2003/9/16 16:47
寄鍋BBS過去ログ“アイヌ問題”C 五歳
2295 【 様】
★ 2003/09/16(Tue) 10:21
いつも、襟を正して読ませていただいています。
勉強になったよー。
あー、ほんとにー。
結構長期だったので、機会いっぱいあったよね。
早くにお知らせすればよかったぁー。
申し訳ないです。
徳島では珍しいことなのです。なかなかアイヌ展は機会がない。
むしろ、都会では良くあるのかと・・・思ったりして。
ただ、今回は体験をかなりメインにしていたので
文化交流としては、かなり良かったと思います。
また何かあったら、お知らせしますね。
磯部さんの新コーナー楽しみにしています。
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2294 【惜しかったぁ〜】
★ 2003/09/16(Tue) 00:31
徳島県立博物館の「アイヌ巡回展」、その当時に「アイヌ神謡集」を識り、そのような企画があることを聞けば、飛んで行ったであろうに。
その後の金沢や東京はやはり遠〜いところ。
ところで、姫だるまさん、
荒井和子さんのお話から考えるのだけど、北海道では「部落差別」をどのように教えているのだろう?
情報をお持ちでしたら、教えて _(._.)_。
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2293 【何、このゲーム(?。?)】
★ 2003/09/15(Mon) 14:33
今、息子がゲームしてんだけど、声だけ聞いてたらすごくいい内容なのね。「TALES OF SYMPHONIA」
人間の自分の中にある負の心と戦いながら進む場面みたいなんだけど、「人間の存在意義」や「お互いを思いやること」「生まれで差別を受けることはない」etr.etr.
ただ、攻略するだけじゃなく内容聞いててくれたらなー(;;)
思わず、驚いて部会の文章作る手をとめ、書いちゃいました。
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2292 【接点】
★ 2003/09/15(Mon) 02:01
姫だるまさん
アイヌ問題と部落問題の接点をみつけたのですね。
今まで、この分野の研究ってあったのかなぁ。
とてもすごいなと感動しています。
2003年7月19日から8月31日まで
徳島県立博物館平成15年度第二回企画展として、
財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構アイヌ工芸展が
徳島県立博物館で開かれました。
「アイヌからのメッセージ、 ーものづくりと心− 」と題して。
バンフレット前文より
財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構がアイヌ文化の普及を目的に、毎年開催している工芸品展を徳島で開催します。これまで、博物館や美術館などを会場に、アイヌ文化の展示会は多数行われてきましたが、大部分はアイヌ文化研究者や博物館・美術館の学芸員により企画・構成され、アイヌの人たち自身参画はほとんどありませんでした。
近年の世界の民族文化の展示では、民族をどう紹介するかを民族自らが決定するという方法が採用されはじめています。
本展は、こうした点を踏まえて、「アイヌ自らが現代のアイヌ及び文化を語る」ことをテーマに構成された展覧会です。
私は思います、
語り始めること、外へ向かって発信し始めること、自分自身の言葉と行動で伝えようとすること、そのような主体性が民族そのものの存在をより確かなものとして確立していくような気がします。今まで自分と同和問題とのかかわりはどうだっただろうか。考え方も、少し変わってきたような気がします。主体はいったいだれなのか・・・もう一度考えさせられたそんな展覧会でありました。ありのままの気持ち・素直な気持ちで伝統文化に触れるその時の新鮮な喜びやあたたかさは、他者や他の文化を理解するための一番のの近道かもしれません。
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2291 【Re:違星北斗(いぼしほくと)】
★ 2003/09/14(Sun) 09:37
さん、おはよ♪
ワタシは違星北斗の詩は「民族」や「国家」という言葉がでてきて、今では応答できる人は何人くらいいるんだろうか、おそらくいないんじゃないだろうかと思いながら、upした。「吾れアイヌ也」のひとつのことに、彼が生涯とりつかれた様子に、ワタシは感じ入った。
by 姫だるま
2289 【Re:違星北斗(いぼしほくと)】
★ 2003/09/13(Sat) 21:01
> 「水の貴きは水なるが為めであり、火の貴きは火なるが為めである」(権威)
> そこに存在の意義がある。
アイヌのことは何も知らない。
でも、何故か涙出てきた。
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2288 【違星北斗(いぼしほくと)】
★ 2003/09/13(Sat) 03:28
(前半略)
「水の貴きは水なるが為めであり、火の貴きは火なるが為めである」(権威)
そこに存在の意義がある。鮮人が鮮人で貴い。アイヌはアイヌで自覚する。シャモはシャモで覚醒する様に、民族が各々個性に向かって伸びていくために尊敬するならば、宇宙人類はまさに壮観を呈するであらう。ああ我等の理想はまだ遠きか。
シャモに隠れて姑息な安逸をむさぼるより、人類生活の正しい発展に寄与せねばならぬ。民族を上げて奮起すべき秋は来た。今こそ正々堂々「吾れアイヌ也」と呼べよ。
たとひ祖先は恥しきものであってもなくっても、割が悪いとか都合が良いとか云ふ問題ではない。必然表白せないでは居られないからだ。
吾アイヌ! そこに何の気遅れがあらう。奮起して叫んだこの声の底には先住民族の誇まで潜んでゐるのである。この誇をなげうつの愚を敢てしてはいかぬ。不合理なる侮蔑の社会的概念を一蹴して、民族としての純真を発揮せよ。公正偉大なる大日本の国本に生きんとする白熱の至情が爆発して「吾れアイヌ也」と絶叫するのだ。
みよ、またヽく星と月かげに幾千年の変遷や原始の姿が映ってゐる。山の名、川の名、村の名を静かに朗詠するときに、そこにはアイヌの声が残った。然り、人間の誇は消えない。アイヌは亡びてなるものか、違星北斗はアイヌだ。今こそはっきり斯く言ひ得るが……反省し瞑想し、来るべきアイヌの姿を凝視(みつめ)るのである。
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2286 【Re:ひとり言】
★ 2003/09/13(Sat) 03:18
いろんな歴史年表があるけれども、ワタシはアイヌ モシリ年表の次のところで、アイヌ問題と部落問題がつながったように思います。
1920 大正9 知里幸恵、心臓病で東京にて死去。
1922 大正11 全国水平社創立・「水平社宣言」発表。
1923 大正12 『アイヌ神謡集』発刊。
1926 大正15 解平社(アイヌの運動団体)発足。
年表の前書きに「アイヌ側からの歴史の再構築の一助となる資料を提供したい」とあるのですが、管理者は「全国水平社創立」の一行を切り捨てられませんでした。うーん、いい資料です(笑)。
ワタシはこの「アイヌ モシリ年表」によって、アイヌ史でもう一つ目が開きました。
1929 昭和4 違星北斗、結核で死去、27歳。
1930 昭和5 違星北斗遺稿「コタン」刊行。
違星北斗(いぼしほくと)とは誰だろうと調べたら、「アイヌ宣言」と称される一文を書いた反骨のアイヌ歌人とありました。その、力強く、目にしみ、胸にせまる文章もまた、アイヌ問題と部落問題をつないだのです。
様、新コーナーが完成されたら、ぜひともいろんなアイヌ関連サイトに、リンク依頼に行かせてくださいね。
by 姫だるま
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タグ: アイヌ