1980年代の末、元巨人ファンだった妹が
突然近鉄ファンになった。新人王をとった阿波野選手を好きになってしまったのが理由だった。そんなことで我が家では当時超マイナーだったパ・リーグの試合を目にすることが増えた。そして
野茂っちが近鉄に入団してきたのだ。新人王タイトルをはじめ大活躍で、鮮烈なプロデビューだったのを覚えている。
すぬは91年に某ホテルに入社フロントに勤務していたが、そこはなんと千葉ロッテで試合のときの
近鉄の定宿だったのである。野茂っちをはじめ、仰木さんや阿波野さんも至近距離で見た。バッファローズカレンダーもただでもらった。妹にあげてしまったが、あれとっておいたらeBayで高値付いただろうな。
野茂っちとは何かと縁がある。(と勝手に思っている。)すぬが添乗員になった年に、野茂っちはドジャーズに移籍、
メジャーリーグでも新人王をとった。旅行業界もこの野茂人気をほうっては置かなかった。すぬいもドジャーズ観戦ツアーの添乗で、2年連続でLAに行った。残念ながら野茂っち登板の試合は見られなかったけど。
すぬがNHに引っ越した頃、野茂っちは不振期にあった。が、2001年ボストンに移籍が決まり、レッドソックスのユニフォームを着て初めての公式戦で
ノーヒットノーランを達成。どでかいインパクトだった。何とか生野茂っちを見ようと苦労してチケットを手に入れ、ローテのスケジュールもばっちりだったはずが
911のテロ事件で一週間にわたり試合休止となってしまう。
再開後初の試合に野茂っちは先発した。当時エースのペドロ・マルティネスは故障していて、シーズン大半を通しての実質的なエースは野茂っちだったので、レッドソックス首脳陣の決定は当然であった。でもすぬの観戦予定の試合はその翌日、ローテーションが狂っていなければ野茂っちが投げるはずだったのに。。。
とても残念だったが、テレビでその大事な試合を観た。
素晴らしいピッチングだった。
全てのレッドソックス・ファンの思いを代弁するかのように球を投げこみ、勝利に大貢献した野茂っちの勇姿を今でもはっきりと思い出すことができる。
このシーズン終了後、野茂っちはFA宣言し古巣のドジャーズへ。もしもの話は禁物だとわかってはいるが、どうしても「もし」野茂っちがレッドソックスに残っていたならと考えてしまう。今シーズンは新天地としてデビルレイズを選んだ野茂っち、是非もう一花咲かせてほしい。