童門冬二氏著
「織田信長 破壊と創造」 を読みました。
ある時は批判的な目で、ある場面では擁護するような、著者は中立的な態度で織田信長の人物像を描いている。
印象的な描写を一つ抜粋。
羽柴秀吉は後に豊臣秀吉と名を改め、天下を手中に収めた時に、
「ご主人であった信長様のご印象は?」
と聞かれ、次のように答えいる。
「信長公は勇将であって良将ではない。五が十に勝つことは知っておられても、十が五をよく制することをご存じなかった。一度敵となった者は、その怒りは最後まで解けず、ことごとにその根を絶ち、その葉を枯らそうとなさった。だから降伏した者も殺し、他国からの攻撃が絶えることはなかった。これは器量が小さいためである。人から恐れられるけれども、人から決して愛されることはない。例えば虎や狼のようなもので、人々はかみつかれるのを恐れるけれども、見る者はこれを殺して害を免れようとする。明智光秀の反逆もこもために起こった」
つまり秀吉にとって信長は反面教師でもあったわけだ。

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