2009/6/30

おやじ ブログ クルマ情勢いろいろ  クルマ

なにか、がったがたになっている気配だ。

F1では、FIAのマックス・モーズレイ会長、8チームFotaを代表するフェラーリのルカ・ディモンテゼモロが2010年シリーズについて合意したと報じられ、FIAも正式なステートメントを発した。予算制限は設けず、将来の合理化に向け努力する、規則は09年を継続する、モーズレイは秋の任期終了後は再選立候補せずなど、総体的にはチーム側の要求が入れられているが、FIAの文体はいささか偉ぶったところがあるのが気になった。

まあ、合意ができてよかったなと思いきや、モーズレイがFota側、とくにディモンテゼモロがメディアに流した情報が気に食わないと、怒り狂い、会長立候補についても再考するかもしれないと触れまわったとのこと。ニューヨークタイムズ、英タイムズなど、大新聞にも大きく取り上げられる事態となった。Fota側は、合意はできているので、わめかせておけ的に静観しているらしい。

自動車産業では、VWとポルシェの合併がガタガタしている。ポルシェがはるかにおおきなVWの株を大量に買い、合併するなる計画は、前者があまりにも風呂敷を広げ過ぎ、財政的にあぶなくなった。こんどは、VWが合併に乗り出した。ドイツ紙デルシュピーゲルが、VWと大株主のローワーサクソニー州政府がポルシェに時限を切って回答を迫ったと報じ、これにポルシェが反発した。ところがVW、ポルシェともに広報担当者のコメントは、交渉は継続中、最後通告など関知しない。
もともと、VWのピエヒ会長、ポルシェのウルフガング・ポルシェは、ポルシェ同族である、家族けんかの延長かな。

GMは、25年にわたるトヨタとの合弁生産会社NUUMIでのポンティアック・ヴァイブの生産を8月で打ち切り、以後新車種はなし。種々の情勢を検討した結果、NUUMIは新生GMには移管せず、"オールドGM"に残すと発表した。新、旧は、別名グッド、バッドであり、後者は負の財産として処分するということ。トヨタ側は、遺憾である、今後を検討中との短いコメントを発した。トヨタとしても、北米の生産能力過剰の現在、苦しいことになる。また、NUUMIは自動車労連UAW組織工場なのだ。

混合種でポジなニュースは、トヨタがアストン・マーティンにiQをOEM供給する。名付けてシグネット。一文字口のオリジナルよりぐっと格のある顔である。iQ出現当時から、1.5Lガソリン・モデルの可能性は噂されていたが、それをチューンかな。みんなが買えるアストン・マーティンの出現だ!

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2009/6/19

おやじ ブログ F1とMOTO GP  バイク

英紙TIMESオンラインを見ていたら、FIAとFotaの軋轢が最悪になったらしい。見出しは、『反乱フォーミュラワンチームは2010年にライバル・チャンピオンシップを進めるべく宣言』

バーニー・エクルストンとマックス・モーズレイの暴政に対する反乱が起きそうだ。イギリスのルノーF1チーム本拠に、主力チーム責任者が集まり、論議した結果、FIAとはやっていけないということになった。フェラーリ、マクラレン・メルセデス、BMWザウバー、ルノー、トヨタ、ブロウンGP、レッドブル、トロロッソが反乱軍に加わっている。トップドライバーは、すべてこれらチームに属する。ウイリアムズ・トヨタの去就は不明。

もし分裂するとなるとFIA ・F1は、やったとしても、まったく気の抜けたレースになってしまう。

一方、すごい闘いをみせたのがモトGPカタルーニャのフィアット・ヤマハ・チームのヴァレンティーノ・ロッシとホルヘ・ロレンツォ。歴史に残る大接戦で、まさに神業のライディング。イタリアTVで一部を見たが、『アテンツィオーネ!、ママミーア!』キャスターの絶叫の連続だった。優勝したのはロッシ。これぞモータースポーツだ。

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(モトGPオフィシャルサイト)

2009/6/18

おやじブログ GM本社ビル  日常のもろもろ

デトロイトダウンタウン川側のスカイライン。右に特徴のあるレンセンGM本社が見える
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ウインターガーデンと呼ぶ巨大な温室型ホールが入口のひとつ
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もうひとつ、GMの話。GMが再建過程にデトロイト・ダウンタウン、川沿いの特徴ある筒型ビル集合体の本社ビルから移転するかもしれないという予想が流れていた。就任したばかりの新市長(前任者は、重罪で起訴され、辞任した)は、やっきになり留めようと運動をはじめた。一方、引っ越し先と噂されたテクニカル・センターの所在地、ウオーレンの市長は勧誘に動き出した。
フリッツ・ヘンダーソンは、破産保護法から早期に抜け出そうとしているいま、移転の考慮など、はるかに低い優先事項と話した。だが、移転の可能性を否定したわけではない。

