2010/12/8

記録写真と記憶写真  デジタルカメラ
写真は記録である。でも、記憶でもある。
記録写真は物事を正しく未来に向けてとどめておくために撮るもの。
だから色、形、明るさを正しく撮る必要がある。
一方、記憶写真は、たとえぶれていてもぼけていても、または色も明るさもめちゃくちゃでも、撮影者がそのときに見ていた情景を思い出させてくれるキーになってくれるもの。
人間の脳みそは適当なようで、すごい容量のものごとをとどめておいてくれるもの。
新しいものを見るたびに、古いものを忘れていく。
でも、忘れ去ってしまったのかと思えば、あるとき、ある瞬間にはっきりと思い出したりする。

海外に行って、しばらく英語で会話をしていると、あるとき突然、中学生のときに習った英語の言い回しが口から出たりする。自分でもどうしてそのフレーズが出てきたのかまったく分からないのに、突然、口から出てくるのである。

記憶とはきっとそういうものなのだろう。
頭の中にはぜ〜んぶ入っているのだ。
ただ、キーがないと出てこないだけ。

このキーの役割をしてくれるのが日常とり続ける写真なのだ。
ある一枚の写真を見ると、そのときの情景がはっきりとよみがえる。
一枚の静止画なのに、そのときの会話や温度までが思い出されたりする。

だから、私は頭の中の記憶をよみがえらせてくれるキーとして写真を撮り続ける。
そして、失敗写真も含めて、ぜったに削除することはしない。
写真を削除すると言うことは、記憶のキーを自ら破棄してしまうことと同じだから。
だから、私のハードディスクは恐ろしいスピードで増え続けるのである。

気に入らない写真を簡単に消してしまう人もいるようです。
あなたは、記憶のキーをなくしちゃっても平気ですか?

クリックすると元のサイズで表示します
ニューヨークタイムズスクエア前。
ライカ M9にて。

ここはいろいろな撮影隊に出会うポイントでもある。
この日も撮影がてらぶらぶら歩いていると、大がかりな撮影機材を広げた撮影隊を見かけた。
何の撮影だろうかとしばらく様子をうかがっていたが、いっこうに撮影は始まらず、仕方がないので自分の撮影を続けるためにこの場を離れた。
でも、実はお腹が空いていて、そろそろ食事にしたいなあなどと思っていたことを思い出した。
8


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