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2009/11/17
晩秋の東武線 鉄道のある風景
この前の日曜日は天気も良く、暑いくらいの陽気でしたね。
Fe4仲間のシービーさんが、同期で海外鉄やってる友人と飲むということでお誘いを受け、折角なんで撮影から流れて行く事となりました。
昼過ぎに北千住に集合して、まずは中華料理で一杯ひっかけて景気付け。
今回は、東武鉄道の撮影。最近はかなり私鉄線も撮るようになったのですが、やはり川崎に住んでる身としては、東武は中々縁遠い存在でしたから、本格的に撮るのは初めてと言って良いほどですな。
そんなんで、撮影地の情報も分からないし、車両についての知識も皆無に近い感じなんですよね。まあ、乗りながらロケハンと言うことで、北千住から出発。
複々線区間は高架だったりと駅間で撮れるような場所は見当たらず、そのまま先へ進みます。
春日部を過ぎた辺りから多少開けた場所を走り始め、姫宮〜東武動物公園間に良さそうな場所を見つけ下車。しかし、この時期3時過ぎれば太陽はかなり低くなってしまうので、線路脇に建物などあると日陰、日向とゼブラ模様になってしまうのですよね。
徒歩で浅草方面に歩いて行くと、只今造成中の場所があります。かなり開けた場所なんですけど、まさしく造成中なのでここで撮れるのもあと僅かってことですよ。

特急「きりふり」。スペーシア以外の特急は何があるのかも知らない程の知識しか持ってません。

ススキもあって、晩秋の雰囲気は出ますね。

暇してる時間も無く次々と列車がやってきますよ。夕日の感じも良いですな。

線路を挟んで反対側は、まだ農地の雰囲気。

ついに日も沈んでしまった。

駅近くのカーブから。この辺はフェンスも低いので、非常に撮り易いですな。
中央林間まで乗り通すのも大変だろうなー。
戻りは、一杯飲みながら特急「りょうもう」で浅草まで。東武特急は始めて乗りましたよ。日曜の夕方なのでほぼ満席状態。
それから、上野で飲んで家に着いたのは午前様でした。

Fe4仲間のシービーさんが、同期で海外鉄やってる友人と飲むということでお誘いを受け、折角なんで撮影から流れて行く事となりました。
昼過ぎに北千住に集合して、まずは中華料理で一杯ひっかけて景気付け。
今回は、東武鉄道の撮影。最近はかなり私鉄線も撮るようになったのですが、やはり川崎に住んでる身としては、東武は中々縁遠い存在でしたから、本格的に撮るのは初めてと言って良いほどですな。
そんなんで、撮影地の情報も分からないし、車両についての知識も皆無に近い感じなんですよね。まあ、乗りながらロケハンと言うことで、北千住から出発。
複々線区間は高架だったりと駅間で撮れるような場所は見当たらず、そのまま先へ進みます。
春日部を過ぎた辺りから多少開けた場所を走り始め、姫宮〜東武動物公園間に良さそうな場所を見つけ下車。しかし、この時期3時過ぎれば太陽はかなり低くなってしまうので、線路脇に建物などあると日陰、日向とゼブラ模様になってしまうのですよね。
徒歩で浅草方面に歩いて行くと、只今造成中の場所があります。かなり開けた場所なんですけど、まさしく造成中なのでここで撮れるのもあと僅かってことですよ。

特急「きりふり」。スペーシア以外の特急は何があるのかも知らない程の知識しか持ってません。

ススキもあって、晩秋の雰囲気は出ますね。

暇してる時間も無く次々と列車がやってきますよ。夕日の感じも良いですな。

線路を挟んで反対側は、まだ農地の雰囲気。

ついに日も沈んでしまった。

駅近くのカーブから。この辺はフェンスも低いので、非常に撮り易いですな。
中央林間まで乗り通すのも大変だろうなー。
戻りは、一杯飲みながら特急「りょうもう」で浅草まで。東武特急は始めて乗りましたよ。日曜の夕方なのでほぼ満席状態。
それから、上野で飲んで家に着いたのは午前様でした。