GM本社ビルは、ルネッサンス・センター、略してレンセンと呼ぶ。もともと、デトロイト下町の活性化のためフォード会長ヘンリー・フォードII世が有力な財界人たちと計り推進したのがレンセンだった。GM以前には、ピープルムーヴァーと呼ぶ自動操縦のモノレール環状線の駅のあるジェファソーン・アヴェニュー寄りのロビーには、フォードII世のブロンズ像が飾ってあった。

テレビ,新聞に出るGM本社のひときわ高い中央タワーは、ホテルである。当初はウエスティンだったが、いまはマリオットになった。1977年に完成したレンセンには、日本の企業もオフィスを構えていた。ホンダも技術研究所事務所があり、レンセンまわりの公道を使ったF1U.S,グランプリを、当時研究所社長だった川本信彦さん、のちにCARTインデイ挑戦を指揮した朝香さん、そして同業の星島浩さんとホンダの高層階オフィスから観戦したことがあった。まあ、よくあの悪路をF1で走るものだと感心した。

やがて1996年にGMがレンセンを買い取り、本社とした。これでホンダを含め、他企業が出て行った。当時は、まだ店舗、レストランも複数あり、年始のデトロイトショーに出かけた折、セールの靴、シャツなど買ったものだ。また、日本、中華レストランもあり、便利したが、ひとつ、ふたつと消えていった。いま残っているのは、ホテルタワートップの回転レストラン(オドーブルのバケツ一杯の茹でたシュリンプが美味しかった。ステーキは、デトロイトとしてはマアマア)、階下のフードコートくらいしか残っていない。

GMは、センタータワーの一階(地下?)を改装し、大きなショーフロアにして新型車を展示している。そろそろサーブ、オペルベースのサターンなど消えるクルマも出る。GMオフィスタワー受付まわりの壁には、会長から工場従業員まで、社員の顔写真をウオールペーパーとしている。4月に通った時は、知った顔がめっきり減っていた。

レンセンに移る前は、シヴォレー部門担当VPでカーガイであり、GMに失望して離れたジョン・デローリアンの著書『晴れた日にGMが見える』で有名になった、市中ウエストグランド・アヴェニューのジェネラル(私はどうもゼネラルなる表記がきらいだ。第二次大戦前から日本ではそう記していたので継承したのだろう)モータース・ビルディングが本社であった。
1923年まで、GM本社はニューヨークを含め転々としていたが、大成長以後、本拠を持つことにした。開発と生産の中心であったデトロト・ダウンタウンに新ビルを建設したのだ。

私は、もっぱら郊外ウオーレンのテクセン(テクニカル・センター)に出かけ、新型車、先行技術、そして知己を得たデザイン担当VPビル・ミッチェルを訪れていた。たまに、本社ディレクターに会いに本社に行くのだが、これが面倒くさい。まずビルの前に着いたら、クルマから出ずに待っていろ、迎えがいくと指示される。すると、案内氏が乗りこみ、隣の駐車ビルに行く。認識票見せてシャッターを開けさせ、クルマを止める。それから本社に入るのだ。この地域、治安がよくないのだ。

ロビーはよき時代の建築の内装で風情があった。ずらりと並んだエレベーターは、ガタガタと上下する。時には、途中停止することもあると聞いた。
ディレクター氏のオフィスは広く、たいへんクラシック。デスク、椅子は木製だ。「これだけは、勝手に変えられないのだ。多少ギシギシいうが、伝承モノなので守らねばならぬ」夏は結構暑い。空調性能があまりよくないのだ。

威風堂々なる外観とよき時代のインテリアなのだが、使い勝手はよくない。世界最大の自動車メーカーGMが効率よく仕事をするには、古くなりすぎた。そこでレンセンを買収し、本社を据えたのだ。前々回デトロイトに行った際、空港からレンセンまで乗ったタクシーの運転手と四方山話をしたが、彼、本職はデトロイト市警のスーパヴァイザーで、アルバイトにタクシーに乗っているのだそうだ。オールドGMビルの話が出たが、警察が一部を使っているとのこと。それと自動車デザイナー育成校として知られるCCSデザイン学校も入っている。


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晴れた日に見えた旧GMビルディング

2009/6/18

竹の箸Memoir GMからGAZへ  竹の箸Memoir

連邦破産法第11条保護下で再建を計っているGMでは、いろいろなことが起こってる。チャプターイレヴンを出た後の取締役会長として元AT&T通信会社会長のホイットエイカーが決まった。と思ったら、辣腕調達担当VPのボー・アンダーソンが辞任、直後にロシアのGAZ自動車会社会長となると発表された。

ロシアの民族系自動車メーカーが旧態依然、なかば国有会社的な経営と超旧式車を延々とつくってきたのは、世界工業界の7不思議のひとつである。宇宙に時計のような正確さと岩のような頑丈な有人ロケットを飛ばし、最強の軍用機、戦車などをつくっている。こと自動車になると、いかにプーチン首相がプロモートしようが、彼の”新”愛車を見ると、ひとムカシ前のLADAから進化しているようには見えない。
1960年代は、ソビエット国有自動車メーカーは、積極的に西欧、そして日本に売り込みを計っていた。晴海の東京ショーがインターナショナルになった年、10何台か出展された外車の中にはモスコヴィッチが1台が含まれていた。ロンドン市中アールスコートで開催されていたロンドン・ショーのモスコヴィッチの小間でもっとも印象的だったのが車載の修理ツールキットだった。

