おやじブログ 明けましておめでとうございます 日常のもろもろ
明けましておめでとうございます


竹の箸memoir もの書き屋道具 2 - WANG, OLIVETTI, CANON to MAC 竹の箸Memoir
ニューヨークJFKのRAYTHEON/WANGワープロ

1979年~80年、PAN AMで半年くらい成田-ニューヨーク・ケネティ空港通勤をやった。
手仕事だった旅客シートと積載重量、重心計算をコンピューターでオンライン・コントロールするDCSなるプログラムのサポート・センターで10日勤務、5日休で往復した。その新設センタ−にあったのがWangワードプロセサー。電動タイプライターなんでものではないスピードと編集の自由度。端末はレイシオン,隣にでかい箱状プロセサー、別室に巨大なドットプリンターがあった。時々、カセットを入れてブートアップする(いまだに理由は判らない)。
もの書きはこれだと思ったが,多分何万ドルもしたのだろう。帰国して買ったのがOlivetti ET111電子タイプライターだった。なによりマリオ・ベリーニのデザインがよかった。眺めているだけで時間を過ごせる傑作。ただ、よく故障し、碑文谷のサービス部に持ちこんだ。そのうち、大衆車ナビくらいのディスプレイが販売され、これで英語効率50アップした。
日本語の方は相変わらず鉛筆、消しゴム、原稿用紙。1980年だったか、東芝が仮名入力ワープロを発表したが、600ウン十万円。ローマ字入力が欲しい。キャノンがキャノワードを出した。スチールデスク組み込みの巨大なヤツで、200ウン十万円する。考えた。新車2回入れ替え分くらいだ。その頃、ソニーの盛田昭夫会長が新車を入れ、見せて下さった。メルセデスSクラスV8で、後席には最新の電子機器エンターテイメント・システムを搭載していた。おそるおそるご相談申し上げた。「ワープロ、買うべきでしょうか」「僕のオフィスには3台あるよ。君、思い立った時に買わなかったら、一生買わないことになるよ」いい教訓と思った。
そこで田町にあったキャノン販売ショールームに出かけた。セールスの人、いぶかしげに「個人でお使いになるのですか」「そうです。たいへんな買い物なのは承知していますが」たぶん顔が引きつっていたろう。「…. どうでしょう、2週間後にもう一度お出でになりませんか」『???」彼、ニコッと笑っている。2週間後、デスクトップ125万円型が発表された。CRT、持上げるのにかけ声を出す程重かった。日本語効率は倍増+した。
しばらくワープロが続き、それからアップル登場となる。以来、Mac派だが、修理費の高さ、街の修理屋が敬遠し、デトロイト的計画的旧式化など不満はあるが、デジカメ的安易さからは抜けられない。

Olivetti ET 111 design by Mario Bellini

1979年~80年、PAN AMで半年くらい成田-ニューヨーク・ケネティ空港通勤をやった。
手仕事だった旅客シートと積載重量、重心計算をコンピューターでオンライン・コントロールするDCSなるプログラムのサポート・センターで10日勤務、5日休で往復した。その新設センタ−にあったのがWangワードプロセサー。電動タイプライターなんでものではないスピードと編集の自由度。端末はレイシオン,隣にでかい箱状プロセサー、別室に巨大なドットプリンターがあった。時々、カセットを入れてブートアップする(いまだに理由は判らない)。
もの書きはこれだと思ったが,多分何万ドルもしたのだろう。帰国して買ったのがOlivetti ET111電子タイプライターだった。なによりマリオ・ベリーニのデザインがよかった。眺めているだけで時間を過ごせる傑作。ただ、よく故障し、碑文谷のサービス部に持ちこんだ。そのうち、大衆車ナビくらいのディスプレイが販売され、これで英語効率50アップした。
日本語の方は相変わらず鉛筆、消しゴム、原稿用紙。1980年だったか、東芝が仮名入力ワープロを発表したが、600ウン十万円。ローマ字入力が欲しい。キャノンがキャノワードを出した。スチールデスク組み込みの巨大なヤツで、200ウン十万円する。考えた。新車2回入れ替え分くらいだ。その頃、ソニーの盛田昭夫会長が新車を入れ、見せて下さった。メルセデスSクラスV8で、後席には最新の電子機器エンターテイメント・システムを搭載していた。おそるおそるご相談申し上げた。「ワープロ、買うべきでしょうか」「僕のオフィスには3台あるよ。君、思い立った時に買わなかったら、一生買わないことになるよ」いい教訓と思った。
そこで田町にあったキャノン販売ショールームに出かけた。セールスの人、いぶかしげに「個人でお使いになるのですか」「そうです。たいへんな買い物なのは承知していますが」たぶん顔が引きつっていたろう。「…. どうでしょう、2週間後にもう一度お出でになりませんか」『???」彼、ニコッと笑っている。2週間後、デスクトップ125万円型が発表された。CRT、持上げるのにかけ声を出す程重かった。日本語効率は倍増+した。
しばらくワープロが続き、それからアップル登場となる。以来、Mac派だが、修理費の高さ、街の修理屋が敬遠し、デトロイト的計画的旧式化など不満はあるが、デジカメ的安易さからは抜けられない。