2009/11/14
小田急カレンダー受賞者だけの撮影会vol.1 写真
今日は、小田急ロマンスカーカレンダーに採用された副賞とでも言おうか、受賞者全員を対象とした車両撮影会が行われました。場所は喜多見車両基地とのこと。
何と集合時間が6:45喜多見駅と言う早朝ですよ。何でも、特急車両が遅い時間だと出庫してしまうので、早朝からとなったようです。もっともな話ですね。
まだ暗いうちに南武線に乗り込み、登戸で小田急に乗り換え喜多見着。雨は上がってましたが明るさが無くて、果たして屋内で撮れるんでしょうかと不安になります。
他の方々は三脚持参でしたが、私は楽しようと持ってこなかったのが仇となってしまった。

事前にこのような招待状が送られてました。
会議室で簡単なオリエンテーション後、早速庫内へと移動。
まずは、43番ピットに停車中の7000系LSEからスタートです。喜多見車両基地は全て屋根付きと言おうか、上が全て緑地化されているので、やはり蛍光灯の明かりが頼りになってしまうのですよ。
ISO800の1/10秒程度での撮影となってしまったのですが、広角ズームなので手ブレ補正もあってか問題なく撮る事ができました。

幕のリクエストも可能でしたから、まずは懐かしの「あしがら」。

この場所はあまり動けないところでしたから、幕を変えて撮るだけって感じです。
見え難いですが「えのしま」です。

これだけグッと寄って撮れるのも、こんな機会だけですな。

最後は「ニューイヤーEXP」。これは初めて見ましたね。年賀状ネタに使えそう。
LSEも旧塗装車だったら尚良かったのですが、何て贅沢言っちゃ駄目かな。
まだまだ、続きがありますので、数回に分けて紹介してみたいと思います。

何と集合時間が6:45喜多見駅と言う早朝ですよ。何でも、特急車両が遅い時間だと出庫してしまうので、早朝からとなったようです。もっともな話ですね。
まだ暗いうちに南武線に乗り込み、登戸で小田急に乗り換え喜多見着。雨は上がってましたが明るさが無くて、果たして屋内で撮れるんでしょうかと不安になります。
他の方々は三脚持参でしたが、私は楽しようと持ってこなかったのが仇となってしまった。

事前にこのような招待状が送られてました。
会議室で簡単なオリエンテーション後、早速庫内へと移動。
まずは、43番ピットに停車中の7000系LSEからスタートです。喜多見車両基地は全て屋根付きと言おうか、上が全て緑地化されているので、やはり蛍光灯の明かりが頼りになってしまうのですよ。
ISO800の1/10秒程度での撮影となってしまったのですが、広角ズームなので手ブレ補正もあってか問題なく撮る事ができました。

幕のリクエストも可能でしたから、まずは懐かしの「あしがら」。

この場所はあまり動けないところでしたから、幕を変えて撮るだけって感じです。
見え難いですが「えのしま」です。

これだけグッと寄って撮れるのも、こんな機会だけですな。

最後は「ニューイヤーEXP」。これは初めて見ましたね。年賀状ネタに使えそう。
LSEも旧塗装車だったら尚良かったのですが、何て贅沢言っちゃ駄目かな。
まだまだ、続きがありますので、数回に分けて紹介してみたいと思います。

2009/11/11
在りし日の新小岩操車場 鉄道
今や各地で見られた貨物操車場も姿を消し、跡地も再開発されて昔の面影を残してる場所も少なくなりましたねぇー。
小学生の頃から総武沿線を転々としていた関係で、一番利用してたのが総武線でした。
そんなんで、古い写真と言うと千葉管内のが多く残ってるんですよね。
高学年時代から、家のカメラを持ち出し沿線を撮影しに行きだし、駅をうろうろしつつ何でも撮り始めたのが最初ですな。
当時、沿線で一番の操車場と言うと新小岩〜小岩間に広がる新小岩操車場だったのですが、通過する際は必ず眺めていたにも関らず写真となると興味の範疇でなかったのか、全く撮ってなかったようなんです。
まあ、標準レンズ1本しかない時代ですから、ホームから撮れる感じでもなかったのかな。
そんな鉄道写真を撮り始めた頃のカットに1枚だけ撮ってたコマが出てきたので、ショボイ写真ですが紹介して見ます。