そうそう、わが友、レヴ・ショゴウロフを紹介しよう。ロシアのジャーナリストだが、元モスコヴィッチのエンジニアで、本田宗一郎さんが最初のF1開発に取り組んでいる同時期、1.5リッター・フォーミュラに適合したV8エンジン搭載のF1カーをつくっていたのだ。モスコヴィッチGD1の話は、いつか別の機会にする(そんな『公約』ばかりしているようだ。貧乏暇なしなので・・・)。

モンタナの山中のリゾートホテルでバーボンを飲みながら、レヴが語ったのは、ソ連メーカーの開発陣の先進技術に取り組む意欲は、欧米、そして日本に負けていなかったという。F1から速度記録者、ロ−タリーエンジン車までやっているし、彼はのちにその記録を送ってくれた。ただし官僚主導の会社では、動きがいかにもわるかった。当時は、世界から隔離されたような産業界であり、進化はお金がかかり、『生産性』を阻害するじゃま以外のなにものでもなかった。

さて、ボー・アンダーソンが会長に就任し、欧米型の経営と製品開発を進めるGAZの今後は、非常に興味がある。GAZのオーナーは、カナダのマグナと組んでオペルを買収する。GMの前執行役員がGM系オペルの技術をベースにロシア・メーカーの刷新を計ったら....

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モスコヴィッチGD-1 フォーミュラ1エンジンとともにご機嫌のレヴ・ショゴウロフ。外貨欠如で、ヨーロッパへの遠征はできずに終わった。120V角度、ギア駆動DOHC、ローラーベアリング支持組み立て式クランクシャフト、ウエバー製気化器

2009/6/18

おやじ ブログ エンジン・オヴ・ジ・イヤー  クルマ

今年のグランプリと2部門を制したVW1.4L TSIツインチャージャーを搭載したシロッコ
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TSI三賢人のひとり、ミッデンドルフ博士。TSI訴求のため、日本にも来た
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恒例のインターナショナル・エンジン・オヴ・ジ・イヤーがシュツットガルトのエンジン/シャシーダイナミックス展・技術会議で発表になった。
4年間、トップ賞を独占してきたBMW直噴ターボ直6・3リッターを破ったのは、VWの1.4L TSIツインチャージャーで、排気量クラスとともに、”グリーン・エンジン”賞もさらった。2リッタークラスは、一応アウデイの花を持たせたが、VWグループのTFSI 直噴ターボがとった。

11賞中10賞がドイツ勢で、残るひとつ、1リッター以下に入ったのがトヨタ1KR-FE。ヴィッツ、パッソ/ブーン、iQ、そしてヨーロッパの国際恋愛産物三つ子のトヨタ・アイゴ/プジョー107、シトロエンC1のエンジンである。開発、生産はダイハツであることは言わねばならぬ。

グリーンは、とくに意義がある。なにしろ新型インサイトなるハイブリッドが候補に入った年なのである。プリウスは、排気量クラスにはシードされたが、今年はハイブリッド入賞はゼロであった。62人の世界の自動車ジャーナリスト(私も参加している)が25点を配分する方式であるが、ガソリン小排気量、高性能、高効率エンジンがトップに選ばれた。ダウンサイジング、ファントウドライヴ、高効率、環境性能が今年の選考基準になったのだ。

VWのTSIを開発し、生産し、販売してきた人たちの努力が報いられたと、喜んでいる。私は、正直2005年のフランクフルトショーで、ツインチャージャー・コンセプト・エンジンを見た時、「ああ、こういう手もあるんだな。だが、多分先進テクノロジーのショーケース的なコンセプト展示に終わるのだろう」と疑っていた。翌年、クルマができたので、乗りにこないかとの誘いを受け、雪の残るウルフスブルグに出かけた。たしかコンチネンタルの燃費タイアを履いたゴルフで、まあエコくるまかなというのが第一印象だった。走りだしてびっくり。最高速度は220km/hというので、日本もの書き屋ーおっと失礼自動車ジャーナリスト同輩と2台でアウトバーンの高速(200km/hくらいだったかな)の長距離を走った。結果は、この速度域になると、やはり回転数の低い2L TDIに燃費では利がある。しかし、小排気量ガソリン・エンジンの吹き上がりと高回転は、官能感で勝る。

ウルフスブルグのVWテーマパーク的なアウトシュタトのレストランで、TSI開発主役の3人の博士との歓談は、興味津々であった。とくにミッテンドルフ博士とは,その後も日独で数回会い、話を聞くことができたのは幸運だった。3博士のTSI発想の契機となったのは、肩身の狭さだったという。いまやヨーロッパの乗用車販売の半数に達するディーゼルが強くなってきた時期で、ディーゼル開発者たちは肩で風を切って闊歩している。3博士、一様にそのつらい時期を想起した。ディーゼル勢いわく、「君たち(ガソリン屋)は、ピンとキリをやってればいい。最大の真中は、オレたちに任せておけ」ピンとは、ランボルギーニ、アウデイ、ベントレーなどのV8, 10, 12, 16などの超高性能、高級車エンジンを指す。キリは、もっともベーシックで値段の安いクルマで、これは小さく比較的シンプルなガソリン直4で済む、という意味。