Olivetti ET 111 design by Mario Bellini
竹の箸memoir もの書き屋道具−鉛筆 竹の箸Memoir
自動車もの書き商売初期の道具は、もちろん原稿用紙と鉛筆(Bの濃いヤツ)、消しゴム(やわらかい)だった。モーターサイクリスト、ドライバー誌は自前原稿用紙、CARグラフィック(今のCGに至る)、モーターファンは誌名入りを支給してくれた。仕事机ーのちに部屋を確保したー脇のゴミ箱に書き損ない原稿を丸めて放り込む。まわりには消しゴムの粉が飛び散る惨状。
編集部へは届けるか、締め切り過ぎると編集員が取りにくる。いま自動車ジャーナリスト大御所クラスの方が千葉県まで来てくれた。
たまに原稿を届けるかと、小さかった娘を連れて電車で出かけたのはいいが、網棚(まだホンモノの網だった)に置き忘れた。たぶんゴミとして処理されたのだろう。戻って書き直したことがあった。
先日、モーターファンの手書き原稿が出てきた。富士重工4駆生みの親、長島専務伝だ。[大正3年生まれ、ごう門の虎・・・」など取材ノートだろう。
60年代に寄稿しはじめた英MOTOR, AUTOCAR, CAR, 米CYCLE, AUTO TOPICS, WORLD CAR年鑑,ROAD&TRACKの原稿は、手動タイプライター。最初の機械は、中古のOlivetti Lettera。そのうち、e-bayで探そうと思っている。カーボンコピーを残していたが、この修正も手の汚れる仕事。急ぎの原稿は、大手町のKDDへ行き、テレタイプをうつ。テレタイプは、PANAMで盛大に使ったので慣れていた。
私がCG手伝った期間、旧友、故ポール・フレールは手動タイプライターで原稿を書いていた。ニース近郊の陽の当たるテラスでコンコンやっていた。彼、パソコン使ったのだろうか。CGのOBに聞いてみよう。
BMW, BSA輸入商社バルコム貿易期も手動タイプライター。1959年の浅間モーターサイクルレースにBMW R69スペアエンジンが必要になった。当時、二輪車は外貨割当を受けて輸入したが、国内自動車産業保護法で完成エンジン輸入は禁止。では部品で取ろう。ところが、ミュンヘンは「エンジン何台分の部品」では受付ない。そこでパーツリスト記載の全品をオーダーシートに手動で打ち込んだ。ヘルマン・リンナー部長、秘書女史と私の3人がフル稼働でやった。
レースとは、人を活発化させるものだ。

