きのうは
朝6時から
避暑と混雑回避で
墓参に出かけた。
ふだんは
信仰心のなさげな
《パートタイム宗教》の
カミさんだが、
墓参りだけはご執心で(笑)、
彼岸とお盆には決まって
連れ出される。
自分は、
毎朝晩に、ご神前、ご霊前で
ご祈念を欠かさず、
四六時中「神/霊/死/魂」について
考えているオタッキーな
《フルタイム宗教》なので、
別段、墓参りなんぞ
どーでもいいと思っている。
なので、
夫婦で相補的で、
バランスが取れてるのかもしれない。
「お花」も
二つで三千円もしたもので
「エーッ!!」
と驚かずにいられなかった。
ボンビーで
ケチクソな自分なら、
「【貧者の一灯】だいッ!」
と嘯いて、
庭の花々か、野の花々を摘んで
供えるに決まっている(笑)。
カミさんは、
きっと、幼い頃の
息子たち三人を、それこそ
目の中に入れても痛くないほどに
“孫可愛いがり”してくれた
亡父への思慕と感謝の気持ちが
あるのかもれしない。
墓は信夫山の中腹にあるので、
最近設置された手すりを頼っても
急勾配で怖いような感じである。
老母も
脳溢血で倒れる前の
80歳くらいまでは、
カミさんに手を引かれて
墓参に出かけていた。
叔父、叔母たちも
今や、皆80を越しており、
本家でもある我が家の
墓を参るのは
容易ではなくなってきた
と思われる。
お山には
ムクゲとススキが
共に咲き、
晩夏と初秋とが
遭い見るように感じられた。
帰参時には
上り路が渋滞しだしたので、
迂回して旧・緑ケ丘女子高側に
下りた。
新卒後、
生物の新任教師として、
念願の女子高に
赴任した頃を思い起こした。
苦労もあったが、
20代の青年教師時代の
甘酸っぱいような
“女の園”での思い出も
貴重な人生の財産である。
別棟にあった
合宿所/調理室で
食物科の実習ランチ後に、
この坂を同僚と駄弁を弄しながら
職員室に向かったものである。
きのうは、
アキと入れ替わりに、
ナツとフミが
そろって帰省してきた。
息子ラバーの
カミさんは
いつになく上機嫌である。
とーちゃんに出来るのは、
家庭料理かフレンチくらいなので、
昨晩も「ラグー・ド・ブッフ」
(牛の煮込み)を作った。
連日、振る舞い料理として
アスピック(ゼリー寄せ)やら、
パナシェ(盛り合わせ)を作ってるが、
自作して“ぼっち飯”してるよりかは
食べ手の反応があるのは、
創り手/パフォーマーとしての
やり甲斐が感じられていい。
なんだか、
同じプレートを
連日使い回してると
そのことに飽きてきて、
新しい「額縁」としての
斬新な物が欲しくなってきて、
ヤフオクやアマゾンで
物色しはじめた。
この欲求は、
「正情正欲」なのか、
「我唯知足」に反することなのか・・・
思案する自分もある。
読書の楽しみの一つとして、
読後に他者のレヴューや解説と
自分の思いとを
比較してみることがある。
最近では、
アマゾンの書評が
手っ取り早い。
2009年のベストセラーともなった
大著『1Q84』のレヴューともなると
千のオーダーにもなって、
全部を読み切れるものでもなく、
こういう場合は主として
「最悪」評価に目を通して
批判のポイントに着目することにしている。
中には愚にもつかない
低次元の感情的、恣意的な
ツイッター的な垂れ流しも多く、
そんなものは読むに値しない。
その点、
市販された評論には
建設的な批判が少なくない。
アマゾンのレヴューで
参考になるのは、
星分布である。
その場合、必ずしも
正規分布がよいわけではなく、
データ数が多い場合、
星の多い方に偏よってるのが
「良書」である確率が高いのは当然だが、
全体に万遍なく分布してるのは
「問題作」と看做すこともできると
考えている。
『1Q84』のレヴューは、
星5つ・・・36%
星4つ・・・25%
星3つ・・・18%
星2つ・・・13%
星1つ・・・8%
なので、
それぞれを
最定数の8で割って
簡易グラフ化すると、
****+
***+
**+
*+
*
となる。
標本数は
1000以上なので
信憑性のある偏り
とは言える。
単に「よく売れた」という
指標だけでなく
概ね良好なコスパであったことが
伺われる。
この結果に異議はなく、
ま、そんな処だろうな・・・
と思わないでもなかった。
プロ評論家の
「世界的文学とは判じ難いが、
概ねエンタメとしては佳作である」
にも同意できる。
分析心理屋としては、
世間の悪辣な罵詈雑言に
興味がないでもない・・・(笑)。
曰く・・・
(要点を編集/一部改竄有り)
「沢山の布石が放り出されたまま
物語が終わったのでモヤモヤ感が残りました」
「論理的な整合性をムラカミ・ワールドに
求めるのはナンセンスなのかもしれないが、
それにしても、メチャクチャ過ぎる」
「作品の中に、
『物語として面白く読者を牽引することができれば、
謎のままであっても作者の怠慢ではない』
と確信犯的に語らせて開き直っている」
「相変わらずのナルっぽい文体、エロ・シーン、
クラシックやらのぺダンティックな引用・・・と、
辟易させられる」
「こんな作品の作家がノーベル賞候補だなんて信じ難い。
何故、こうもムラカミ・ワールドが世に受け入れられるのか、
そっちの方がミステリアスだと思う」
「醜い外見の悪人が、殊更に惨たらしく殺されるシーンを
詳述しているのは、なんだか、差別主義っぽいものを感じた」
「永年の村上ファンだが、この作品に限っては、
これまでに見られてきた深みが皆無で、
ラノベ作家に転向したのかと唖然とした」
「恋愛の心理や描写が下手なのに、
売らんかなで煽って書かせた編集者にも罪がある。
そんなことだから出版不況の負のスパイラルに陥るのだし、
作家を堕落させるのだ」
***
毎年のように
ノーベル賞候補と騒がれ、
「ハルキスト」なるコアなファンが
世界中に居るという
ムラカミ・ワールドを
この夏休みの課題として
もすこし探ってみようと
旧作品やエッセイ類を
古書店で買ってきた。
河合先生との対談本も
もいちど目を通してみようかと
思っている。
河合先生曰く
「ほんとのミステリーとは、
解決を提示するものではなく、
不可解なまま終焉するものではないか・・・」
というのは、
なんだか「怪談」の定義じみていて、
ナルホドとも思わされたことがある。
ともかく、
読んでオモロかった・・・では、
分析心理学のプロではないので、
ユンギャンのコンテクストに沿って
論理的整合性を探り
言語化・アウトプットしていく
トレーニング素材としたい
とは思っている。
(ーωー).oO ウーン…

0