3博士の小チームが憤慨、奮起した。小排気量、過給が手だなと、あらゆることをやった。「でっかいターボ1個、これは下のトルクがまったく出ずダメ」「シーケンシャル・ツインターボは、機構が複雑になり、シングルからツインへのつながりが課題で、また高価すぎる」到達したのがスーパーチャージャーとターボを用いた直噴ツインチャージャーだった。幸運だったのは、理解のある上司に恵まれたことだった。かくしてTSIが世に出た。

それでも、私はTSIの商品としての成功には、まだ疑問を抱いていた。ウンビャク、セン台くらいの燃費車としては売れるだろう。しかしVWの期待する量販車になるだろうか。そこでVWJの広報部長・丸田さんに無理難題を出した。エンジン生産工場を見たいので、機会があったらVW本社に打診してくれないか。

その機会は、意外に早くきた。先進シャシー試乗会の帰途、ウルフスブルグから旧東独圏内のケムニッヒのあるエンジン工場見学となった。この工場、もともとボール紙ボデイの小型車トラバントの2ストロークエンジンを生産していたが、VWが買い取ったもの。
工場長以下、生産スタッフ総出で迎えてくれ、生産過程を解説、見せてくれた。なんと開発リーダーのミッデンドルフ博士はウルフスブルグからクルマをとばして参加してくれた!

工場を見て、新しいエンジンの市場投入に当たってのフォロウアップ、整備サービス態勢の話をきき、このエンジン、ホンモノだと実感した。

次はスペインの先進パワートレイン試乗会。1.4 TSIは、VWの大きな商用バンを楽々と推進し、CNG燃料のパサートの低速トルクを充分補い、ハイブリッド試作車ではモーターが電気過給の役を果たした。TSIの発展性を体感させたイベントだった。

2.0 TSI+DSGのジェッタに2年半乗り、その燃費のよさに深い印象を受けた私だ。その上、踏み込んだ時の快感は、とてもハイブリッドでは味わえない。現在も含め、2台ハイブリッドを所有した者の正直な実感だ。

軽い車体に1.4TSIツインチャージャー+7DSGを積んだクルマが出現したら、真剣に考える。

TSIのエンジン賞、めでたし、めでたし!

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ケムニッヒ工場のTSI生産
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このデカバンを引っ張るのです

2009/6/13

おやじ ブログ GMと郵政グループ  日常のもろもろ

GT-R SpecーVの試乗中、安心して駐車し、食事ができる場所として行ったのがホテルオークラだった。思い出したのは、ここで何回か、アメリカの生んだ偉大なジャーナリスト・オーサーのひとり、故デイヴィド・ハルバースタムと会い、話したものだった。彼は、『覇者の驕りー自動車・男たちの産業史』原題“TheREckoning"の取材で長期滞日していた。彼の新しい本の題材として選んだのは、日米自動車産業の盛衰で、衰退をフォード、隆盛を日産と設定していた。ハルバースタムがシリコンヴァレーで交通事故死したという報を受けた時、そのエピソードをこのブログに記した。ホテルオークラのコーヒーショップで、「デイヴィド、それは違うんじゃないかな。これまでそういう時期があったが、多分両者の立場は逆転するのではないか」と話したのを憶えている。日産は、労働組合帝王的人物の経営介入で、あぶなく負の遺産を背負い込みそうになっていた。

今日、鳩山総務大臣の郵政グループ社長再任をめぐっての麻生首相との意見の差を起因とする辞任のニュース。オヤッ、ハルバースタムとまた話したくなった。今度は、GMと日本郵政の対照である。

GMは昨年末の未曾有の大不況で経営危機に陥った。米政府は緊急つなぎ融資を注ぎ込んだ。再建の条件として、ガイトナー財務長官の自動車産業再生チームは、ワゴナーGM会長に退陣を迫り、辞任に至る。結局、自己再建のめどがたたず、連邦破産法第11条の破産保護下に入ったのは、ご存知の通り。そして資産整理がはじまった。サーブを本拠地スエーデンで破産させ、本体もハマーを中国重機メーカー、オペルをマグナとロシア投資グループ、サターンを有力アメリカ販売網ペンスキに売却する交渉がまとまったのとのこと。これから残った『いいGM』の再建がはじまる。

