寝室をカーテンで間仕切りして
2畳ほどの空間を古楽器製作の
工房にあてている。
裏板を切り抜いた端材が
ギターのフォルムをしていたので
捨てずに、廊下側の入り口に
室内看板にしたててみた。
こんな時勢だからこそ
夢を抱かねば、と思いつつも
震災後の3週間
春休みで時間があるものの
制作意欲がとんと湧いてこない。
そのせいもあり
毎日の余震のせいもあり
「夢工房」プレートが
両面テープで止めているにも拘わらず
三日に一度はカランと
音を立てて落下する。
なんだか、その音を耳にするたびに
「ユメもチボーもないのか…」
と嘆息が出そうになる。
地震で壊れた
バロックギターも修復中だが
意欲が湧かずに
なかなか完了しない。
やる気が出てくるまで
もうすこし気長に辛抱するより
ないのかもしれない。
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「3.11大災害を生きる」
よもや我が人生で、かくばかりの未曾有の大災害に遭遇するとは、夢にも思っていなかった。今現在も、原発事故の危機に晒されつづけている。大気と水と土は放射能に汚染されている。田畑の作物も口に入れることが出来ない。
福島を英訳した「Happy Island」という言い方を、地元の企業CMで聞いたことがある。しかし、今の福島はどうだろう。地震・津波・原発という同時多発の災害に見舞われた人類史上かつてない最も不幸な県になっている。言うならば福島ではなく「不幸島」である。
世界の目には、日本そのものが不幸な島に見えるのかもしれないが、実際、複合大災害に苦しんでいるのは皮肉にも「Happy Island」という名の、その実「Unhappy Island」なのである。
宮崎 駿は、
「日本は台風・火山・地震・津波という自然災害にたびたび見舞われてきたが、それでもめげずに、この美しい島国を作り上げてきた。だから、これからも希望を失わずにやっていけるはずだ」
と言った。
たしかに、日本は自然に恵まれた国と言えるだろう。森林も多く、水に恵まれ、海洋資源も豊富だ。気候も温暖で、温泉も多い。しかし、自然は恩恵だけをもたらすわけではない。そのことを、今回の巨大災害でも痛切に思い知らされた。
でも、日本人は今度もめげずに、この美しい島国から離れることはしないだろう。厳しい災害に見舞われても、そこが自分の生地、島、故郷、母国であるからだ。
「Happy Island」という名の福島は、今は「Unhappy Island」状態にある。しかし、世界人類の英知を結集してでも原発を収束させ、そして、人類史上、二度も核の被害をこうむった国として、日本は、我われ人類が、これから「どこへ向かわねばらならぬのか」「どう生きていかねばならぬのか」という方向性を世界に示すべき責務がある。
原爆を落とされたり、大空襲に遭った戦後の焼け野原には、何もなかった。ちょうど巨大津波が瞬時に呑みこんで壊滅させた町や村のように。それでも、日本人は0から立ち上がった。心の中に「希望」と「やるぞ」という建設的精神を抱き、サムライ魂で窮乏と困苦に絶え、生来の勤勉さと団結力で、ついには世界第二位にまでなった。人類史上、奇跡の大復興劇を為し得た民族なのである。
しかし、何もないときの日本人は強く、優しく、美しかったが、豊かになるにつれ、我を忘れて忘恩の傲慢で身勝手な輩を輩出した。
また、0になっただけなのだ。見えざる手により、リセットされたのだ。極東の、黄色い猿の、エコノミック・アニマルの…と、かつて揶揄され軽侮された日本人が、いま一度、世界に人間の「強さ・優しさ・美しさ」を見せ付けることができるチャンスでもあるのだ。そうなってこそ、「不幸中の幸い」であり、「災い転じて福となす」。そう…。福島の「福」となるのである。
持ち前の島国根性で、日本を「福の島」に、「Happy Island」にしようではないか。福島には「うつくしま」という地方CMフレーズもある。「美しの島」日本を今、再生せずに、いつ再生するというのか。
わがこころ洗ひ清めてゆかねばと
洗心の二字
青空に画く
支配関係ならぬ
連帯関係の中に生まれよ
よき新しきもの
碧水歌
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