まだ、総武快速線が出来る前の昭和46年頃に撮った写真だと思います。
101系時代は、2段式の窓が全部開けられる構造だったので、カメラ片手に走行中の車内から撮ったやつです。子供だと、そのまま飛び出すほど窓が開いたので、今じゃ考えられない時代でしたね。
多分、上手い具合にDD13が走ってたので撮ったんでしょう。区名札が「佐」になってますから、佐倉機関区にもDD13が居たようですが、実際は新小岩常駐だったかも知れませんね。
後ろに写ってる新小岩ボーリングセンターも検索してみたのですが、ヒットしなかったので、早々に廃館になってしまったのですかな。
今、このアングルを探そうとしても分からんでしょうね。

小学生の頃から総武沿線を転々としていた関係で、一番利用してたのが総武線でした。
そんなんで、古い写真と言うと千葉管内のが多く残ってるんですよね。
高学年時代から、家のカメラを持ち出し沿線を撮影しに行きだし、駅をうろうろしつつ何でも撮り始めたのが最初ですな。
当時、沿線で一番の操車場と言うと新小岩〜小岩間に広がる新小岩操車場だったのですが、通過する際は必ず眺めていたにも関らず写真となると興味の範疇でなかったのか、全く撮ってなかったようなんです。
まあ、標準レンズ1本しかない時代ですから、ホームから撮れる感じでもなかったのかな。
そんな鉄道写真を撮り始めた頃のカットに1枚だけ撮ってたコマが出てきたので、ショボイ写真ですが紹介して見ます。

まだ、総武快速線が出来る前の昭和46年頃に撮った写真だと思います。
101系時代は、2段式の窓が全部開けられる構造だったので、カメラ片手に走行中の車内から撮ったやつです。子供だと、そのまま飛び出すほど窓が開いたので、今じゃ考えられない時代でしたね。
多分、上手い具合にDD13が走ってたので撮ったんでしょう。区名札が「佐」になってますから、佐倉機関区にもDD13が居たようですが、実際は新小岩常駐だったかも知れませんね。
後ろに写ってる新小岩ボーリングセンターも検索してみたのですが、ヒットしなかったので、早々に廃館になってしまったのですかな。
今、このアングルを探そうとしても分からんでしょうね。

2009/11/8
単焦点レンズで撮ってみた 鉄道のある風景
デジタル一眼にしてからという物の、主流で用意されてるレンズの大半はズームレンズばかりです。やはり撮る方からすれば、アングルの自由度も広がるし楽ですよね。
今やオートフォーカスや手ブレ補正が当たり前の時代ですから、多少F値が暗かろうが撮れてしまう時代ですよ。
そんなんで通常はズームレンズを多様してますが、最近はカメラ側の機能全てをマニュアルで使い始めたため、F値が明るいレンズが欲しくなってきた次第なんです。ただ、大口径のズームとなるとかなり高価な代物なんですよね。
そこで、35mm時代に使ってた単焦点レンズを引っ張り出して使ってみることにしました。
今では製造終了になってるレンズなんですが、ペンタFA135mm F2.8と言うやつです。それに1.4倍の純正テレコンを持って出かけます。
APS-Cサイズに換算すると200mm程度と言う感じですな。

まずテレコン付けて撮ってみました。絞りも1絞り変わるだけなので、意外と使えますよ。

本日の本命。しかし、下り普通に被られ撃沈。トホホ・・
ただ、さすが単焦点レンズだけあって、樽や糸巻き収差が全くないですね。

リベンジしに推進回送を鶯谷まで追っかけます。
ホーム中程に居たので、左から迫ってくる京浜東北が来る前に何とか撮れましたよ。いゃー危なかった。

山手のチョコレートでも狙ってたんですが、やっぱり駄目。

ズームレンズ使えば、もっとアングルも広がりそうですが、単焦点だとこんな時は厳しいですよ。

秋葉原まで、ブラブラ歩いてみました。
Fe4の中でシービーさんが、単焦点レンズで頑張ってますが、やはり自分が動いてアングルを探さなくてはならないので、結構大変でした。しかし、ズームレンズに比べると解像度もボケ味も良いのが分かりますから、一長一短って感じですね。
フィルム時代は、ズームレンズなど買えなかった訳ですから、いつもこんな感じで撮ってたのかを思い起こす出来事でした。