一方、日本の郵政グループは、国営から民営化し、財界の大物を社長に据えた。国が最大の株主で、総務省の監督下にある。ところが、郵政グループ公社は、資産の投げ売りをしていることが判明した。資産価値のあるかんぽの宿群を一括して、オトモダチ的経営者の企業に破格の安値で売るという。大株主の担当番頭である総務大臣が怒髪天をついだのも判る。加えて、東京中央郵便局ビルの建て替えで、文化的に価値あるファサードを早々にぶち壊しはじめた。郵政グループの西川社長、鳩山総務大臣の剣幕にぶるい、郵政グループは一括売却を白紙に戻し、ビル計画も手直しとなる。鳩山大臣のいかり収まらず、西川社長の再任に反対を表明した。暗に再任承認したい政府とリーダーシップを疑われている首相と意見が合わず、ついに総務大臣の辞任にいたる。

GMの方は、筋道が判るが、わが日本政府、首相、そして郵政グループの顛末は奇々怪々である。『大統領が監督すべき企業会長の留任を計り、財務長官を更迭した』ようなものかな。

GT-R Spec-Vのインプレ(走りを知るなんて腕ではないので、ほんの印象)は、後日にする。


2009/6/6

おやじ ブログ GM,何処へ?続き2  クルマ

シヴォレー・マリブ中型セダンは、北米カー・オヴ・ジ・イヤー
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カナダの部品大手マグナに売却が決まったオペルのインシグニアは、ヨーロッパ・カー・オヴ・ジ・イヤーに選ばれた
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GM、クライスラーの連邦破産法第11条保護入り以来、めまぐるしい動きが続いている。裁判所は、クライスラーの資産をフィアットに売却する許可を出した。GMでは、中国の重機メーカーがハマーを買収すると発表した。また、自動車販売店チェーンを経営し、スマートの全米販売権を持ち、インディ・シリーズのレースチーム・オーナーとして有名なロジャー・ペンスキがサターン販売網買収を同意した。ペンスキは、ルノー日産からOEM供給の交渉を進めてているとの噂が出ている。サターンの大手ディーラーの「それは最高のニュースだ」というコメントも報道されている。

経済が回復すれば、GMは2011年には赤字を脱するなる楽観的見方もでている。これは、ちょっと疑わしい。

日本のメディアは、相変わらず危機感強調型報道を続けているが、同じ数字を挙げても、向こうの見出しは、『新車販売は2009年最高』だ。ビッグスリーは、盛大に値引きをやり、これで減少を抑えている。フォードは、減少率24%で、シェア20%は過去3年最高。GMの減少率は29%、シェア20.6%。商品ラインアップの弱いクライスラーだけは-49%、10.6%に落ちた。

日本勢は、値引き、奨励金に消極的なので、減少率は大きい。トヨタ-40.7%、シェア16.5%、ホンダ-41.5%、シェア10.6%、日産-33.1%、シェア7.3%だ。
韓国ヒュンダイは-20.4%、シェア4%、同系列のキアが-16.1%、シェア2.8%、VWは-12.6%、2.9%と健闘といえる。BMWは、-27.6%、シェア2.5%
だ。

興味のあるのは、低迷の続く5月だが、ベストセラーと2位が相変わらずフルサイズ・ピックアップということ。トップがフォードF-150、2位がシヴォレー・シルヴァラードだ。3,4位がトヨタ・カムリとカローラ、5、6,7位にホンダ・アコード、シビック、CR-Vが続く。次いでフォード・フュージョン・セダン、シヴォレー・インパラ・セダン、ニッサン・アルティマ,etc.
トップのF-150が33,381台に対し、3位のカムリが31,325、以下は2万、1万台代と下がっていく。ガソリン最高騰期の寵児、シビックの-61.1%、カローラの-55.4%は、相当の痛手だろう。

ビッグスリーがたいへんだ、たいへんだと騒いでいるが、日本勢はもっとたいへんな事態になっている。誰しも回復の希望は抱くが、来るのか、何時か、については確信が持てないのが現実だ。

さて、GMの再生は魅力ある商品を打ち出せるかにかかっているというのは、皆賛成する。これから出てくる新型車はどうだろう。アメリカTVの経済番組を見ていたら、著名ジャーナリスト3人が論じていた。ふたりは、イエス、すでに発表され、これから市場に登場するクルマは大いに希望がもてるという。ひとりだけ、面白いことをいった。「レンタカーでアメリカ車だと、ガックリくる」そこで喧々囂々。
アメリカ車シュリンキングがはじまった時期、私の畏敬する故中村良夫氏さんのコメントを思い出した。中村さん、「山口さんのようなジャーナリストの乗るクルマと、われわれ一般人(?)が借りだすレンタカーとは、だいぶちがうんです」比較的走行距離の出ていないレンタカーは、市販車の評価の指針になるのだ。

すでに販売されている車種では、シヴォレー・マリブが優れもので、北米カー・オヴ・ジ・イヤーをとっている。また手放すことが決まったオペルのインシグニアは、昨年のヨーロッパ・カー・オヴ・ジ・イヤーを授賞したとは、フリッツ・ヘンダーソンCEOがGM開発力の実証として挙げていた。