富士重・長島専務伝

輸入車商売期の内幸町オフィス。後ろはヘルマン・リンナー部長。私の机の上には手動タイプライター。

横文字もの書き屋商売道具第1号Olivetti Lettera
編集部へは届けるか、締め切り過ぎると編集員が取りにくる。いま自動車ジャーナリスト大御所クラスの方が千葉県まで来てくれた。
たまに原稿を届けるかと、小さかった娘を連れて電車で出かけたのはいいが、網棚(まだホンモノの網だった)に置き忘れた。たぶんゴミとして処理されたのだろう。戻って書き直したことがあった。
先日、モーターファンの手書き原稿が出てきた。富士重工4駆生みの親、長島専務伝だ。[大正3年生まれ、ごう門の虎・・・」など取材ノートだろう。
60年代に寄稿しはじめた英MOTOR, AUTOCAR, CAR, 米CYCLE, AUTO TOPICS, WORLD CAR年鑑,ROAD&TRACKの原稿は、手動タイプライター。最初の機械は、中古のOlivetti Lettera。そのうち、e-bayで探そうと思っている。カーボンコピーを残していたが、この修正も手の汚れる仕事。急ぎの原稿は、大手町のKDDへ行き、テレタイプをうつ。テレタイプは、PANAMで盛大に使ったので慣れていた。
私がCG手伝った期間、旧友、故ポール・フレールは手動タイプライターで原稿を書いていた。ニース近郊の陽の当たるテラスでコンコンやっていた。彼、パソコン使ったのだろうか。CGのOBに聞いてみよう。
BMW, BSA輸入商社バルコム貿易期も手動タイプライター。1959年の浅間モーターサイクルレースにBMW R69スペアエンジンが必要になった。当時、二輪車は外貨割当を受けて輸入したが、国内自動車産業保護法で完成エンジン輸入は禁止。では部品で取ろう。ところが、ミュンヘンは「エンジン何台分の部品」では受付ない。そこでパーツリスト記載の全品をオーダーシートに手動で打ち込んだ。ヘルマン・リンナー部長、秘書女史と私の3人がフル稼働でやった。
レースとは、人を活発化させるものだ。

富士重・長島専務伝

輸入車商売期の内幸町オフィス。後ろはヘルマン・リンナー部長。私の机の上には手動タイプライター。

横文字もの書き屋商売道具第1号Olivetti Lettera
おやじブログ すっかりさぼってしまった 日常のもろもろ
すっかりブログさぼってしまった。Facebook,Twitterなど、”テクノロジー”に追い付くのがたいへん。その間、韓国ナムヤンで開催されたヒュンダイ・キア・パワートレイン会議、ローマのVW up!試乗、インタビューいくつか、日本カーオブザイヤーなどのイベントが続いた。東京モーターショーも迫っている。
数日後に、アメリカに頼んでおいたPanAmのサイゴン陥落直前に孤児500人救出の資料が着く。そのリサーチも矢らねばならない。
なんとかジャンプスタートしなければいけない。
数日後に、アメリカに頼んでおいたPanAmのサイゴン陥落直前に孤児500人救出の資料が着く。そのリサーチも矢らねばならない。
なんとかジャンプスタートしなければいけない。
竹の箸memoir 17年前のBMW先進技術 クルマ
BMW E1電気自動車プロトタイプ。いまでも格好のいいクルマだった

