1995年1月、すぬいの初添乗はイタリア周遊コースだった。ローマから入って、フィレンツェ、ヴェニス、ミラノの4大都市と途中の小都市をバスで周る10日間程度のコースだったと思う。イタリアどころかヨーロッパには行ったことがない。しかも当時ANAは
イタリア行きの直行便はなかったので、なんといっても最大の難関は行きと帰りのフライトの乗り継ぎであった。
お客さんは34人で先輩のHさんと私の大所帯ツアー。行きはロンドンにて乗り継ぎ。あの広いヒースロー空港でターミナル間を移動するバスにも間違うことなく乗れた、第一関門突破!ローマに到着したのは夜中で、いよいよ入国審査というときにHさんが
「英語通じないから」と一言。
「えっ?」とうろたえるすぬい。
「な、な、何でですか?」「イタリアだから。」
入国審査官には99%英語でも通じるのだが、現地語しか通じない場面が添乗中には多々あるのだということを彼は教えたかったのだと思う。絶句しているすぬに向かってHさんは「
ぐるっぽじゃぽねーぜ、とれんたせいって言え」とのたまった。
初添乗のときのお客様方とすぬい。ローマ、コロッセオにて。
Trenta-sei(三十六)。すぬいが初めて覚えたイタリア語だった。入国は無事にできたが36個出てくるはずのスーツケースが3つほどロスト。(翌日到着。)ホテルに着いてからも「お湯が出ない騒動」があり、その後きつーい反省会&ミーティングが待っていた。ベッドに入ったのは2時か3時頃だったろうか、精神が高ぶってその夜はほとんど眠ることができなかった。
その後しばらく大きなトラブルはなかったが、要領を得ないすぬは小さなミスを繰り返しランチもろくすぽ食べられないことがあった。そんなツアーの3日目に
神戸で大地震が起こったと知る。事態はひよっこすぬのキャパを明らかに超えており、関西から参加しているお客さんのケアはHさんさんに任せっきりだった。懺悔、あの時何もしてあげられなかったお客様方、本当にすみませんでしたm(_ _)m
ローマを出発してアッシジへ。英語ガイドだったので、すぬいが通訳をしなければならなかった。下調べはしておいたもの、
英語で聞いたものを即座に適切な日本語に変換するのは非常に難しく、冷や汗ものだったが何とか切り抜ける。中世の面影を残すこの町もまた、1997年に地震の被害を受けてしまう運命にあった。当時は想像だにしなかったが、なんとも皮肉なことである。