2020/11/30

四国八十八ヶ所霊場巡拝の旅〔其之拾壱〕 第40番〜第44番  Ohenro88

  11月25日〜12月4日(9泊10日) 『四国お遍路さん(八十八ヶ所霊場巡拝)の旅』 (11)

6日目(11月30日)は、宿のスーパーホテル愛媛大洲インターを7時30分出発。前日の5日目後半は、高知県から、第40番・観自在寺、第41番・龍光寺、第42番・仏木寺へと、愛媛県、伊予の国、菩提の道場へ入っています。この日は、宇和町の第43番・明石寺をお参りし、一路、松山自動車道を利用し、松山ICで降り、第44番・大宝寺、第45番・岩屋寺を巡拝し、松山市内の第47番八坂寺、第46番・浄瑠璃寺、第48番・西林寺、第49番・浄土寺、第50番・繁多寺、第51番・石手寺、第52番・太山寺、この日の打ち止め、第53番・園明寺を巡拝し、この日の宿のある松山市街へと向かいます。八十八ヶ所札所の中札所となる第44番・大宝寺は、ようやく道半ばに到達し感慨深いものがありました。この大宝寺の仁王門の手前右下にある石洞に、今回のツアーにご同行いただいた先達の藤沢延子さんが、機関紙"へんろ"に投稿し記事になったとの、"三竦みの情景"が隠れています。カエル、ナメクジ、ヘビ。ナメクジはカエルに弱く、カエルはヘビに弱く、ヘビはナメクジに弱い。ジャンケンの様なこの世の摂理を感じるものでしょうか。教えていただかなければ、絶対にわからぬレアスポットでした。さて、6日目(11月30日)の行程は以下のとおり。

  11月30日(月)
     = (43)明石寺 = (44)大宝寺 = (45)岩屋寺 = (47)八坂寺 = (46)浄瑠璃寺 =
     = (48)西林寺 = (49)浄土寺 = (50)繁多寺 = (51)石手寺 = (52)太山寺 =
     = (53)圓明寺 =
    【宿泊】松山東急REIホテル(愛媛県松山市一番町3丁目3-1)

〔伊予の国(愛媛) 菩提の道場 26ヵ寺〕
 菩提と言うのは道であり、知であり覚であると言われています。あらゆる煩悩を断ち切り、不生、不滅の理を悟って、初めて得る仏果なのです。発心の道場、修業の道場を経て、ようやくここにたどり着くと言う訳です。

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【第40番 観自在寺】
平城山 薬師院 観自在寺(へいじょうざん やくしいん かんじざいじ)
 〒798-4110 愛媛県宇和郡愛南町御荘平城2253-1
 [ご本尊] 薬師如来
 [ご真言] おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
 第1番霊山寺から最も距離が離れているため"四国の裏関所"と呼ばれる。弘法大師が平城天皇の勅願により、一本の霊木から本尊の薬師如来と脇仏の阿弥陀如来、十一面観音菩薩の三体を彫像。残り木で"南無阿弥陀仏"の名号を彫り、庶民の病根を除く祈願をした。

仁王門(天井には十二支の方位盤)
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本堂
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大師堂
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栄かえる(ご利益:親子孫と三かえる。お金がかえる。福がかえる。病気が引かえる。)
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【第41番 龍光寺】
稲荷山 護国院 龍光寺(いなりざん ごこくいん りゅうこうじ)
 〒798-1115 愛媛県宇和島市三間町戸雁173
 [ご本尊] 十一面観世音菩薩
 [ご真言] おん まか きゃろにきゃ そわか
 弘法大師でこの地で稲を背負う白髪老人に出会った。老人は"われこの地に住み法教を守護し諸民を利益せん"と告げたことから、大師は五穀大明神の化身であろうと考え、尊像を刻んで稲荷大明神として安置し開基した。地元では"三間のお稲荷さん"の愛称で呼ばれ、神仏習合の面影を色濃く伝えている。

本堂
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大師堂
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稲荷神社
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【第42番 仏木寺】
一カ山 毘盧舎那院 仏木寺(いっかざん びるしゃないん ぶつもくじ)
 〒798-1102 愛媛県宇和島市三間町則1683
 [ご本尊] 大日如来
 [ご真言] おん あびらうんけん ばざらだと ばん
 大同2年(807)、弘法大師はこの地で牛を引く老人と出会う。誘われるまま牛の背に乗っていくと、楠の梢で光を放つ宝珠を見つけた。これは大師が唐から帰る際に、有縁の地が選ばれるようにと、三鈷とともに東方へ投げた宝珠だった。大師はこの地が霊地であると感得、楠で大日如来を彫り眉間に宝珠を埋めて本尊として一寺を建立した。

仁王門
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本堂
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大師堂
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七福神 石造
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【第43番 明石寺】
源光山 円手院 明石寺(げんこうざん えんじゅいん めいせきじ)
 〒797-0007 愛媛県西予市宇和町明石205
 [ご本尊] 千手観世音菩薩
 [ご真言] おん ばざら たらま きりく
 欽明天皇の勅願により、円手院正澄という行者が千手観音菩薩像を安置し、七堂伽藍を建立し開基。天平6年(734)、寿元という行者が紀州熊野から12社権現を勧請し2坊を建てて修験道場とした。その後、弘法大師が再興し霊場と定めた。建久5年(1194)源頼朝が命の恩人である池禅尼の菩提を弔って阿弥陀如来像を奉納し、経塚を築き山号の現光山を源光山に改めた。

仁王門
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本堂
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大師堂
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仏足跡(インド・グプタ朝、5世紀の作で、最も古いといわれる仏足石を摸刻したもの)
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【第44番 大寶寺】
菅生山 大覚院 大寶寺(すごうざん だいかくいん だいほうじ)
 〒791-1205 愛媛県上浮穴郡久万高原町菅生2-1173
 [ご本尊] 十一面観世音菩薩
 [ご真言] おん まか きゃろにきゃ そわか
 第43番明石寺からは約80q、峠越えの難所が続き、歩けば20時間を超す"遍路ころがし"の霊場であり、四国霊場八十八ヶ所のちょうど半分に当たり"中札所"といわれる。大和朝廷の時代、百済から来た聖僧が十一面観音像をこの山中に安置。大宝元年(701)、文武天皇の勅願により寺院を建立。元号にちなんで大寶寺と号した。弘法大師は、弘仁13年(882)ここで密教三密を修法し第44番霊場に定めた。

仁王門
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本堂
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御影堂(大師堂)
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蛇・蛙・なめくじの三すくみ(仁王門の土手の右下の彫り物)
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