまで途方に暮れながらもちょっとずつ片付けていた。親が来てくれて、一緒に片付けて、食材があるかわからないけれど、オール電化の家なので、何んとか作れそうなものを買った。
お米、パン、お弁当、インスタント類、お菓子もコンビニは全くな状態だった。トイレットペーパー、ティッシュペーパーもないに近い状態だった。
それが何週間続いただろう。
そのうちに計画停電が行われて、うちの地域は2回だったかな?寒い時間も計画停電だった時は娘と一緒に毛布にくるまって、ナビについているテレビを見ていた。
そんなこんなで自分のカラダが地震後遺症ぢゃないけれど、そんなようなものになっていた。
ちょっと家がミシリと音がすれば「あ!地震!」と思うし、揺れていなくても揺れているようにカラダが勝手にそうなっている。
いつ地震がまたくるかわからないという生活。東北の方たちと比べたらかゆいくらいなのに・・・
仕事もショートを利用する方が多く、毎日ハードな仕事、その中で精神的はストレスもたまり、カラダが全身がカチコチになって、起きていても、寝ていてもどうにもならないくらい。1週間くらい仕事を休ませてもらった。
娘の高校の制服が地震の影響で入学式の1日前にやっと出来あがった。
今は食器は半分くらいは段ボール箱に入れて、揺れても割れないかなと思うだけにしている。
使ってないコンセントは抜いて、電気もなるべく省エネしようと気をつけている。
きっと夏に計画停電が行われたら逃れられない地域だろう。
家族ともし、大地震があったら集合する場所も決めた。
何もかもが当たり前にあって、当たり前に生活していたものが、普通でなくなるとこんなにも不安になって、怖くなって、物がないというコトを実感した。
普通に生活しているのは本当は贅沢なんだなと思った。
でも、悲しい中でも楽しいコトや笑顔は絶対に必要なんだと思った。
そんなこんなで今は別のコトで疲れているけれど、生きてまーす!
誰もまだ帰ってこないから先にご飯食べようかなぁ〜
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書こうと思いながらも「いつもグチばっかりで楽しいコト少ないからやめよう」って思って書かないでいたのと、
PCに向かうとずーっとやっているので肩こりがひどくなってしまうので。
ホントに色んなコトがありました。
3月に東北大地震と同時に華の住んでいる所も震度3?揺れて、テレビをつけようとしたら、
ん?壊れちゃったのかなぁと主電源を押しても・・・
ツカナイよ・・・
まだ午後3時前だったので、外も明るく停電したコトに気がつかなかったのです。
旦那は夕方の仕事の勤務だったので、会社からの連絡がないのでそのまま行きました。
きっと信号機ついてないんだろうなぁ・・・会社も仕事出来ないだろうなぁ
ん?
うちの施設は大丈夫かな?
停電はどうなっているのかな?
携帯もつながらない、外は段々暗くなってきて、もし暗くなっても停電が続いていたらご飯困るし、寒くなるからと中部電力の地域の親戚のおじさんに携帯がつながるまでずっとかけ続けた。
停電はいつまでも続いて、無理矢理娘を起こしておじさんちに行こうとしたら旦那が「仕事が出来ない」から帰ってきてB人と@匹でおじさんちへ向かった。
市全体が停電になっていて、警察が交差点の真ん中で交通整理をしていた。みんな食料とか色々買いにどこか向かっているだろう。すごく渋滞していて30分で車で行けるのが、3倍かかった。
おじさんちで初めてテレビで地震と津波で大変なコトになっているのを見て、大きなショックをココロにうたれた。
意図も簡単に建物、しかも大きな船とか車なんてミニカーみたいになって見えるくらい簡単に津波は全てを押して引きずり流してしまった。
夜中になって帰っても市は相変わらず停電状態。華の車がガソリンがないから隣市へ行って、ガソリンを入れて、食材を買った。電気が付いたのは夜中の3時前だった。
毎日地震の被害の映像がテレビで流され、自分達は富士山のふもとだからいつ地震が来てもおかしくないって当たり前のように思っていたけれど、震度3で驚いていたらどうにも生きていけないと思いながらも自分は地震のショックが残っていた。
そして、ある日の夜、お風呂に入ろうとした時、ものすごい、何と言えない音と同時に大きな地震がきた。
短い時間でものすごい地震の揺れで、家がギシギシと壊れそうに音を立て、食器らしき割れた音もした。
急いでまた服を着て、訳のわからないまま外に出た。近所の人たちがみんな外に出ている。
ちょうど華の家の前が家が建てられていない土地なのでみんなで立ちすくんでいた。
その間、何回も地震がきた。もうどうにもならない状態。
家の中は食器が落ちて割れ、小さい鉢植えが落ちて土まみれ、花瓶も割れて、水だらけ・・・
もし、本当に避難しなければならなくなったらと考えて靴を履いたまま貴重品、食料、毛布など車に押し込んだ。寒かったけれど、その時は無我夢中だった。
携帯に実家から電話があって、隣市は停電してないからこっちへ行こうかと言ってくれたけれど、停電だし、どうにもならないから明日来てとお願いした。自分1人では家の中は片付けられない。
寒く、暗い夜中、カラダを丸くして眠った。
家の中は2階は娘の机の上のものが散らかったくらいで、無事だったけれど、1階はめちゃくちゃだった。
親が来るまで途方に暮れながらもちょっとずつ片付けていた。親が来てくれて、一緒に片付けて、食材があるかわからないけれど、オール電化の家なので、何んとか作れそうなものを買った。
お米、パン、お弁当、インスタント類、お菓子もコンビニは全くな状態だった。トイレットペーパー、ティッシュペーパーもないに近い状態だった。
それが何週間続いただろう。
そのうちに計画停電が行われて、うちの地域は2回だったかな?寒い時間も計画停電だった時は娘と一緒に毛布にくるまって、ナビについているテレビを見ていた。
そんなこんなで自分のカラダが地震後遺症ぢゃないけれど、そんなようなものになっていた。
ちょっと家がミシリと音がすれば「あ!地震!」と思うし、揺れていなくても揺れているようにカラダが勝手にそうなっている。
いつ地震がまたくるかわからないという生活。東北の方たちと比べたらかゆいくらいなのに・・・
仕事もショートを利用する方が多く、毎日ハードな仕事、その中で精神的はストレスもたまり、カラダが全身がカチコチになって、起きていても、寝ていてもどうにもならないくらい。1週間くらい仕事を休ませてもらった。
娘の高校の制服が地震の影響で入学式の1日前にやっと出来あがった。
今は食器は半分くらいは段ボール箱に入れて、揺れても割れないかなと思うだけにしている。
使ってないコンセントは抜いて、電気もなるべく省エネしようと気をつけている。
きっと夏に計画停電が行われたら逃れられない地域だろう。
家族ともし、大地震があったら集合する場所も決めた。
何もかもが当たり前にあって、当たり前に生活していたものが、普通でなくなるとこんなにも不安になって、怖くなって、物がないというコトを実感した。
普通に生活しているのは本当は贅沢なんだなと思った。
でも、悲しい中でも楽しいコトや笑顔は絶対に必要なんだと思った。
そんなこんなで今は別のコトで疲れているけれど、生きてまーす!
誰もまだ帰ってこないから先にご飯食べようかなぁ〜
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