実家から物を運ぶ必要があったので、友人に手伝いをお願いした。
運転手も兼ねてくれた友人に何かご馳走したい。しかしながら彼はダイエット中。脂っこいものは避けたい。それに、いつでも食べられるものではつまらない。
思いついたのは親子丼。
丼物なので炭水化物をしっかり摂ってしまうが、良い鶏肉と卵ならタンパク質主体だ。
車で末広町に向かってもらう。向かうのは鳥つね自然洞。
場所は末広町の交差点から2本ほど入ったところ。
今やこの店の親子丼はあまりにも有名だが、店の真価は夜のコースか冬の鳥鍋に表れる。
ただ料理も酒も随分と値が張る。
値は張るのだが、それ以上の価値を感じることが出来る店。
店の姿勢は昼のランチでもそのまま。
親子丼 1000円。
特上親子丼1600円。
普通の親子丼の値段はまだいいとして、特上はいい値段でしょ。
しかしこの特上はとんでもない値段どころではなく、むしろ安いと思うんです。
以前、この特上親子丼の原価は1200円を超えると聞いた。
原価率は実に75%です。
通常フレンチレストランの原価率は35%程度。
飲食店全般に言えることですが、原価率が40%を超えると営業は厳しい。
パスタランチとか言って、サラダにパスタ、コーヒーなんかで1300円ぐらい使うことありますよね。それと比べてみてください。
特上親子丼の方が間違いなく良い物を食べることになる。
たかが親子丼で何で原価がそんなにかかるのか。
それはとにかく良い材料を揃えるから。
親子丼に使う鶏肉は名古屋コーチンと比内地鶏。これらの鶏肉は100g400円弱といった価格。
卵は地鶏の卵を3個使う。この地鶏は名古屋コーチンの原種と言われるものだったと思う。
この卵が高い。
お米はコシヒカリの無農薬栽培。無農薬栽培米って結構するんですよね。
10kg7000円前後でしょうか。
米を炊く水は酒蔵の仕込み水。
もちろん料理に使う酒や味醂も店主が選び抜いたもの。
これだけの材料を自分で揃えるのは大変だ。もちろん金に糸目をつけなければ家庭でも揃えられるでしょうが、そのときの親子丼1杯にかける原価はどんなに高くなってのだろう。
ロスが出ることを考慮すればとんでもないことになる。
何もそんなにこだわった材料で作った親子丼なんか食べなくてもいいじゃないか、という意見は正しい。たかだか昼の親子丼だもの。
でもこれだけの材料を使って、職人技の絶妙な火の通し加減で仕上がった親子丼を見てください。
店の原価分析なんてセコイこと考えなくも、たまには食べてみたくなってしまうと言うものです。
もつ入り特上親子丼。1900円。
昼飯のためにわざわざ末広町まで来ることは年に何回もあるものではない。プラス300円でもつ入りにした。
ここの親子丼はほとんど半生といっていい仕上がりです。フワフワじゃなくてトロトロなんです。
卵の旨さは黄身にあるので黄身に一番味が乗る温度で仕上げる、というのがこの店の流儀。白身が固まる温度は黄身よりも高いので、トロトロになって卵かけご飯のようになる。
卵3個を器に割り入れてザッザッと掻き切るだけ。
あまり混ぜてしまうと黄身の旨さが味わえない。かと言って切れてないと旨くない。そのために卵を描き切る箸は先が細い特注品。2〜3回で丁度よく卵が切れるような角の立ったもの。

その箸で切った卵が鶏肉に絡まって、テラテラと光っている。
鶏肉は柔らかいが弾力があり、噛むと旨味が溢れる。何の肉にも言えることだが、火の通し方の大切さが分かる。
出汁は甘みを感じるが非常にアッサリとしたもので、卵の味を上回るほど味付けが濃いものではない。
食べ進んでいくにしたがって、その出汁を含んだ卵がご飯全体に絡まり卵かけご飯状態になる。
そうなるともう箸が止まらない。
一緒に出てくる、これまたアッサリ味の鶏スープをすすりながら一心不乱に食べてしまう。
もともと私は鶏肉が嫌いだった。
ちょうど子供の頃に生産量拡大、経済効率優先でブロイラーが全盛となった。そのブロイラーの匂い、特に脂の匂いが苦手だった。だから大人になっても、余程の理由がない限り焼き鳥屋には行かなかった。
鶏肉が嫌いとは言っても、蕎麦屋の親子丼なら食べられた。皮を剥いだ鶏肉を出汁で煮込んで卵でとじれば、特有の匂いは気にならない。だから私にとっての美味しい親子丼とは、よく火が通った噛むと跳ね返されるぐらいの鶏肉を、これでもかとカツオを効かせた出汁を使って卵とじにしたものだった。
その私に鶏肉は旨いと再認識させてくれたのが鳥つね自然洞。
ある冬に後輩が予約したこの店に来たときは、あまり食べずとも旨い酒が飲めればいいやという気持ちだった。
でも出てきた鶏鍋は本当に美味しい鳥鍋だった。鶏肉がジューシーになると初めて知った。
旨味のある肉。臭みなんか微塵もない。むしろ好い香りだと感じる。
『いやいやこれは出汁のせいだろう』と本来の鶏肉の美味しさ自体を受け入れられなかった私は、締めの親子丼を食べて仰天した。
今までの美味しい親子丼の概念は根底から覆された。
玉子焼きは半熟が美味しい。温まった黄身の美味しさは格別である。ならば親子丼でもそうなるように作れば美味しいに決まっている。
卵かけご飯は、ご飯粒がスルスルと喉を通る感じがいい。白身のヌルリとした食感は米の旨さを損なうことなどない。ならば親子丼もそう作ればいい。
そしてやはり、なんと言っても上手に火の通った鶏肉は旨いのだ。
そう認めなければ、この親子丼がメチャ旨な理由が見つからない。
鶏肉は美味しかったのだ。
それ以来、鶏肉を食べるようになった。
私が作るカレーはほとんどチキンだ。照焼きも食べるようになった。もちろん焼き鳥も食べる。
鳥つね自然洞の親子丼は、私に鶏肉の美味しさを教えてくれた親子丼なんです。
この日も特上親子丼が旨かったのは当然なんですが、普通の親子丼だってかなり美味しいですよ。特上との違いを聞いてしまうと特上が食べたくなってしまいますが、普通の親子丼でもトロトロの美味しさは充分堪能できます。

←ランキングに参加しています。クリックして頂けると励みになります。

0