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    <title>『湘高新聞復刻版』を読む</title>
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    <description>　52回生で部長も務めた木村哲也が、在籍時に書いた記事を中心に、当時を振り返ります。</description>
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    <dc:date>2006-09-24T04:42:21+09:00</dc:date>
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    <title>安藤啓一「湘高新聞づきあい（承前）」（６・終）</title>
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    <description>　先週の続きで、Ｏ先生の講評を孫引きする。
　「四〜五号並べて続けて読むと、この新聞はなかなかおもしろい。つまり記事内容が継続的に扱われていて、一つの問題が生徒の反応や学校の姿勢によって変化しながら、解決へいたるその過程が示されてよくわかる。書き手も誠実に問題と向き合って取材している」
　この後の、安藤先生の言を引く。
　「こうして外部の評価は、「湘高新聞」の独善性を排除しようとする姿勢を保つために役立ったと思う。半面、好意的な後半部分だけを、つまり甘い言葉だけを受け容れて、レイアウトの研究はお...</description>
    <dc:date>2006-09-24T04:42:21+09:00</dc:date>
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    <title>安藤啓一「湘高新聞づきあい（承前）」（５）</title>
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    <description>　最後の小見出し、「のっぺらぼうの紙面づくり　これは褒め言葉？」から。
　共通一次試験が始まったころ、小論文対策で新聞部に入った部員がいるという話から始まる。
　ちなみに、小生は一浪したが、共通一次の前の最後の年に国立大に入った。
　大学教員として赴任した年に、センター試験に移行した。
　小論文の採点は担当し、感じることはままあるが、ここに書くことではあるまい。
　さて、1975年ごろから高校新聞コンクールに応募した、しかも、１号のみの審査でなく、年間審査だった、と話が進む。
　小生の入学と安藤先生の...</description>
    <dc:date>2006-09-17T03:38:10+09:00</dc:date>
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    <title>安藤啓一「湘高新聞づきあい（承前）」（４）</title>
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    <description>　先週の続きで、「衛星」部員の話で。
　1982年夏とのご記憶（個人的にはその前年では、と）。
　硬式野球部がいつになく地区予選を勝ち進み、ベスト８まで行った。
　31年ぶり、とかのはずだ。甲子園全国制覇か、その直後以来だろう。
　その際に、試合会場に輪転機を持ち込んで、号外を出していた、というのには驚いた。
　なお言えば、甲子園全国制覇の際の主力選手である佐々木信也のコメントまで載っていた、というのには恐れ入った。甥が在籍中だったという幸運があったにしても、である。
　無論、ケータイもメールもないころ...</description>
    <dc:date>2006-09-10T05:45:42+09:00</dc:date>
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    <title>安藤啓一「湘高新聞づきあい（承前）」（３）</title>
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    <description>　「楽しくなければクラブじゃない」というのは、自分が在籍中のものではなかったような気がする。
　さて、本文では、「ある年の登録部員は僅か四人ということもあり、部の存続も危ぶまれる事態が生まれた」とある。
　１〜３年を通して４人では確かにキツイ。
　ただ、小生在籍時も、前からいた２年生は２名で、自分を入れた新入生２名の他に、２年生からの新入部員も２〜３名いた。
　なお言えば、自分たちの学年でも、２年生からの新入部員は４名いた。
　ただ、それより下の学年では、在籍時には２年生からの新入部員はなかったは...</description>
    <dc:date>2006-09-03T04:11:44+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://gold.ap.teacup.com/shimbun/52.html">
    <title>安藤啓一「湘高新聞づきあい（承前）」（２）</title>
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    <description>　先週の続き。
　二つめの小見出しは「薄くて軽い体育祭の記事　書き手がいない」である。
　最大の行事が体育祭でありながら、特に当日の様子の扱いが小さい、という。
　部員自身が行事にのめり込んでしまっているから、というわけである。「人間味を感じる」というのだから、お小言ではない感じではあるが。
　野球部のマネージャーでも、スコアブックをつけるのをやめて応援に熱中した例も挙げてらした。こういう反応に慣れるのは、時間がかかったともいうが。