今やオートフォーカスや手ブレ補正が当たり前の時代ですから、多少F値が暗かろうが撮れてしまう時代ですよ。
そんなんで通常はズームレンズを多様してますが、最近はカメラ側の機能全てをマニュアルで使い始めたため、F値が明るいレンズが欲しくなってきた次第なんです。ただ、大口径のズームとなるとかなり高価な代物なんですよね。
そこで、35mm時代に使ってた単焦点レンズを引っ張り出して使ってみることにしました。
今では製造終了になってるレンズなんですが、ペンタFA135mm F2.8と言うやつです。それに1.4倍の純正テレコンを持って出かけます。
APS-Cサイズに換算すると200mm程度と言う感じですな。

まずテレコン付けて撮ってみました。絞りも1絞り変わるだけなので、意外と使えますよ。

本日の本命。しかし、下り普通に被られ撃沈。トホホ・・
ただ、さすが単焦点レンズだけあって、樽や糸巻き収差が全くないですね。

リベンジしに推進回送を鶯谷まで追っかけます。
ホーム中程に居たので、左から迫ってくる京浜東北が来る前に何とか撮れましたよ。いゃー危なかった。

山手のチョコレートでも狙ってたんですが、やっぱり駄目。

ズームレンズ使えば、もっとアングルも広がりそうですが、単焦点だとこんな時は厳しいですよ。

秋葉原まで、ブラブラ歩いてみました。
Fe4の中でシービーさんが、単焦点レンズで頑張ってますが、やはり自分が動いてアングルを探さなくてはならないので、結構大変でした。しかし、ズームレンズに比べると解像度もボケ味も良いのが分かりますから、一長一短って感じですね。
フィルム時代は、ズームレンズなど買えなかった訳ですから、いつもこんな感じで撮ってたのかを思い起こす出来事でした。

2009/11/6
455系急行「仙山」 鉄道
急行「仙山」は名前から分かる通り、仙台と山形を結ぶ仙山線を走るなんの変哲もない電車急行でした。
仙山線は昭和53年から在仙の大学に行ってた関係で、在学中に一度だけ撮影に行ってたようです。ただ当時は、かなりのローカル線で、普通列車が1日6、7本と急行が4、5本しか走ってなかったんですよ。そんなんで、今の時刻表と見比べて見ると隔世の感がありますね。
それだけ本数が少ない路線でしたから、撮影にも足が向かなかったかも知れません。
当時、仙台と山形間の移動は都市間バスが頻発してましたから、やはり鉄道利用のシェアは小さかったようです。しかし、冬の降雪期となると、定時運転が見込める鉄道利用が盛り返してたと思います。
沿線には、列車でしか行けなかった面白山スキー場があり、私も良く通いましたねぇー。冬季は旧客編成の臨時「面白山スキー号」も数本設定されてましたし、意外と乗車率も良かったです。これも撮っとけば良かったなー。

陸前白沢〜熊ヶ根間を走る急行「仙山」。仙セン所属の455系が使用されてましたが、グリーン組込の専属編成が使用されてたと思います。
仙山用455系は先頭部の乗降扉にタブレット保護柵が付いてました。おそらく455系の他では見られない設備ではないでしょうか。
この「仙山」も新幹線開業時に快速に格下げされたようで、意外と短い間しか活躍してなかったようですね。まあ、当時から快速でも良かったような気のする急行でしたけど。

仙山線は昭和53年から在仙の大学に行ってた関係で、在学中に一度だけ撮影に行ってたようです。ただ当時は、かなりのローカル線で、普通列車が1日6、7本と急行が4、5本しか走ってなかったんですよ。そんなんで、今の時刻表と見比べて見ると隔世の感がありますね。
それだけ本数が少ない路線でしたから、撮影にも足が向かなかったかも知れません。
当時、仙台と山形間の移動は都市間バスが頻発してましたから、やはり鉄道利用のシェアは小さかったようです。しかし、冬の降雪期となると、定時運転が見込める鉄道利用が盛り返してたと思います。
沿線には、列車でしか行けなかった面白山スキー場があり、私も良く通いましたねぇー。冬季は旧客編成の臨時「面白山スキー号」も数本設定されてましたし、意外と乗車率も良かったです。これも撮っとけば良かったなー。

