1970/2/28  1:16

被告人と言うに忍びず、吉田翁と呼ぼう  〇〜一歳



第085回国会 法務委員会 第1号
○横山委員 次の問題に移りたいと思います。
 再審の問題であります。委員長並びに同僚諸君も大変恐縮でございますが、しばらく耳をおかし願いたい。といいますのは、法務委員会の理事会におきまして、私は、再審制度に関する調査小委員会を設置してほしいと提案をして、各党でいま御審議を願っておる最中でございます。その意味で、短い時間ではございますが、各党の皆さんにも私の意のあるところをお聞取りいただきたい。
 ここ数年来、再審事件で無罪となりました著名な事件は、まず吉田岩窟王事件、大正二年の強盗殺人事件、再審請求五回、そして三十八年名古屋高裁で無罪判決、実に五十年の岩窟王の闘いでございました。
 金森老事件、昭和十六年放火事件、そして再審請求をして、四十五年大阪高裁で無罪判決、三十年の苦闘であります。
 弘前大教授夫人殺し事件、昭和二十四年殺人事件発生、再審請求をいたしましてようやく五十一年に開始決定、仙台高裁で五十二年無罪判決。
 小平事件、昭和二十六年放火事件発生、そして再審請求、昭和三十八年長野地裁で無罪判決、十二年の闘い。
 米谷事件、昭和二十七年強姦殺人事件、再審請求を続けてまいりまして、五十三年に青森地裁で無罪判決、二十六年間の苦闘であります。
 これらは、多少抜粋して事例を出したわけでありますが、再審についてのこれらの人の悪戦苦闘は全く、その記録を見ますと、涙なくしては読めないような苦闘であります。
 なお、吉田岩窟王事件に対する無罪判決で、有名になった裁判官の言葉がございます。「当裁判所は、被告人、否、ここでは被告人と言うに忍びず、吉田翁と呼ぼう。われわれの先輩が翁に対して犯した過誤を深く陳謝し、翁が実に半世紀の久しきにわたって、あらゆる迫害に耐えて無実を叫び続けてきた崇高な態度、その不撓不屈な驚嘆すべき精神力、生命力に深甚なる敬意を表し、翁の余生に幸多からんことを祈る。」その五十年の闘いをした吉田翁も、判決後身体の自由を失い、九カ月後に生涯を終わっておることは皆さん御存じのとおりであります。
 このような再審の闘いについての記録を読み、経過をいろいろ検討してみますと、いかに再審の門が狭いかということが痛感をされるわけであります。
 ちなみに調査いたしますと、再審の開始決定があったのは、昭和四十八年、七十四件の請求で決定が三十件、昭和四十九年、八十九件の請求で二五件、昭和五十年、九十三件の請求で決定が二十件、昭和五十一年、百三十五件の請求で五十二件の決定、五十二年が八十三件の請求で二十六件の再審決定がございます。私どもが予想するよりもはるかに多くの再審の請求があり、また予想以上に再審の決定があるのであります。もっとも、この再審決定の中には交通事犯がかなり含まれておりますから、いわゆる刑事事件として重要な問題については、この数字で判断するわけにはまいらないと思うのであります。
 そこで、この再審についてのあり方について、もう数年来各方面で議論が尽くされてまいりました。すでに昭和五十一年、最高裁の第一小法廷は、いわゆる財田川事件の特別抗告決定中で「刑訴法四百三十五条六号の無罪を言い渡すべき明らかな証拠とは、確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであるかどうかを判断すれば足りる。強盗殺人事件の再審請求に対する審判において申立人の自白の内容に強盗殺人の事実を認定するにつき、妨げとなるような重大な疑点があり、新証拠を既存の全証拠と総合的に評価するときは、確定判決の事実認定を動揺させる蓋然性もあり得たと思われるなどの事情のもとでは、再審請求を棄却した原原審及びこれを是認した原審には審理不尽の違法性がある。」としています。つまり、明らかにこの五十一年の財田川事件におきます刑訴法四百三十五条の無罪を言い渡すべき明らかな証拠という文章については、この判決によって解釈が拡大されたと言うことができます。
 五十年の最高裁第一小法廷は、いわゆる白鳥事件の特別抗告事件でも「当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべきである」とし、また「再審開始のためには確定判決における事実認定につき、合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、疑わしいときは被告人の利益にという刑事裁判における鉄則が適用される」としています。
 このような最高裁の判旨が、その後、弘前事件や加藤事件、米谷事件の再審開始のきっかけになったと私どもには判断をされるわけであります。
 そこで、最高裁のこれらの判決を受けて、国会において私どもがしばしばこの質問をしておるわけでありますが、稻葉前法務大臣は五十一年の十月十四日「この再審制度のことにつきましては、先ほどもお答えしたように、これからも法務省としては真剣に取り組んでいくべき問題ではあると、法曹三者のうちの弁護士連合会がああいう考えをもう打ち出しておられるのですから、それにやっぱり歩調を合わせるような方向で検討するというのが法務省の姿勢ではないかというふうに存じます。」こういうふうに法務大臣が答え、越えて昭和五十二年三月十二日、予算委員会第一分科会で社会党川口大助君の質問に答えた安原刑事局長が「いま御指摘のように、再審開始決定をするにつきましての手続におきまして、貧しい人は弁護人も雇うのに大変だ、あるいは決定をするのが全くの書面審理であって、そして書面審理でなくても、いわゆる再審を請求した人あるいはその弁護人が立ち会うようになっていないというようなこと、あるいはそういう再審開始決定をした以上は、たとえば刑務所におる者でありましても、弁護人との間に刑事訴訟法の確定判決前のような秘密交通権を認めることはできないかというような、つまり国選弁護人制度を再審開始決定手続についてもやる、あるいは事実調べの立会権を認める、あるいは秘密交通権を認めるというような、開始理由ではなくて、開始をするまでの手続の中に被告人の権利をもっと主張できるようなことを考えてはどうかというようなことが、われわれ事務当局としてはさしあたり検討すべき課題であるというふうに考えておる次第でございます。」引用いたしますとまだほかにもございますが、そのように政府答弁が続いてきておるわけであります。
 そこで、これらのことを考えてまいりますと、少なくとも政府及び日弁連それから国会側との間に共通点が幾つかあるというふうに私は考えておるわけであります。しかし、この再審制度の改善というものが確定判決、いまの地裁、高裁、最高裁の確定判決に至るまでの制度、システムに大きな動揺を与えてはならぬという考え方も一部にはございますが、しかしそれとの調整もまた可能ではないかという考え方をいたしますがゆえに、直ちにということではございますまいが、少なくとも情勢は熟してきたのではないか、それが私が理事会において各党からなる再審制度調査小委員会を設置して、多少の時間はかけてもこういうような情勢のもとにおいての再審制度の改善の研究を国会側としてもやるべきではないか、まあこれは政府に言うばかりではなくて、委員長初め各党の皆さんに時間を使って御説明をしたわけでございますが、まず委員長に恐縮ながらひとつ御答弁を願いたいと思います。理事会におきまして私の説明を詳細にいま敷衍をしたわけでございますが、あなたは与党の理事でもございます。本日は委員長の要職におられるわけでありますが、本再審制度の調査小委員会を法務委員会の中に設置することについて、委員長の見解を伺いたいと思います。