キャデラックの新型CTSは、優れたエントリー高級セダンであり、ビュイックからはルサーン、ルクロスの大,中型セダン、シヴォレーのコンパクトカー・クルーズ、韓国GMデイウ開発(生産はアメリカ国内と発表)のBセグ・スパークなどが登場する。

このところ、GMのホームページは、先進技術ヴィデオをシリーズで載せている。EV、HCCI、水素などだ。2011年モデルとして登場する走行距離延長型シリーズハイブリッド、シヴォレー・ヴォルトは、生産型クルーズ・ベースのプロトタイプを一部のアメリカ・メディアに試乗させている。こぞって、走行性能をほめているのだが、アメリカ・ジャーナリストお得意の0-60mph(96km/h)加速、EV航続距離(40マイル=64km/h)限度、そして1.4Lエンジン(オペル開発)始動充電しながらの走行、空調全開などのモードについては、誰もその領域に入らなかったことを認めていた。

蓄電量がたっぷりあるEVの走りがいいのは、ムカシから体験してきた。GMの場合も、生産リースした(ドキュメンタリー『誰がEVを殺したのか』)EV-1は、ヴォルトと同じく当時の量産小型車ベースのGEOストーム・ベースの試作車から乗った。生産型EV-1は、たいへん活発なクルマで、スタートではタイアを鳴らしたものだった。EVを走らせるのはむつかしくない。実用航続距離を確保し、空調など快適性能を提供するのがたいへんなのだ。

ヴォルトの値段は、4万ドル台、それも後半かなと噂されている。折しも、三菱と富士重が軽ベースのEVを400万円台後半で発表した。政府補助があるので、300万円台となる。ミッドサイズに近いヴォルト・セダンが同価格帯だったら、とてもリーズナブルということになるか。


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間もなく登場するシヴォレー・ブランドのコンパクトセダン、クルーズ

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航続距離延長型EV、シヴォレー・ヴォルト。プラットフォームは、クルーズと共通か

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ビュイックの新しい大型セダン、ルサーンはスタイリッシュだ

2009/6/3

おやじブログ GM、何処へ?続き感想  クルマ

6月1日、GM破産について話すオバマ大統領。背後には閣僚がずらっと並んでいた

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6月1日は、あわただしい1日だった。GMが連邦破産法第11条、通称"チャプター11"下で資産保護申請をニューヨーク裁判所に提出することは、だいぶ前から報じられていた。この日、アメリカ東海岸時間正午前にオバマ大統領がホワイトハウスでGM破産について話し、直後にニューヨークにおいてフリッツ・ヘンダーソンCEOがプレスカンファレンスを行うとの予告は正式に出ていた。日本だと2日になったばかりの深夜になる。リアルタイムで両方とも見られるので、これは睡眠不足になるかなと思っていた。

そこに日本のテレビ局からコメントをくれとの電話。自宅に来てもらって、30分以上カメラの前でインタビューに応じた。2日朝の番組というので、録画したが、なんとウン秒の登場。まあニュースのコメントなんってそんなもの。と、同系のラジオ局から電話インタビュー。これは、ばっちり使ってくれた。

テレビの方は、やはり『GMショック』的コメントが欲しかったのだろう、そんな識者コメントが長めにだった。GMの第11条に保護を求め、その下で再建するというのは、昨年末、政権に会長の座を追われたリック・ワゴナーに代わり、CEOとなったフリッツ・ヘンダーソンがその可能性を口にしていた。再建の選択肢のひとつで、それほどびっくりすることではない。

それと日本メデイアの聞き出したかったのは、日本に対する影響だ。私の感想は、アメリカの新車販売をさらに低減するかもしれず、これは日本を含め外国メーカーにもつらいこと。そして、部品産業には影響がある。これも日本のメデイアは報じていた。現地法人が現地生産している部品メーカーは、米政府が保証してくれるだろうが、日本から輸出しているものはどうかな。最悪の場合、ドイツ政府がオペル支援に動いたように、日本政府が手を打つべき。

と思っていたら、GMがヘンダーソンCEOのプレスカンファレンス直後に、部品メーカーを含む今後の対応を発表した。
「第11条以前、以後の必要なサプライヤー、業者が供給、提供する物品、サービスについては支払う」、「GM本体とアメリカの傘下会社と取引のある、すべての非アメリカ系サプライヤーには支払う」
『essential=必要な』がちょっと気になるが、内外の部品メーカー、そしてGMにOEM完成車を供給する自動車メーカーが代金を回収できないという心配は、とりあえずないということだ。

3ヶ月で第11条から抜け出し、新生GMとして再建の途につくというのが、現経営陣の方針だが、はたして短期勝負ができるかは、ちょっと疑問。すべては、消費者の購買意欲と懐次第。いずれにせよ、年間新車販売台数が1000万台に落ち、GMのシェアは多くて250万台、わるいと19%を切るかもしれないので、新生GMの企業規模、従業員、販売網は、大幅に縮小せざるをえない。

