最後の小見出し、「のっぺらぼうの紙面づくり これは褒め言葉?」から。
共通一次試験が始まったころ、小論文対策で新聞部に入った部員がいるという話から始まる。
ちなみに、小生は一浪したが、共通一次の前の最後の年に国立大に入った。
大学教員として赴任した年に、センター試験に移行した。
小論文の採点は担当し、感じることはままあるが、ここに書くことではあるまい。
さて、1975年ごろから高校新聞コンクールに応募した、しかも、1号のみの審査でなく、年間審査だった、と話が進む。
小生の入学と安藤先生の赴任は、ともに1974年である。これは、個人的にもよく覚えている。
表彰式での、都立高のO先生(実名は小生も今でも覚えている。薫だが男、と補足(?)しておく)のていねいな講評は、生で聞いている。
最優秀賞ももらったはずだが、確かに「のっぺらぼうな紙面で、およそ手に取ろうと思わない、魅力に書ける作品」というのは、違和感がない。
標榜したかは別として、個人的には内心、そう念じていた気がする。
ミニコミ紙の時代に、時流に「乗「ら」なかった」のである。
来週日曜に続く。

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