くろまっくのぼやき。

「私は、あなたに奉仕するためにここにいる。いま我々は宣言する。もうたくさんだ!」(「ラカンドン密林宣言」)
「霊長目ヒト科はもはや時代遅れな存在です。政治とか戦争とか犯罪とか経済とか差別とか、そーいうものは全部、過去のもの」(田中ロミオ『人類は衰退しました3』)

 

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投稿者:エンメ
いつも思いますが
「腹の足しになるところ」
この一文が無用ですよね。
己の真実を詩にすればよかったのに
わからない層に向ける、「コチラ」から「アチラ」へ発信する情念と切っても切れない思想なのでさらっと入れた。
自分の創作したカツ丼や親子丼には全くもって合わなくても色味や習いで最後に青いものを上に散らすように。

意義の評価としては「幼稚園の否定」でしょうか。
育児にあたる母親達の否定というかねw
そのベクトルに向いているつもりはなくてもどうしてもそう、なっちゃってますよね。んでそこと闘ってるつもりはないし、股間の慰めの為に絶対否定できませんから、負けを認めます。プロレタリア思想の半分は成人女性からの逃避でできています。間違いなく。

投稿者:氷川 渉
ご教示ありがとうございます。脱線に属しますが、宮台を「馬鹿」ですか(笑)。

中野がミヤケンを実は最後まで敬愛していた(らしい)ことを、思い出しました。もちろん、吉本による日共スターリン主義批判を絡めて。

んなわけで、あちらに。
投稿者:くろまっく(j)
訂正。皇室ポルノ事件が一部記憶混入してしまいました。
中野重治の批判は、実在の人物をモデルに殺人なんてけしからんといった批判だったと思います。

投稿者:くろまっく
 石原莞爾も、これからは憲法9条を理想を掲げ、寸鉄帯びずに世界の恒久平和をめざすのだといったそうです。
 実際、竹槍とバケツリレーでB29と戦えといわれたのだから、国民的了解としてそれもありだったのでしょうね。
投稿者:くろまっく
 ありがとうございます。中野重治絡みなので、こちらで。

 獄中××年。小野田さんみたいにゲリラ闘争を貫いていたなら偉大ですが、何もせず刑務所にいただけですもんね(暴言?)。

 確かにムショ暮らしは大変。でも、戦中下はみんな大変でした。結構なご身分だったともいえます。吉村昭『破獄』には、戦時下、刑務官より服役囚の方が食糧事情が良かったという話が出てきますね。刑務官が、思わず食糧に手が出そうになるけれど、グッと堪えるシーンが泣かせます。

 「政治犯」だからってふんぞり返って特別待遇を要求するやつは、刑務所でも嫌われるんですよね(獄中十数年の先輩談)。「おまえらニセ左翼暴力集団とは違う!」と代々木分派の同志諸君はいいたいでしょう。私たちがすべて正しいとはいいませんがあ、くだらない選民意識が、あの人たちの全然駄目なところです。

 吉本さんは、「戦中世代には中野重治は神様のような作家だった」と書いてます。影響も受けていると思います。「村の家」もそうですが、「茂吉ノオト」とか。

 では中野側はどうか? 同時代人の大西巨人の対応を見る限りは、気脈は通じると思います。でも吉本さん批判するときボロカスですからね。風流夢譚事件で、「皇室批判でもポルノはけしからん」(意訳)と倫理的に怒る中野を、「読めばフィクションってわかるじゃねえか。あんた背中が煤けているぜ」(意訳)と批判していましたね。三島事件でも、「反社会的だ」と倫理的に糾弾する中野を、文学的な死だったと擁護していたように記憶します。

 以上に対する中野の応答は不明です。「このガキ!」とは思われていたでしょう。想像ですが、吉本さんが宮台に、「本物の馬鹿が出てきた」というのと近い感覚だったのかもとも思います。
投稿者:氷川 渉
「すべてのひよわなもの」
「すべてのうそうそとしたもの」
「すべてのものうげなもの」

憲法九条が、終戦直後の日本人にとって、唯一リアリティーのある理想だったのは、この言葉に根拠があると思います。

革命歌ではなく、「りんごは何も言わないけれど、りんごの気持ちはよくわかる」という歌声が流れた日本。
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