資本の60%を米政府、12%がカナダ政府所有となるので、”国有化”なる表現も当てはまる。ただし、経営実務に政治的任命者、官僚が入ることはあるまい。政治家、官僚と自動車メーカー経営者は、べつものだ。
歴史には、自動車メーカートップから閣僚、高官に起用されたケースがある。第二次大戦中、ルーズベルト大統領は、GM社長のウイリアム・ヌードセンに懇願して、軍需生産担当の大将ー文字通り制服を着た将官ーとして任じた。
1950年代には、アイゼンハウワー大統領が軍需産業の横暴を抑えるため、またもGM社長のチャールズ・ウイルソンを国防長官として迎えた。議会の認証会で、ウイルソンがいった言葉が「GMの利益は国益に通ずる」が有名になった。実際には、「国の利益はGMの利益であり、その逆も真なり」だったらしい。
60年代、ケネディ大統領は、フォード社長ロバート・マクナマラを国防長官に任命している。
それほどひとムカシ前の自動車会社トップの手腕は偉大だったのかもしれない。70年代以降、そのような起用は話題になっていない。

商品をつくり、売ってなんぼの自動車産業。最大の課題は、アメリカ、そして世界の消費者が欲しがる商品開発力だ。また日付が変わった。次にしよう。

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6月1日正午、第11条保護申請をした後、経緯と再建について語るヘンダーソンCEO



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2009/5/24

おやじブログ 飛行機3点ベルト・G6・インサイト  旅行

United 747-400で3点式シートベルト着用
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<そんなに胴長ではないはずだが・・・入る度に頭をゴツン
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急な私用ができてカリフォルニアに出かけた。向こうで2日+移動3日の短い旅であったが、折しも日本名新型インフル、旧名ブタインフル、正式名H1N1感染者がアメリカで多く出た時期。帰りの便の成田到着では機内検疫が行われたが、一時の1時間強と比べると45分と短縮されて
いた。ただ、私の席列には発熱センサーが向けられたが、2列先の家族にはなかったという。成田到着で一斉に日本人乗客がマスク着用しだし、検疫官が持っていない者に支給をはじめた。マスク着用習慣のない外国人は、ただただびっくりといった様子。2度、最寄りの保健所から健康チェック電話があるはずだったが、最初の一回だけ。物理的に、1機で350人以上乗る大型機の客を追うのは不可能に近く、水際発見,隔離には無理があった。

往路の747-400の席では、離着陸時に3点ベルトを着用するようにアナウンスがあった。新しい完全フラットになるシートで、ひとムカシ前の乗用車の3点ベル式と同じようなラップベルトとショルダーが別のもので、ショルダーをラップの金具に引っかけるタイプ。離着陸以外の飛行中は、通常のラップベルトだ。この機体の繭型フラットシートモジュールでは、前方に低い壁があるようなもので、そこに20インチくらいのヴィデイオスクリーンが埋め込まれている。そこに突っ込むのは痛いだろうから、3点ベルトは意味がある。
帰りのビジネスクラスは、一列おきに後ろ向き、前向きシートが交互に配されている。こちらは、通常の2点式だった。そのうち、理由と効果を調べてみよう。

さてロスアンジェルス空港でレンタカーを借り出した。ミドサイズセダンを予約したが、クライスラー・シーブリング、GMポンティアックG6のいずれかが選べる。ちょっと差額を払うとプリウスがありますよ、とオファーがあったが、最近のガソリンの値段では、差額をカバーするほど得にはならない。まあ、おなじくらいのキャビンサイズで3人と短期間旅行の荷物が収まればいいので、G6を選んだ。
こいつは、すごかった。ネガの意味でだ。

G6は2004年秋発売のミドサイズ・セダンで、GMイプシロン・プラットフォーム(シヴォレー・
マリブ、サーブ9-3)を用いる。4気筒もあるが、レンタカーはV6・3.5Lと4ATの組み合わせ。シボレー・マリブは、フツーのファミリーカーとしては、結構いいセダンと思っていたのだが、スポーティを売りにするポンティアックは奇妙なクルマだ。エクステリアデザインは、ポンティアック売り物のスポーティで、クーペ調を狙ったのだろう、えらくAピラーが傾斜している。乗り込む際にまず頭をゴツン。シートは、後方に寄せてあってだ。フロント部のルーフラインは、Aピラーそのものなので、前方に身をかがめて乗り込もうとしても頭がつかえる。片足を入れ、後ろにそっくりかえり乗り込むのだが、今度はBピラーが邪魔。シートはもっとも低い位置に下げてだ。リアシートからは苦情はでず、乗降性は普通で、ヘッドルームは充分。エクステリアデザイナーが1)アメリカ人としては非常に小柄、2) 一筆描きA-ピラー・ルーフに固執のいずれかな。

エンジンは、排気量相応のパワー、トルクがあるのだが、スロットルが唐突。とくに加速時にドライバーの意志より先にガーンとでる。ステアリングは、重く頼りない。乗り心地は、走ればいいというレベルで、これはリアシートからひと言あった。いやー、ポンティアック・ブランドが切られるのも仕方がないか。それより、GMのクルマ造りがこの程度だと先が心配になった。