陸前白沢〜熊ヶ根間を走る急行「仙山」。仙セン所属の455系が使用されてましたが、グリーン組込の専属編成が使用されてたと思います。
仙山用455系は先頭部の乗降扉にタブレット保護柵が付いてました。おそらく455系の他では見られない設備ではないでしょうか。
この「仙山」も新幹線開業時に快速に格下げされたようで、意外と短い間しか活躍してなかったようですね。まあ、当時から快速でも良かったような気のする急行でしたけど。

2009/11/5
のぞみ28号を撮りに行ったものの 鉄道のある風景
11月に入りグッと寒くなりましたね。懐も同じく木枯らしが吹いてますよ。
この前の祭日は仕事だったのですが、一日を通して快晴でしたね。撮影には最高の日和なのに事務所でコツコツとパソコンに向かって、ストレス増幅させてました。
夕方には、ほぼ片付いたので11月9日でN700系に置き換わる「のぞみ28・51号」を撮りに出かけて見ました。東京にやって来る500系2往復の内、夕刻に来る列車です。
日の入り時刻を見ると16:45頃。東京着が17:13だと何とかなるかなと、交通会館のテラスへ向かいます。上原を出る時は、まだ夕日がキラキラと街を照らしてる雰囲気。
日比谷で地上に出ると、既に濃紺の空に変わってますよ。
テラスは既に数人が待機してましたが、場所が広いので余裕はたっぷりあります。早速カメラ取り出して、露出チェックするともう駄目の領域。隣でも同じような声が聞こえてきますよ。
開放でもF4しかないので、ISO感度を上げて撮るしかないのですが、ザラツキ感が気になります。
走行写真になってしまうので、流し撮りもありですけど、街並みもしっかり写したいから普通の撮り方に徹して見ます。

ISO1600で1/50。画像処理でシャドウを起こしてます。
当然先頭は流れてますが、まあ何とかって感じですかな。

後追いは更に暗かったので、処理してたらかなりザラついてしまった。
車体がグレーなので、夜はなお更撮りにくい車両ですな。
もう無理と踏んで、下りの51号は動画で撮って見ましたが、これだと意外に写るんですよね。
ペンタK-7からは動画が撮れるようになったので、こんな時は便利ですよ。ただ、16:9のハイビジョン映像なので、編集ソフトが無いと動画サイトにアップロードできないし、ままのデータだと30秒で300MBも食ってしまうのです。
東京での夜景と500系の組み合わせも残すところ僅か、週末はこのテラスも賑わうのではないでしょうか。しかし、最近の夜景に強いコンデジの方が、綺麗に撮れるのかも知れませんね。

この前の祭日は仕事だったのですが、一日を通して快晴でしたね。撮影には最高の日和なのに事務所でコツコツとパソコンに向かって、ストレス増幅させてました。
夕方には、ほぼ片付いたので11月9日でN700系に置き換わる「のぞみ28・51号」を撮りに出かけて見ました。東京にやって来る500系2往復の内、夕刻に来る列車です。
日の入り時刻を見ると16:45頃。東京着が17:13だと何とかなるかなと、交通会館のテラスへ向かいます。上原を出る時は、まだ夕日がキラキラと街を照らしてる雰囲気。
日比谷で地上に出ると、既に濃紺の空に変わってますよ。
テラスは既に数人が待機してましたが、場所が広いので余裕はたっぷりあります。早速カメラ取り出して、露出チェックするともう駄目の領域。隣でも同じような声が聞こえてきますよ。
開放でもF4しかないので、ISO感度を上げて撮るしかないのですが、ザラツキ感が気になります。
走行写真になってしまうので、流し撮りもありですけど、街並みもしっかり写したいから普通の撮り方に徹して見ます。

ISO1600で1/50。画像処理でシャドウを起こしてます。
当然先頭は流れてますが、まあ何とかって感じですかな。

後追いは更に暗かったので、処理してたらかなりザラついてしまった。
車体がグレーなので、夜はなお更撮りにくい車両ですな。
もう無理と踏んで、下りの51号は動画で撮って見ましたが、これだと意外に写るんですよね。
ペンタK-7からは動画が撮れるようになったので、こんな時は便利ですよ。ただ、16:9のハイビジョン映像なので、編集ソフトが無いと動画サイトにアップロードできないし、ままのデータだと30秒で300MBも食ってしまうのです。
東京での夜景と500系の組み合わせも残すところ僅か、週末はこのテラスも賑わうのではないでしょうか。しかし、最近の夜景に強いコンデジの方が、綺麗に撮れるのかも知れませんね。