ファイルタイプ: Microsoft Powerpoint - HTMLバージョン
「・・・ちなみに当裁判所は被告人、否、ここでは被告人と言うに忍びず、吉田翁と呼ぼう。我々の先輩が翁に対して冒(おか)した過誤を、ただひたすら陳謝するとともに、実に半世紀の久しきにわたり、よくあらゆる迫害に耐え、自己の無実を叫び続けて来た ...

冤(えん)罪の構図


  「冤罪は、いうまでもなく、天災でなく人災である。しかも、国家権力による災害である。

  それは、戦争とともに、国家という最高権力しかなしえない、おそろしい災害である」

(後藤昌次郎『冤罪』岩波新書より)







2


 『冤罪』⇒⇒強大にして絶対的権限を有している国家(警察・検察)が収集した犯罪証拠が、権力もない、また資力もない弁護士をはじめとする民衆によって否定されることである。⇒これは極めて重大な出来事を意味する。


冤罪二つの大罪


イ.無実の人の人生を抹殺する。

ロ.真犯人を取り逃がしてしまう。







3


最高裁小法廷


問題の所在


☆ いつ誰の身にふりかかるかもしれぬ恐怖→『今日は人の身、明日わが身』

☆ 冤罪の深刻さは、古い時代の遺物ではなくして、現代の問題であるということ。


★ 日本の刑事裁判の有罪率、実に99.998%(この驚異的な数字の中に何パーセントの冤罪が?)。 


★ 冤罪を生み出す社会は自由とはいえず、民主主義が保障されているともいえない。

★ 法の名(法治国家の美名)の下に国家権力により、善良にしてか弱い国民の人権が侵害されている=安閑としてはいられない。







4







5


刑務所五訓

はいという素直な心

すみませんという反省の心

させて頂きますという奉仕の心

ありがとうという感謝の気持ち

おかげさまという謙虚な心







6


我 が 人 生 5 訓



長いものには 巻かれろ !

