2006/6/28

凍えた夏の一人芝居  






凍えた夏の一人芝居、時に無力は便利
不平不満の果てに、すがる止まり木にも似て
ああ、空が青いなぁとか
ああ、雲が白いなぁとか
自他公認の唐変木
梅雨明け間近の空はいつも何かを考え込んでいて
灰色の雲の隙間から時折
子栗鼠の様にちらちらと太陽が覗く
何もしないでいる時間の蓄積
身体は癒えたが精神は萎えた
まったく調和が図れない、窓には昨日死んだ虫
DDTをぶっかけてやったら
五分あまり狂った様に暴れて
それから二度
殴られた様に蠢いて果てた
凍えた夏の一人芝居、汗だくになりながら
虫の死に様に拍手して少し眠った
殺虫剤というのは
虫の呼吸器系統を駄目にして殺す薬だ
つまり窒息
まだ飛べる羽が昨日も今日も
誰かの不快感で窒息してくたばる
それを集めて河原で燃やすと
花火の様な音を立てて一瞬だけ燃えた
凍えた夏の一人芝居、俺が見ているのは
決して何かを示唆しているような奥深い景色などではなく
黒く丸まった
透明度の高い羽を持つアブの死骸に過ぎなかった
死を求めれば死を求められる
さっき林檎の皮を剥いた
ペティーナイフがこちらを向いてにやりと笑った
俺は知らない、そんな道理は…
もう少し理知的な誰かに捧げてあげればよいだろう
冷蔵庫には炭酸飲料
飲み干すほどに枯れてゆく
まったく不条理だが
慣れというのは少なからず必要とされる
接続出来ないトランスミッションを嘆いたりなんかしない
気に留める方向がそもそも間違っている
凍えた夏の一人芝居、キーボードに浮いてゆく汗を
足跡のようだと思いながら見ていた
跡を残していくものたちはみんな寂しがりや
電柱に匂いをつけていく犬、ナワバリなんて
関わることを前提とした絶対的領域
昨夜からそよとも風が吹かない、腐葉土の様な大気
こんな日に詩を好む理由などそもそもありはしないのだ
ペットボトルに八つ当たりすると
残っていたまがいものの珈琲がカーペットに染みを付けた、窓の外では蜻蛉が飛んでいる、コアカトンボだと教えられたがそれは果たして本当だろうか
あいつらはすぐに気を失う
いつも少し罪を背負った気分にさせられる
やたらと動くものに突っ込んでくるのだ、まるで何がしかの覚悟を持っているみたいに
だから思い切り窓を開いたことがない
打ち捨てられた水田が沢山あるこの辺りじゃ
一缶の殺虫剤が一月も持たないことだってある
窓からの眺めは最高だったけれど
ふって沸いたようなマンションに遮られた
だから今ではいつごろ日没なのかはっきりそれと知ることがない
いつの間にか暗転した
世界のカーテンを引く
カーテンの向うは闇だが
窓の内側にはそれを塗り潰して余りある感情がある
凍えた夏の一人芝居
街路で野良犬が縄張りを争っている
ああ

あいつらは
きっと楽しいんだろう









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