E1のモーター,駆動システム

この数回、BMWの今昔をブログした。でも何かが抜けている。40年前のミュンヘンと今年2回の技術ワークショップの間になにかあったような気がしていた。ムカシのことは憶えているが、中間期が忘れるのは歳のせいかな。そうなると気になる。
1、 2日経つと、なにかのきっかけで急に思い出すことがある。そうだった、17年前、1994年ミュンヘン・エンジニアリング会議だった。先進テクノロジーと未来提案が、今年4月の次世代直列ファミリーエンジンと先進技術、7月のi3、i8電動化ワークショップとつながっていたことに気がついた。
電気自動車は、いま出しても通用する好感デザインのE1プロトタイプを発表していた。当時からBMWは、シティカーであっても4人乗り、荷物300,最高速度120km/h、航続距離200kmを目標としていた。「革新的バッテリーの出現次第」の但し書きがついていた。リチウムイオン電池が実用化され、i3がこのゴールに近づいている。
さらにE1のモーターに替え、K1100モーターサイクルの直列4気筒を搭載した前輪駆動車も試作した。その上で車重800kgのクルマを想定した、まったく新しいOHC12ヴァルヴ直列3気筒1247ccを提示した。オールアルミ製で、ガソリン、ディーゼルがあり、ガソリンは可変ヴァルヴタイミング、バランサーシャフト、EGRを備え、出力は82ps。i8ハイブリッドの後輪駆動用の直列ファミリーエンジンの3気筒版のオヤジといえる。最高速度167km/h、市街地燃費21.7km/L、90km/h定速燃費31.3km/Lと公表された。
もうひとつスゴイのがBMWとアメリカ宇宙航空産業大手ユナイテッド・テクノロジーと共同研究していたグラスファーバー、カーボンファイバー熱可塑樹脂製フライホイール・エネルギー貯蔵、駆動システムだった。摩擦抵抗を極度に低減するため、永久磁石電磁石を用いたリニア浮上ベアリングが重要な技術という。
F1のKERSのエネルギー回生はご存知の通りジャイロを用いている。そして最近発表されたイギリスの超音速ビジネスジェット用のハイブリッド・ターボジェットが、磁石、電磁石MAGLEVによるシャフトレス構造を採用するとのこと。
技術歴史は、まことに魅力ある繰り返しをする。そして革新とは継続の産物なのだ。

メガシティカーの先輩、同時期のZ13はセンタ−ドライヴァーシート、オプションで左右リアシートは、M1と同じ

BMW/ユナイテッド・テクノロジーが研究したジャイロ・システム

E1のモーター,駆動システム

この数回、BMWの今昔をブログした。でも何かが抜けている。40年前のミュンヘンと今年2回の技術ワークショップの間になにかあったような気がしていた。ムカシのことは憶えているが、中間期が忘れるのは歳のせいかな。そうなると気になる。
1、 2日経つと、なにかのきっかけで急に思い出すことがある。そうだった、17年前、1994年ミュンヘン・エンジニアリング会議だった。先進テクノロジーと未来提案が、今年4月の次世代直列ファミリーエンジンと先進技術、7月のi3、i8電動化ワークショップとつながっていたことに気がついた。
電気自動車は、いま出しても通用する好感デザインのE1プロトタイプを発表していた。当時からBMWは、シティカーであっても4人乗り、荷物300,最高速度120km/h、航続距離200kmを目標としていた。「革新的バッテリーの出現次第」の但し書きがついていた。リチウムイオン電池が実用化され、i3がこのゴールに近づいている。
さらにE1のモーターに替え、K1100モーターサイクルの直列4気筒を搭載した前輪駆動車も試作した。その上で車重800kgのクルマを想定した、まったく新しいOHC12ヴァルヴ直列3気筒1247ccを提示した。オールアルミ製で、ガソリン、ディーゼルがあり、ガソリンは可変ヴァルヴタイミング、バランサーシャフト、EGRを備え、出力は82ps。i8ハイブリッドの後輪駆動用の直列ファミリーエンジンの3気筒版のオヤジといえる。最高速度167km/h、市街地燃費21.7km/L、90km/h定速燃費31.3km/Lと公表された。
もうひとつスゴイのがBMWとアメリカ宇宙航空産業大手ユナイテッド・テクノロジーと共同研究していたグラスファーバー、カーボンファイバー熱可塑樹脂製フライホイール・エネルギー貯蔵、駆動システムだった。摩擦抵抗を極度に低減するため、永久磁石電磁石を用いたリニア浮上ベアリングが重要な技術という。
F1のKERSのエネルギー回生はご存知の通りジャイロを用いている。そして最近発表されたイギリスの超音速ビジネスジェット用のハイブリッド・ターボジェットが、磁石、電磁石MAGLEVによるシャフトレス構造を採用するとのこと。
技術歴史は、まことに魅力ある繰り返しをする。そして革新とは継続の産物なのだ。

メガシティカーの先輩、同時期のZ13はセンタ−ドライヴァーシート、オプションで左右リアシートは、M1と同じ

BMW/ユナイテッド・テクノロジーが研究したジャイロ・システム