今、チベットのラサが大変なことになっていますね。
チベットだけではなく、インドなどに亡命しているチベット人にも死傷者が出たと聞いています。
私は10年前の2月頃、ちょうどラサにいました。
まだ20才だったので勢いで行ったようなところもありましたが、中国の少数民族問題にはとても興味があって、チベットの様々な地域のお寺を回って、ついでにチベットの隣に位置するインドのラダックにも足を伸ばし、チベット仏教の文化を見て歩いていました。
だからと言って、何かをわかって帰ってきたわけでもありませんでした。
チベットでは1人でフラフラっとお寺に入ると、若いお坊さんや高尚なお坊さんが気さくに「中に入りなさい」と招き入れてくれて、バター茶をたくさん振舞ってくれました。
よく覚えているのが、15歳くらいのお坊さんが私を坊舎に案内してくれて、暮らしている部屋へ入れてくれました。
そこでは6歳くらいの小さいお坊さんと、おじいさんのお坊さん、3人で暮らしていました。
ちっちゃなお坊さんは嬉しそうに大切にしていたお菓子を出してくれて、15歳くらいの
招き入れてくれたお坊さんは手作りの数珠をプレゼントしてくれました。
オレンジ色の毛糸でいくつかの何かの骨か貝殻で出来た数珠は今もお守りとして、よく首から提げて使っています。
「あの暴動にあの青年や、少年が参加していたかもしれない」、「死傷者の中にあの青年が入っていたかもしれない」と思うと、とてもじゃないけれど人事とは思えませんでした。
今回の暴動についてダライラマは
「故意によるものか偶発的なものかにかかわらず、起こっている事態は何らかの文化的ジェノサイドだ。差別が存在し、
チベット人は自分たちの土地にいながら、二級市民として扱われるのが常だ」とも訴え、「信頼に足るグループによる現地調査が行われるべきだ」
と話しています。
私も「自分たちの土地にいながら、二級市民として扱われるのが常だ」という点については中国本土で見て感じました。
日本は他の海外諸国に比べてチベットの独立運動に興味を持つ人が非常に少ないだとか。
最近もダライラマは日本に来ていたのに、日本では中国との問題があまりにも山積していて、あまりチベット問題には触れられませんでした。
日本の政治家もダライラマと会おうとしていません。
我々に出来るのはもっと関心を持ってこの様子を見続けることなのかもしれません。
暴力をとめてほしいと願うこと、これが力になると思います。
今日の新聞
今度の23日(日)のライブではチベットで撮った写真を少し紹介したいと考えてます。
興味のあるかた見に来てください。