2009/11/2
線路のうねりが良いです 鉄道のある風景
毎年この時期は、仕事が忙しくて休みもままならないのですが、今年は暇ですよ。
良いのか悪いのか分かりませんが、日曜日は休めてます。
当社のお客さんが総武線の平井にありまして、平井駅を良く使うのですが、千葉方面のホーム端からのアングルがいつも気になってたんです。
昔、東京側ホーム端からの駅撮りはしたことあったと思いますが、千葉寄りは撮ってなかったかな。そんな思いもあって、昨日カメラ持って出かけて見ました。
パッと見には、荒川の鉄橋に向かって5本の線路が波カーブを描いていて中々のアングルなんですよ。ただ、かなりの望遠じゃないと手前の架線柱が邪魔してしまうのですね。フィルムカメラ時代は、最望遠でも300mmしか持ってなかったので、あまり近寄らなかったようです。
今は、APS-Cサイズに換算できるので、300mmも450mm相当になりますから、何とか撮れるアングルとなりましたよ。

天気も良かったので、最望遠だと陽炎が写ってモヤモヤしてしまったかな。
この線路の曲がり具合が良いですね。車両より線路に目が行ってしまった。

少し引き絵にするとオーソドックスな感じにしか写りませんね。

新型NEXも営業運転後は、初めて撮ったかな。

400mmレンズ相当にトリミングしてみるとこんな感じ。これも捨てがたいですな。

上り緩行線が、一番邪魔物なしで撮れます。かなり待っててやっと来た209-500でした。
快速線と並走シーンが撮れれば、最高の感じがしますねぇー。
やはり、もう少し長いレンズがあれば何て思える場所でした。
実は、新聞列車撮りに行ったつもりだったのですが、日曜日って夕刊ないんでしたね。バカですねぇー。まあ、近々リベンジしますよ。

良いのか悪いのか分かりませんが、日曜日は休めてます。
当社のお客さんが総武線の平井にありまして、平井駅を良く使うのですが、千葉方面のホーム端からのアングルがいつも気になってたんです。
昔、東京側ホーム端からの駅撮りはしたことあったと思いますが、千葉寄りは撮ってなかったかな。そんな思いもあって、昨日カメラ持って出かけて見ました。
パッと見には、荒川の鉄橋に向かって5本の線路が波カーブを描いていて中々のアングルなんですよ。ただ、かなりの望遠じゃないと手前の架線柱が邪魔してしまうのですね。フィルムカメラ時代は、最望遠でも300mmしか持ってなかったので、あまり近寄らなかったようです。
今は、APS-Cサイズに換算できるので、300mmも450mm相当になりますから、何とか撮れるアングルとなりましたよ。

天気も良かったので、最望遠だと陽炎が写ってモヤモヤしてしまったかな。
この線路の曲がり具合が良いですね。車両より線路に目が行ってしまった。

少し引き絵にするとオーソドックスな感じにしか写りませんね。

新型NEXも営業運転後は、初めて撮ったかな。

400mmレンズ相当にトリミングしてみるとこんな感じ。これも捨てがたいですな。

上り緩行線が、一番邪魔物なしで撮れます。かなり待っててやっと来た209-500でした。
快速線と並走シーンが撮れれば、最高の感じがしますねぇー。
やはり、もう少し長いレンズがあれば何て思える場所でした。
実は、新聞列車撮りに行ったつもりだったのですが、日曜日って夕刊ないんでしたね。バカですねぇー。まあ、近々リベンジしますよ。

