昨日、飯塚市の信用組合と春日市の郵便局に強盗が入り、職員の一喝や説得などにより、どちらも何もとらずに逃走。
悪人というより、金銭的に追いつめられた末の犯行でしょう。
当然お金に困って強盗に及ぶのであって、健康問題で強盗を思いつくはずはありません。
企業の財務数値に関しては長期間の好景気に対し、個人生活は楽にならない社会構造がよく問題視されています。
社会構造や生活環境などの改善が進むことに異論はありませんが、そのような他力に頼っていただけでは、自分や家族の生活を守り抜くことはできません。
年間自殺者3万人超が続き、最近では若者、というより児童の自殺までもが続くこの時代をどのように生き抜くけばいいのか。
原因の一つに、「標準・普通」にこだわる日本人の考え方があると思います。
人に説教するときにもつい「普通は・・・でしょう」など普通にこだわり、そこを基準に勝っているか劣っているかの判断をしがちのようです。
偏差値病とでもいったらいいのでしょうか。
普通や平均値にこだわる結果、それが経済問題であれば借金で取り繕ろおうとする人が増え、借金苦にあえぐ人たちが増える結果となります。
今晩のお米代や義務教育の支払いなど、最低限の生活を維持するために借金する人の割合は少数でしょう。
それより、「普通」との格差を埋めようとする思いが強すぎて借金を繰り返しているようです。
世界的にみれば、日本人は十分お金持ちで物質的には豊かなのに、そう感じて生活している人が少ない。
楽しいと思う、豊かだと感じる心が萎えてしまっていては、たとえお金やものをたくさん手に入れても幸せとは思えないでしょう。
標準より、お隣さんより、いかにたくさん得るか、増やすか、差を広げるか、のレースに夢中になっているかぎり。
レースに参加することをやめ、個性を尊重しあい、自分や他人のあるがままを受け入れられる知恵や教養を身につけない限り、たとえ金銭的成功を収めたとしても、幸せな気持ちは続かないと思うのです。
だから、楽しいと思う、豊かだと思う、幸せだと感じられる心作りにもっと力を注ぐ毎日を送るよう努めていますが、私のような凡人にはこれがなかなか難しい。
日々精進していくしかありません。