とりあえず、まあ一段落かな。ここのところ仕事に没頭してブログを書きながら心の整理をする余裕もなかった。やっと忙中閑ありに或ることがふと思い浮かんだ。河童の絵で有名な日本画家の小川芋銭の画号「芋銭」は、自分の絵が芋を買うくらいの銭になればとの思いからだそうだ。私も絵で生活の糧をいただくことが生業なので、依頼された絵を何とか描き上げ職務を果たすまで重荷を背負った気分のままで気が抜けない。最近ほぼ仕上がった絵を改めて見直しながら加筆し微調整しているところ。
この仕事は意外なところからだったので大変驚いた。昔ある会合で一回だけお会いして、その後SNSを通じて普段の近況などを知る人からの突然の依頼だった。存在感のない地味な私を憶えていただけたことに感激しながらお引き受けした。注文されたのは掛け軸用の絵で、イラストレーターなので当然どのような画風でも喜んでいただければと依頼に応じたが、依頼主の強い想い入れのある内容と奇妙な事を思い出し少々気怖じした。
それというのは注文された絵の内容は偶然にも既に去年の夏に描いてしまっていた。あの旧作は今度のため前もっての練習に描いていたのかと不思議な思いにとらわれた。手始めに依頼主のご要望を具体的に確認するため、あの旧作を少しアレンジしたラフスケッチを直ぐにメール添付で送信してみると、やはりイメージどおりだったようで気に入っていただけ、全く同じではないが今度の絵は過去の拙作の積み重ねの上に発展し描き上げたのだった。
そのラフスケッチを元に大きな手漉き和紙に墨と筆で手描きし、軸装は依頼主の方で発注することになった。取り合えずフローリング床にクラフト紙を広げて掛け軸の全体と本紙の輪郭線を原寸で描きサイズを確認してみた。これは大作になると思いながら、その輪郭線の上に画仙紙を置き、ヨガをしているような格好で床に這いつくばって描く。慣れない姿勢なので途端に首や腰が痛み、膝をつきしゃがむと硬いフローリングでは膝頭も痛くなる。畳縁や畳の目が筆跡に出るのを避けるためフローリングにしたが、やはり日本画は柔らかい畳の上で描く方が良いと思った。
水墨画は墨で描いた部分は全く消せないため修正がきかない一発勝負だ。そのために薄墨で全体を描き、慎重に徐々に濃い墨で描き重ねていく手順にした。偶発的な墨の飛沫や滲みも計算に入れ、失敗すると取り返しがつかないので、手数が二倍かかるが別にもう一枚の試作を直前に描き、具合を図りながら本番の制作を同じように描き進めていった。
そして画仙紙が日焼けしないようにブラインドを下ろして直射日光には当てず、手の油脂も絵に付かないようにスムス手袋をして描き進めた。さらに付きまとう好奇心の強い飼い猫たちが絵の上に乗ってこないようにし、窓からの突風に画仙紙が舞って破れないようにも注意したが、うっかりすると無骨な自分の身体が絵の周りを移動する際に薄い画仙紙を破いてしまいそうになり動揺した。
こうして仕上げの加筆をしていると、あまり全体を完璧に描き過ぎても硬い窮屈な雰囲気になり、不完全な部分を意識して残さなければ水墨画のゆったりした趣が無くなるので完成の頃合いが難しく筆が戸惑う。しかも描き続けていると絵に愛着がわき手放しがたくなるので、そろそろ絵を丸めて筒に収め依頼主に発送しなければならないと観念した。今のところは依頼主に御迷惑がかかるかもしれないので、その拙作の写真はここでは掲載できない。
そのように依頼されて描かせていただいた絵の仕事をずっと50年近く繰り返してきた。その僥倖の過去があるから今も何とか生きていけるのだろうと感謝し、これからも過去を振り返らず絵で人を喜ばせるため地道に前に進んで生きたい。
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