　続いての小見出しは、「ものの見える　マージナルな存在の役割」で...</description>
    <dc:date>2006-08-27T10:08:05+09:00</dc:date>
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    <title>安藤啓一「湘高新聞づきあい（承前）」（１）</title>
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    <description>　『無名（ななき）』４号、2005年９月。
　小田原高校卒業50周年記念とあるのも、あえて指摘しておく。
　まえがき冒頭の直後を、まずは引く。
　「前号で、新聞部のつきあいを通じて、「一つだけ刺さっているトゲ」の自覚について書いた。その結果は、むしろ原稿却下にまつわる経緯は、トゲを突き刺したまま生きることにも意味があり、無理に引き抜くこともないと考え直すことにつながったのである。
　それゆえ、この一件は、むしろ基本的な姿勢を補強してくれたものと受け止めるようになった」
　この経緯の当事者でこそない小生な...</description>
    <dc:date>2006-08-20T00:48:27+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://gold.ap.teacup.com/shimbun/50.html">
    <title>定員削減と裏金０へ</title>
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    <description>　先週も紹介した安藤先生の文章の、最後の小見出しである。
　校外での接触のほうが部員とは多かったが、校内でももちろん接していた、と始まる。ただし、編集会議は事後報告で、だいたい信頼していた、と。これは、小生個人の実感とも合う。
　で、印象に残る記事二つ、として、表題の内容である。
　「生徒会規約」改正の問題提起。学級増で定員が増え、代議員会が定足数割れを続けた、と。生徒指導部では、生徒からの発議を待っていたというのも、さもありなんである。その後の国や地方の議員定数の流れからしても、むしろ当然、と...</description>
    <dc:date>2006-08-13T08:30:24+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://gold.ap.teacup.com/shimbun/49.html">
    <title>出張校正で知る真面目さ</title>
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    <description>　安藤啓一「湘高新聞づきあい」の三つめの小見出しから。
　失礼な意味でなく、顧問教師が出張校正に同席しているのは、意外だった。自分たちのころだったら、ていねいにご遠慮願っていただろう。
　しかし、いろいろなことを語り合う場となっていた、というのだから、あながち悪いことではなかったようだ。
　入学式当日発行分でのクラスなどの変更について、学校に電話をかけて確認する、というのも、記憶にない作業である。
　それでも、すでに本人自身の異動が決まった後も、顧問が作業に加わっているというのには、思わず微笑し...</description>
    <dc:date>2006-08-06T09:38:30+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://gold.ap.teacup.com/shimbun/48.html">
    <title>トゲを抜きたい</title>
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    <description>　『無名（ななき）』３号の安藤先生の文章の小見出しである。
　ある記事を掲載拒否にした際に、その生徒に言葉が足りなかったというものである。
　しかも、その記事を積極的に書いた、というより、取材もせずに上級生に書かされたものであったらしい、ともある。
　その生徒は、以降、伏目がちに先生を避けるようになったという。
　また、事情をややこしくしているのは、内容が、教師による生徒への言論弾圧ふうのものでありながら、先生自身が事実を教師のほうに確かめなかったということにもある。
　さて、部員相互間で討論もあ...</description>
    <dc:date>2006-07-30T00:20:23+09:00</dc:date>
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    <title>安藤啓一「湘高新聞づきあい」</title>
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    <description>　『無名（ななき）』３号、2004年10月１日。小田原高校七期生の雑誌である。
　安藤先生に、本ブログでの200号特集の部分をダウンロードして、郵送したところ、お手紙のほかに、上記の雑誌が送られてきて、恐縮した。
　なお、４号、2005年９月１日にも、「湘高新聞づきあい（承前）」が載っており、そこには刊行予定の『湘高新聞復刻版』について言及されている。そこを引く。
　「そんなこと[論評と記録のいずれを重視するか]を考えていた折、五月に同窓会の会報が手元に送られてきて、「湘高新聞」の復刻版を平成十八年四月に刊行...</description>
    <dc:date>2006-07-23T07:47:55+09:00</dc:date>
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