権力には 迎合せよ !

学生には おもねろ !

(阿る=気に入られようとする。へつらう)

見ざる 聞かざる 云わざる !

無口な人生 !







7


野 望 の 人 生 5 訓 



長いものは ぶった切り !

権力には 逆らい !

学生には 厳しく !

見て 聞いて 言いたい放題 !

六口(むくち)な 人生 !







8


昭和の「がんくつ王」

吉田石松翁







9







10


 フランスの小説家・劇作家アレクサンドル・デュマ・ペール(大デュマ【Dumas」)の『モンテ・クリスト伯(Le Comte de Monte-Cristo )』(「有能な船員であったダンテスは、知人たちの陰謀から無実の罪で捕えられ、14年間の牢獄生活を送った後、脱獄を果たて莫大な財宝を手に入れる。かれは、モンテ・クリスト伯と名乗って、パリの社交界に登場し、壮大な復讐劇を開始する…)を黒岩涙香(るいこう)が翻案し、『史外史伝巌窟王』の訳題で『萬朝報(よろずちょうほう)』に1901(明治34)年から1902年にかけて連載、簡潔な訳文で評判を得る(無実の罪で幽閉された主人公団友太郎がじっと復讐の機会を待つ…)。







11


 「・・・ちなみに当裁判所は被告人、否、ここでは被告人と言うに忍びず、吉田翁と呼ぼう。我々の先輩が翁に対して冒(おか)した過誤を、ただひたすら陳謝するとともに、実に半世紀の久しきにわたり、よくあらゆる迫害に耐え、自己の無実を叫び続けて来たその崇高(すうこう)なる態度、その不撓不屈(ふとうふくつ=どんな困難に出合ってもひるまずくじけないこと)の正に驚嘆(きょうたん)すべき類なき精神力・生命力に対し、深甚なる敬意を表しつつ、翁の余生に幸多からんことを祈念する次第である」


再審無罪判決における小林登一裁判長の言葉







12


 1913(大正2)年8月、愛知県愛知郡千種町(現名古屋市千種区)の道路上で、繭(まゆ)を運搬中だった男性が(当時31歳)が殺害され、1円20銭を奪われた。翌日逮捕された2人の供述により、同月15日に、吉田石松さん(当時34歳)が共犯として逮捕された。吉田さんは一貫して否認を続けたが、他の2人と共に強盗殺人罪で起訴された。

 第1審の名古屋地裁は、吉田さんに「死刑」、他の2人に「無期懲役」を判決した(他の2人は罪を認め服罪)。吉田さんは控訴したが、名古屋控訴院(現高等裁判所)は、「無期懲役」に減刑したが吉田さんは大審院(現最高裁)へ上告した。だが、上告は棄却され、無期懲役が確定し、服役した。

 服役中に2度の再審請求をしたが、いずれも棄却となる。

 1935(昭和10)年3月に仮出獄後、吉田さんはただ1人で先に出獄していた2人を探し出し、2人から無実の明かしとなる”詫び状”を取った。その上で3度目の再審請求をなしたが、名古屋控訴院はこれを棄却した。







13


 戦後、吉田さんは、名古屋高裁に対して4度目の再審を行ったが、またしても棄却、ようやく、1960(昭和35)年に至り、日弁連人権擁護委員会が吉田さんを支援するようになり、アリバイ証人を探し出すことに成功する。

 これを「新証拠」に60年11月、第5回目の再審請求を行い、翌61年4月、名古屋高裁(第4部)が「再審開始」を決定する。

 その後、検察側の異議申し立てにより、名古屋高裁(第5部)が62年1月に開始決定を取り消す決定を行う。

 吉田さんは、最高裁への特別抗告、最高裁は、62年10月、名古屋高裁第5部の決定が取り消し、再審裁判が開始となる。

 63(昭和38)年2月28日、名古屋高裁は、吉田さんの「無罪」を判決。

 吉田さん逮捕から50年目の雪冤(せつえん=身の潔白を明らかにすること )あった。







14



強盗殺人再審請求事件
名古屋高等裁判所昭和34年(お)第4号
昭和38年2月28日第4部判決

請求人 吉田石松

 弁護人 円山田作 外14名

検察官 辻本 修

主   文

被告人は無罪

理   由(略)