かつて、石油危機後、GMが大型車の縮小(といっても、まだ巨大だった)を始めた頃、デトロイトでシヴォレー・カプリスに試乗し、出来のよさを誉めた記事を書いたことがある。その後、畏敬する故中村良夫氏(ホンダ専務・初期F1監督)がレンタカーのカプリスに乗られ、同氏のコラムに「山口さんは、メーカーのきちんと仕上げたクルマに乗ったので誉めていたが、レンタカーはごく普通のレベル。それにしても、以前の大型アメ車より進歩した」と書かれた。あとで、「レンタカー会社に納入し、稼働率のいいクルマは、実力を知るにはいいんですよ」と語られた。カプリスの場合、いい方だったが、G6はそうでなかった。

半日ほど、新型インサイト(初期生産型で、だいぶ走ったクルマなる断りがあった)を借りて170kmほど走った。日本のLSとLの中間くらいで、パドルシフトはついているが、タイア/ホイールは15インチ・ダンロップだ。405フリーウエイでコスタメサまで行ったが、メジの音は16インチほどではないが拾う。
交通の流れはけっこう速く、75mph(120km/h)くらいで流れ、カープールレーン(2人以上乗車車線)は80mphでとばしている。カープールレーンは、純EV(この勢いでとばすと、どのくらいの距離走るかな?)と一定数のハイブリッドは、運転者ひとりでも走れるが、後者はとっくに定数に達し、締め切りになっているはず。進入しない方が無難だ。
ニューポートビーチからは、海岸沿いのパシフィックコーストハイウエイで出発地に戻り、そこからパロスヴェルデスの丘をぐるっと回った。かつて、シビックCVCC セミ2ATでとろとろ登った坂もエンジン回転はけっこう上がるが、なんなくこなした。私のクルマもそうだが、ステアリングにはフリクション寸前の感覚がある。
ホンダのアメリカ研究所の前の道路は、相変わらず不整のはげしい路面だ。評価のためにソッとしておくのかなと疑うのだが、他の企業もあるから、そうではあるまい。フリーウエイホップ、水はけの細い刻みめの音は気になるが、不整な(・・・・)不整路面ではちゃんと足が動いている。乗り心地と音は、もうちょっとなんとかしたいものだ。
約170kmのミックス道路走行で表示燃費は40mpg=16.9km/Lと出た。アメリカ環境保護局燃費基準では、平均41mpgなので、ー5%としても妥当な価だ。

センターコンソール上部にフラットに固定装着されているナビ画面は、強い陽光下の視認性はよくない。せめて、画面角度が変えられるといいのだが、やはりコスト低減の一策?日本でも見づらいので、私のクルマには手造りのフードをつけた。


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ロングビーチにて。背後はロングビーチGPの仮設ブリッジ
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104m走行で平均燃費40mpgとでた

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私有車の手造り日よけ

2009/5/17

おやじブログ ASIMO熱気球で飛んだ!  その他の乗り物

まだ完全にふくらんでいないASIMO熱気球
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藤製バスケットに乗る
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とうとうASIMO熱気球で飛んだ。佐賀のホンダバルーンGPでは、霧がでて飛べなかった。ゴールデンウイーク中の軽井沢の一駅先の佐久で開催されたバルーンフェスティバルでASIMOに再会し、飛んだ。2バーナーが炎を吹き上げている以外は、これほど静謐な飛行体はないだろう。ホットエアバルーン=熱気球は、LPG燃料の2基のバーナーで熱した空気をバルーンに送り込み浮上する。バルーンは、20~25mの全高で、頂部はビル5階相当だとのこと。
まずは、球皮をひろげ、藤を編んだバスケットに取り付ける。大きな扇風機でまず風を送り込み、ある程度ふくらませ、それからバーナーで熱気を入れ立ち上げる。

競技用バルーンは、らっきょうの親分のような形で、空力的な細長いものだが、われらを乗せてくれたのは、9頭身くらいのASIMOが貫通したようなバルーン。2基製作したそうで、1基はスイスで活躍しているとのこと。ASIMOバルーンは、くるくる回る習癖があり、状況に応じコントロールせねばならぬとはパイロットさん。

熱気球は、高度と風にのり飛ぶ。高度を変え、行きたい方向の風に乗る。バーナーのオン/オフで上下しながら意図した方向に飛ぶ。球体の頂部の蓋状を開け、熱気を抜くと急降下するのだそうだが、ASIMOパイロットさんはゆるやかに降下した。着地前に膝を曲げ衝撃に備えるように指示されたが、まことにソフトなランディングをしてくれた。コンクリートの結構大きな壁がある空き地に降りたが、内心、あれにぶつかったら痛いだろうなと思ったが、うまくをかわした。降りると、わさわさチェイサーの人たちが集まって来て、皆で球皮の空気を抜き、折り畳む。みるみる小さく畳んだ球皮をバスケットの中に押し込み、ハイエースに積み込む。このプロセス、参加型で楽しかった。

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絶景、絶景
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球皮の折りたたみ作業も楽しいプロセス



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