2009/10/31
上野→小樽26時間20分の旅路 鉄道
昭和50年12月に最後の蒸気機関車を収めるべく、北海道に向かった時の記録です。
この頃、乗車する列車の写真などは、気が向けば撮ってた程度だったのですが、この時は資金的な余裕が無かったのか、普通切符で北海道まで向かったようです。そんなんで、普通列車と急行を乗り継いで小樽までの全列車の写真を撮ってました。
全行程で乗った列車は6本、連絡船1本で、待ち時間を含めて26時間20分の所要時間を費やしました。
ルート的にはオーソドックスな東北、青函、函館線を経由して行きましたが、当時このルートの最速列車ですと、上野16:00発「はつかり5号」から「北海」に乗り継いで小樽が翌日8:43着となります。所要時間16時間43分に対して10時間近く余計に掛かったと言うことですね。今ではこんな無謀な事考えもしません。

これからの長い旅路の思いか、駅構内の写真まで撮ってました。

第一走者は、東北線始発列車である上野5:13発、521M日光行普通列車。さすがの上野駅と言えど、早朝のため人はまばらですな。
宇都宮6:53着。

第二走者。宇都宮7:00発、725M黒磯行普通列車。455系使用の乗り得列車ですねぇー。
黒磯7:53着。写真は黒磯駅にて。

第三走者。黒磯8:20発、135福島行普通列車。ここから北は客車ばかりでしたね。
この列車を乗り通すと、次の行程に無理が生じるので郡山にて下車。
郡山9:53着。写真は黒磯にて。

第四走者。郡山10:06発、101M盛岡行急行「いわて1号」。ここで急行を使わないと後が困難だったようです。ただ、仙台までしか利用しません。
仙台11:45着。仙台駅にて。
次の列車が最も長く厳しい行程になるので、昼飯食って小休止。

第五走者。仙台13:15発、1533青森行普通列車。約380km、所要9時間ちょいを乗り通しますよ。
仙台駅にて。

9時間かけて青森に到着した1533列車。途中で車両併結や開放などありましたし、優等列車や貨物にも抜かれ・・。
東北線の始発列車で出発して最終列車で何とか全線走破です。
青森22:31着。青森駅にて。
連絡船も普通列車との接続は取ってないので、次の青森着「みちのく」が接続する11便まで待合室でグダグダ。夜中だったのでさすがに船の写真は撮ってませんでしたね。
第六走者。青森0:10発、11便青函連絡船。船名は記録が残ってないので、わかりませーん。
函館4:00着。
ここで、余りにも疲れたのか旭川行の121普通列車をパスして、急行に乗り込んでしまったようです。

第七走者。函館5:05発、101D札幌行急行「ニセコ1号」。この「ニセコ」の上り2号は根室から函館まで走り、昼行急行としては「しらゆき」と並ぶ長距離昼行急行の一角を成してましたね。
やっと到着した小樽にて。小樽9:33着。
駅の時計が9:45を指してましたから、10分程度の遅れがあったようです。
帰りの行程が良く分からないのですが、多分、全線急行自由席で戻ってきたと思いますよ。
今じゃ浜松までの普通列車乗り継ぎでさえ嫌気が指すので、とてもこんな列車旅は出来ないでしょうね。

この頃、乗車する列車の写真などは、気が向けば撮ってた程度だったのですが、この時は資金的な余裕が無かったのか、普通切符で北海道まで向かったようです。そんなんで、普通列車と急行を乗り継いで小樽までの全列車の写真を撮ってました。
全行程で乗った列車は6本、連絡船1本で、待ち時間を含めて26時間20分の所要時間を費やしました。
ルート的にはオーソドックスな東北、青函、函館線を経由して行きましたが、当時このルートの最速列車ですと、上野16:00発「はつかり5号」から「北海」に乗り継いで小樽が翌日8:43着となります。所要時間16時間43分に対して10時間近く余計に掛かったと言うことですね。今ではこんな無謀な事考えもしません。

これからの長い旅路の思いか、駅構内の写真まで撮ってました。

第一走者は、東北線始発列車である上野5:13発、521M日光行普通列車。さすがの上野駅と言えど、早朝のため人はまばらですな。
宇都宮6:53着。

第二走者。宇都宮7:00発、725M黒磯行普通列車。455系使用の乗り得列車ですねぇー。
黒磯7:53着。写真は黒磯駅にて。

第三走者。黒磯8:20発、135福島行普通列車。ここから北は客車ばかりでしたね。
この列車を乗り通すと、次の行程に無理が生じるので郡山にて下車。
郡山9:53着。写真は黒磯にて。

