昨日の朝、投稿したピー太郎の家出2006 PT.3(最終回)の「続きを読む」の文章が全て消えてしまいました。
(5時間近くかけて書いた長文でした。・゚゚・(>_<)・゚゚・。)
なんとか文章を呼び戻すことは出来ないものかといろいろ調べてみましたが、復活させるのは無理でした。
悔しいけど、もう一度消えてしまった文章を書き直すことにします。
なので、これが本当に本当の最終回となります。

ピー太郎がいなくなって5日目の日は台風のような大雨が降りました。
もしピー太郎が今も生きているのなら、この雨は恵みの雨だと思いました。
ピー太郎が今どこで何をしているのかと心配でしたが、この雨ではとても探しには行けませんでした。
6日目になりました。
雨も止み、またいつもの熱帯の日に戻り、昨日の雨で印刷が消えてしまった迷子のビラを貼り替えに出かけました。
迷子のビラは6日間で100枚以上は貼ったと思います。
3日目までの目撃情報から、まったく進展がなく情報は途絶えたままでした。
私はローカルの情報誌にピー太郎の迷子情報を掲載することにしましたが、発行されるのは2週間以上先とのことでした。
とうとうピー太郎がいなくなって1週間目となりました。
その日の日曜日の昼頃、携帯に1本の電話がかかってきました。
電話の主はおそらく近所に住んでいるであろう年配の女性でした。
今日たまたま駅の方に行ったら、○○会館の入り口のドアに「迷子のインコを預かっています」という貼り紙があったのを見たので電話をくれたそうです。
私はお礼を言って電話を切り、すぐに地図で○○会館を探しました。
そこは家から1km離れた場所にありました。
ヒロさんと私はすぐに出かける支度をして、その**会館に向かうことにしました。
すると今度は違う方から自宅の方に電話がかかってきました。
(迷子のビラには携帯番号と家の番号を2つ載せていました)
その電話の主は男性でした。
その男性はいきなり
「インコを探していますよね?もう見つかりましたか?」と聞いてきました。
私は「いいえ。まだ見つかっていませんが、今さっき**会館に迷子のインコを預かっているという貼り紙を見たという情報があったので、今から向かうところです。」
と答えると
その男性は「いなくなったインコはシルバーの足環をしていますか?」
と聞いてきたのです。
「はい!足環をしています!右側の足にシルバーの足環を付けています!」
と答えました。
「足環の番号わかりますか?」と言うので、ピー太郎の足環の番号を言うと、
その男性は
「間違いないですね。そのインコ、うちで預かっています。4日間家にいますよ」
と言ったのです。
これで、さっきの電話の**会館の貼り紙はピー太郎ではなかったということがわかりました。