15


 わが裁判史上曽(か)つてない誤判をくりかえし、被告人を20有余年の永きにわたり、獄窓(ごくそう)のうちに呻吟(しんぎん=さまよう)せしめるにいたったのであって、まことに痛恨(つうこん)おく能(あた)わざるものがあるといわねばならない。 

 以上の次第であるから、被告人に対する本件公訴は結局犯罪の証明なきに帰し、……無罪の言渡をなすべきものとする。

 ちなみに当裁判所は被告人否ここでは被告人と云うに忍びず吉田翁と呼ぼう。吾々の先輩が翁に対して冒した過誤を只管(ひたすら)陳謝すると共に実に半世紀の久しきに亘(わたり)り克(よ)くあらゆる迫害に堪え自己の無実を叫び続けて来たその崇高なる態度、その不撓不屈の正に驚嘆すべき類なき精神力、生命力に対し深甚なる敬意を表しつつ翁の余生に幸多からんことを祈念する次第である。

 よって主文のとおり判決する。

(裁判長判事 小林登一 判事 成田薫 判事 斎藤寿)







16


司法冬の時代

再審ラッシュ

免田事件

財田川事件



島田事件

松山事件







17


日本列島は

冤罪列島

免田事件⇒九州

財田川事件⇒四国

島田事件⇒中部

松山事件⇒東北


クリックすると元のサイズで表示します
白浜の日の出byひめ
0



2011/6/2  1:09

投稿者:紳士28号


こんにちは、こんばんは、紳士28号と申します。

実は私、夢の様な体験をして参りました。
これは是非とも色んな方にお勧めしなければと思いまして紹介させて頂きます。
少しだけ××するだけで…お金も女も、手に入るのです。



http://dz1ca9x.www.feisbook.mobi/dz1ca9x/

2011/1/10  12:49

投稿者:モーちゃん


寝てるだけOK、って時点でもう最高すぎるわww
何もしなくてもあっちが勝手に楽しんでるし!
オレも気持ち良くなれるから、これマジでサイコーだ!



http://do164iu.karl.houtyu.com/

2011/1/9  3:18

投稿者:霜北茂


僕みたいなおじさんでもレンタルしてもらえるのがビックリだね!
やっぱり渇いてる時って男女変わりはないみたい。
一生懸命頑張って、満足させて上げられましたよ。



http://ahc4pm1.yes.snapknap.com/

2010/12/4  8:42

投稿者:さもはん


今までデリ嬢に金払ってたのがバ力みてぇだ。。。
ぶっちゃけこれならコッチが金もらってヤれるしwwwww

まだ始めたばっかだけど、もう4人ヤって20万ぐらい儲けたぞw



http://oa-0m0b.pai.fedrick.net/

2010/8/24  7:21

投稿者:ぱんぱんぢぃ


うっひょっひょぉぉぉっ!!ヽ(・∀・)ノ

バイヴ攻めしてたら「ち○ぽ欲しいよぉ〜」っておねだりキタ!!
ぶち込んでやったら、そんだけでイキまくってた件wwwww

これで5 万ゲット。。。ウマすぎるwwwww



http://ewre-9z.hatu.g-killing.net/

2010/3/27  19:27

投稿者:ひめdaruma

成田薫氏死去 元名古屋高裁判事
 成田 薫氏(なりた・かおる=弁護士、元名古屋高裁判事)26日午後5時10分、急性腎不全のため死去、100歳。名古屋市出身。葬送式は29日正午から名古屋市東区久屋町8の6、日本キリスト教団名古屋中央教会で。喪主は次男清(きよし)氏。

 1913年の強盗殺人事件で、無期懲役の確定後も無実を訴えて「昭和の巌窟王」と呼ばれた故吉田石松さんに63年、名古屋高裁判事として再審無罪判決を言い渡した。62年には名古屋高裁判決で「安楽死の6要件」を示した。岐阜地家裁所長を最後に退官。日本尊厳死協会の会長も務めた。

2010/03/27 12:19 【共同通信】

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”