第四走者。郡山10:06発、101M盛岡行急行「いわて1号」。ここで急行を使わないと後が困難だったようです。ただ、仙台までしか利用しません。
仙台11:45着。仙台駅にて。
次の列車が最も長く厳しい行程になるので、昼飯食って小休止。

第五走者。仙台13:15発、1533青森行普通列車。約380km、所要9時間ちょいを乗り通しますよ。
仙台駅にて。

9時間かけて青森に到着した1533列車。途中で車両併結や開放などありましたし、優等列車や貨物にも抜かれ・・。
東北線の始発列車で出発して最終列車で何とか全線走破です。
青森22:31着。青森駅にて。
連絡船も普通列車との接続は取ってないので、次の青森着「みちのく」が接続する11便まで待合室でグダグダ。夜中だったのでさすがに船の写真は撮ってませんでしたね。
第六走者。青森0:10発、11便青函連絡船。船名は記録が残ってないので、わかりませーん。
函館4:00着。
ここで、余りにも疲れたのか旭川行の121普通列車をパスして、急行に乗り込んでしまったようです。

第七走者。函館5:05発、101D札幌行急行「ニセコ1号」。この「ニセコ」の上り2号は根室から函館まで走り、昼行急行としては「しらゆき」と並ぶ長距離昼行急行の一角を成してましたね。
やっと到着した小樽にて。小樽9:33着。
駅の時計が9:45を指してましたから、10分程度の遅れがあったようです。
帰りの行程が良く分からないのですが、多分、全線急行自由席で戻ってきたと思いますよ。
今じゃ浜松までの普通列車乗り継ぎでさえ嫌気が指すので、とてもこんな列車旅は出来ないでしょうね。

2009/10/28
キハ91急行「きそ」 鉄道
さて、いつものアーカイブネタに戻りましょう。
キハ91と言うと、大出力気動車の先駆け的な存在として登場した、ある意味試作的要素をふんだんに盛り込んだ車両ですね。
当時、急行気動車と言うと26系、28系、58系列が日本全土で使用されてました。ただ山岳路線を多く抱える国鉄としては、速度向上の為、高馬力の車両が必須だったわけです。その完成型がキハ65やキハ181であり、末長く使用されてきましたが、その礎を作ったのがキハ91系列であったと言っても過言ではありません。
スタイル的に見ても、パノラミックウインドウの採用や空気バネ台車、冷房等、当時の電車急行と同等の設備を考慮された格好で、今こうして見ると中々格好良い車両ですよね。

昭和40年代後半だと思われますが、何かのついでに撮ったようで、プリントしか見つかりませんでした。
良く見るとサボに「きそ」の字が見えたので、多分名古屋でしょう。
これは量産タイプでしたが、実際にはそれほど増備される事無く、名ナコをベースに短い間の活躍に留まったようなので、あまり見る機会にも恵まれなかったですね。
乗降扉も3枚折り戸と言う、珍しい格好です。
現車は全て解体されてしまったようなので、今や写真でしか見られないのも残念なところです。

キハ91と言うと、大出力気動車の先駆け的な存在として登場した、ある意味試作的要素をふんだんに盛り込んだ車両ですね。
当時、急行気動車と言うと26系、28系、58系列が日本全土で使用されてました。ただ山岳路線を多く抱える国鉄としては、速度向上の為、高馬力の車両が必須だったわけです。その完成型がキハ65やキハ181であり、末長く使用されてきましたが、その礎を作ったのがキハ91系列であったと言っても過言ではありません。
スタイル的に見ても、パノラミックウインドウの採用や空気バネ台車、冷房等、当時の電車急行と同等の設備を考慮された格好で、今こうして見ると中々格好良い車両ですよね。

昭和40年代後半だと思われますが、何かのついでに撮ったようで、プリントしか見つかりませんでした。
良く見るとサボに「きそ」の字が見えたので、多分名古屋でしょう。
これは量産タイプでしたが、実際にはそれほど増備される事無く、名ナコをベースに短い間の活躍に留まったようなので、あまり見る機会にも恵まれなかったですね。
乗降扉も3枚折り戸と言う、珍しい格好です。
現車は全て解体されてしまったようなので、今や写真でしか見られないのも残念なところです。



