「宇摩説と童話(3) 浦島太郎1 太鼓台の布団(七段五色三赤、7・5・3)とウラシマとは」
「卑弥呼が作った太鼓台」と「童話解明」
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はじめに
今日の早朝に書いたGoogleの偏重紹介は、毎日4割がで続いていたのですが、現在は1割になっています。私のブログで変ったのかどうかは判りませんが、もしそうなら、さすが、検索のGoogleと、言えるでしょう。
また、この急激な変化から言えば、Googleの会社の方針ではなく、担当者の行動を思わせます。今後の扱い動向で判明するでしょう。
毎日記事が見出しの1〜2割なら、現在の立場上、当然の比率です。これで、安心しました。オカシナ操作は止めて欲しいものです。これからも、気になる状況が有れば紹介したいと思います。
宇摩説で解く童話、浦島太郎1
先に「卑弥呼の創始、太鼓台(1〜3)」三部作を書いたのですが、最後の記事に、BIWAさんから、「浦島太郎を思い出した」、との、コメントが入りました。
言われるとおり、浦島太郎も古伝承を迷彩するために、作られた童話だと思います。そして、何を消す目的かと言えば、卑弥呼の作った太鼓台を担ぐ地域に、卑弥呼の伝承が残っていたからです。
そして、太鼓台の飾りと卑弥呼を書いた今が、浦島太郎の説明に丁度良いことに気付いたので、童話、桃太郎の解明途中ですが、「卑弥呼の創始、太鼓台」を書いたので、先に浦島太郎を書くことにしました。
卑弥呼は、倭人伝に有るとおり、人々(倭人伝に「種人に見せる」とある)皇帝の贈り物を見せるために、荷車に積んで全国を訪問したのではなく、太鼓台で、一度に見えるように、そして、国体が判る様(国固めのため)に工夫しています。
太鼓台の布団(七段・五色・三赤、7・5・3)
この工夫については、昨年、太鼓台を書いた時に、大まかに説明をしています。だから、今回が概略です。太鼓台は、上部に布団を載せるところに特徴が有り、「布団山車」とも言われます。
布団を上に載せる山車は、先に書いたように、奈良県から長崎県までありますが、布団の数は、多い所で、5枚です。だから、燧灘の中心部にある太鼓台が、7枚(中には9枚)乗せるのは、全国でこの地域の特徴と言えるでしょう。
まず、最初に三島地区の太鼓台を載せて置きます。

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この太鼓台は、三島・中曽根・中田井の「獅子」と名付けられた太鼓です。この上部の布団の配色が、一番正常なものと考えています。ただ、「獅子」と呼ばれるように、ここの図柄は、全て獅子になっています。
この点では、先に書いた皇帝の贈った錦の図柄と違うのですが、「獅子」も中国の架空の動物です。つまり、皇帝の贈った錦には、先の物と、獅子や鳳凰を図案化した錦もあったということです。
さて、この太鼓台の形態から、作った神は、布団を7枚も敷いた女神も表しています。つまり、最高の女神をあらわします。これは、船神輿歌の伝承「無上に尊い女神」や、歌詞によって証明されます。(これらも、一昨年に説明しています)
この布団は、七段五色三赤(7・5・3)です。赤が上中下の三箇所に入り、残る四枚が黒・白・黄・緑(あお)の残りの四色です。これらの色には意味があって、日本の国体を示しています。
また、この7・5・3は厄年で、高天原が人々の幸運を祈っていると言う意味も含まれています。
面白いことに、獅子の布団の配色が正常であり、先に紹介した、中国宮殿・海の上の龍・女神などの飾りを残す所は、4色の配置が違います。つまり、卑弥呼を示す図柄の無い地域だけに、正常な配色が残っているのです。
ここに権力者の指示を見ます。つまり、図柄が獅子だけの太鼓台に、布団の配色が正しく残り、皇帝が贈った図柄を死守した太鼓台は、その他の要求(配色の変更など)に応じたと言うことでしょう。
この7枚の布団を崩れないようにしているのが、「布団締め」で、三島地域には、「中国の皇帝から贈られた」と言う伝承がありました。これを聞いた時は、子供心に、「そんな事は有り得ない」と思ったのですが、数十年後に倭人伝で再開しました。
つまり、倭人伝には、「赤い地に交わった龍の錦」が、答礼として、最初に贈られているのです。だから、これを最上段の布団の横に「布団締め」として、一番目立つ場所に採用したものです。

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三島中之庄の太鼓台です、布団の配色は違いますが、布団締めが昇降の龍なのが判ります。

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香川県豊浜町の太鼓台です。この布団締めも昇降の龍です。これは、「獅子」を省いて、燧灘地方全て共通します。個々は布団は7枚ですが、赤一色になっています。これでは古代は解けません。
以上で、太鼓台の紹介は終わります。
浦島太郎を連想
浦島太郎の話は、ここに書くまでも無く、日本人なら全ての人が知っているでしょう。あらすじは省略します。
先の太鼓台の三回目の記事に、VIWAさんのコメントにありました。読んでみると、「浦島太郎を思い出す」というのです。そこで考えてみると、今回の「卑弥呼が創始した、太鼓台」は、丁度、浦島太郎の話に向いています。
皇帝から卑弥呼に贈られた物で神輿太鼓を作ったので、これが人々の目を引いて、女王と龍が印象に残った。「だから、太鼓台の残る各地の地域には、先の伝承に似たものがあったと考えられます。
つまり、西日本の太鼓台のあった地域には、地上の高天原が伝承されていた。
朝廷には「地上の高天原」が、不都合なので、色々と工作しています。それは、先に書いたように、女神が海女になったように、直接のものと、伝承を消す間接的な方法があります。この最終的工作が、童話、浦島太郎です。
ウラシマ太郎について
VIWAさんの後、nihonhanihonさんから、コメントが有り、「ウラシマ太郎がウマシマ太郎」に聞こえる」とあります。
当然です。ウラは浦・裏もありますが、卑弥呼の本業、「占」もあります。ウラシマは、「占いのシマ(卑弥呼の島)」であり、この島に行ったタロウ、と言う意味になります。だから、ウマシマ太郎に聞こえて当然なのです。
著書1で、日浦に関する説明をしました(日浦=日(神)の占い」)が、この浦は、占いのウラだと書いています。同じ事と見てよいでしょう。
2000年近く前の弥生の人々は、皇帝から卑弥呼に贈られた金色に輝く布(錦)を見て、目を見張った事は、間違いないでしょう、同時に、これを贈られた卑弥呼と龍の印象が強烈に残ったのです。
ウラシマ太郎の名で終わってしまいました。次は、「タイやヒラメ」、「亀」などが何を意味視したのかを考察したいと思います。次回をお楽しみに、
図柄の参考(関連ブログ)
卑弥呼の創始、太鼓台1
http://kabu003himiko.iza.ne.jp/blog/entry/694329/
卑弥呼の創始、太鼓台2
http://kabu003himiko.iza.ne.jp/blog/entry/695742/
卑弥呼の創始、太鼓台3
http://kabu003himiko.iza.ne.jp/blog/entry/698166/
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