その男性から詳しく話を聞くと、ピー太郎は4日目にマンションのベランダに飛んできて、ずっとベランダから飛ばずに居たので、家で保護したとのことでした。
どおりで4日目からの目撃情報がなかったはずです。
驚いたことに、その方は近所の有名な動物病院の先生でした。
ピー太郎が逃げ込んだマンションの部屋はその院長先生のご自宅だったのです。
場所は家から直線で2km離れた高級マンションの最上階の14階の部屋でした。
何を食べるのかわからなかったので、最初はパンと水を、途中から鳥のえさを買ってきて与えていたそうです。
ピー太郎の足環の番号から、私の住所を調べ、近くまで来たところ、ピー太郎の迷子のビラを見つけ、1枚はがして持ち帰ってきて、今日電話をしたのだと説明してくれました。
(足環の番号から飼い主の住所がわかるのかどうか定かではありませんが)
保護されたピー太郎は大人しく、院長先生の娘さんによく懐いていて、娘さんの肩にずっと乗っていると言ってました。
ピー太郎のことをとても人慣れしているインコだと感心していましたが、先生の家では一言も話をしないので、ビラに書かれていた人間の言葉を話すというのは本当なのかと少し疑っているようでした。
私は今からピー太郎を引き取りに行ってもいいかと聞くと、
「娘にとても懐いているので、今すぐに連れに来られると娘が寂しがるから、夕方以降にしてほしい」
という返事が返ってきました。
私は了解をし、先生からの電話を待つ事にしました。
正直なところ、私はピー太郎と会うのが少し怖くなってきました。
先生の娘さんにとてもよく懐いているというので、ピー太郎と1週間ぶりに再会して、もし知らん顔されたら‥と不安になったのです。
でもそれ以上にピー太郎が生きていてくれて、今夜には会えると思うとやはり嬉しくて、その気持ちの方がずっと大きかったです。
私たちはピー太郎をお迎えに行く支度をして、先生からの電話を待ちました。
夕方の5時を過ぎたころ、院長先生の奥様から電話がかかってきました。
いつでもお迎えに来て大丈夫ですよとのことでした。
私たちはピー太郎のキャリーにご飯と水を入れて、車で先生のご自宅まで向かいました。
先生の自宅のマンションは思っていたより遠くて、ピー太郎がこんなところまで飛んできたのが信じられませんでした。
丘の上にそびえ立つ高級マンションの最上階の14階に着き、下を覗いて見ると、あまりの高さに足が震えました。
こんな高い所まで飛んできたなんて、ピー太郎の飛行能力のすごさをあらためて思い知らされました。
最上階の一番奥が先生の部屋でした。
廊下を歩いていくと、一番奥の部屋の玄関の前で子供達が待っていました。
とうとう1週間ぶりでピー太郎と再会出来ると思うと、緊張して身体が震えてきました。
そして玄関を開けると、小学生くらいの女の子の肩の上に背中を向けたピー太郎がいました。
「ぴーちゃん?‥」
私は背中を向けたピー太郎に声をかけました。
ピー太郎はこちらを見ていましたが、鳴き声一つあげず、だまったまま無反応でした。
私が「ぴーちゃん、おいで」と手を差し出すと、
ピー太郎はすんなりと手に乗ってきましたが、何か様子が変でした。
なんだか私のことを覚えていないみたいなのです。
さすがにヒロさんも焦ったようでした。
私は悲しくなって
「ピーちゃん‥ かずリンだよ」(かずリンとはピー太郎が私を呼ぶ時の呼び名)と小さな声で言った時でした。
まるで魔法がとけたかのように、悲しい声で泣き始めました。
そして低い声で「よかった、よかった」といつもの調子で話したのです。

ピー太郎は私の手から肩に乗ってきて、ふくらました頭を私の頬にすり寄せて甘え始めました。
そしていつものように「だけどさ〜」などと話始めたので、これには先生のご家族の方達も驚いたようでした。
ピー太郎が懐いていた娘さんも「やっぱり本当の飼い主さんは違うね。よかった〜」とやっと納得してくれたようでした。
最後に奥さんが「なんだかぴーちゃんがいなくなっちゃうと淋しくなるわね‥」と言っていたのが印象的でした。
私たちはあらためてお礼を言って、ピー太郎をキャリーに入れ、ぶじ我が家に戻ってきました。
こうして1週間ぶりにピー太郎と再会することが出来たのです。
家に着いてすぐにキャリーから出たピー太郎が、大好きなブランコに飛んでいこうとした時でした。
ピー太郎は飛べなくなっていて、ブランコまで自分でたどり着くことが出来ませんでした。
私達はそれを見てショックをうけました。
すぐにピー太郎を手に乗せて、ブランコまで連れていきました。
よく見るとピー太郎の右の翼が下がっていることに、そこで初めて気が付きました。
体重を計ると、20gも減っていました。
ピー太郎はとても疲れていたので、その日はすぐに寝かせることにしました。
翌日、すぐに横浜の鳥の病院に電話で診察の予約を入れ、
ピー太郎はしばらく病院通いをすることになったのです。
以前のブログにも書いてあるとおり、今も痛み止めの薬を飲んでいますが、
容態はだいぶ良くなりました。
まだ以前のように飛ぶことは出来ませんが、おしゃべりもよくするし、よく笑うし、泣き叫びもするし、以前のピー太郎に戻ってきています。
というわけで長くなりましたが、これにてピー太郎の家出 2006の話は終わりにしたいと思います。
ピー太郎の家出の話が、迷子の鳥ちゃん探しに少しでも役に立てたら、うれしい限りです。
ここまで読んでくださった皆さんありがとうございました。
そしていつも書き込みしてくれるアオママさんも本当にありがとうです。
これからもピー太郎の日常的なことをブログに綴っていきたいと思っていますので
宜しくお願いいたします。
そのうち、ピー太郎の動画をアップしたいと思っていますので楽しみにしててくださいね☆

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