2006/8/3

こころになんかなんの意味もない  







こころになんかなんの意味もない
君が幾日かふさぎこんだ後で、キラキラした口紅でグラステーブルに
時代錯誤とも取れる、笑えるくらいロマンティックな
置手紙を残したのは昨日のことだった
俺がどこかで派手に酔っ払って帰ったその朝のことで
感傷的になるには少し―かなり、気分が悪くて
こともあろうに夕暮れあたりまで気付かなかったんだ
安い…多分ジャックダニエルとかの
臭いが染みついたシャツに顔をしかめて、シャワーを浴びようとソファーから起きた瞬間だった
君が意図したタイミングにははるかに及ばなかったせいで
何もかも渇いてかすれてしまっていた
最後の夕日が閉めそこねたカーテンから紛れ込んで懸命に反射していなければ
もしか朝まで気づけなかったかもしれない
あぁん、懐かしい歌を聴いているみたいな気分だよ、考えたいことはいろいろあるけど、今はとりあえずシャワーを浴びなくちゃ
そのうちこんな目にあうことは判っては居たんだ、なんと言うか、その…
修復作業ってやつが苦手な性分でさ
もとは、そう、相当キラキラしていたのだろう口紅の字体を
おぼつかない指先でゆっくりとたどった、最後の…そう、握手かなんかのつもりで
隣りの奥さんの連れたまだ子供の
ウイリッシュ・コーギーの鳴声がうるさかったけど
不思議なことに幸せなときよりは幾分マシだった
シャワーを浴びよう、シャワーを浴びてすっきりしたら
部屋を少し片付けなくっちゃいけないな
痕跡には容赦なく対処しないときっと痛い目に合うから
こころになんかなんの意味もない、そうだね、きっと、君の言うとおりなんだろう
君は今頃もっと深くその言葉の意味を知っている、諸刃の剣しか―
そんなものしか振りかざせないようなお人よしだから、今頃はどこかの
駅かバス停で静かに耐えているんだろう
俺はシャツを脱いだ、それから
あたりに散乱した、落葉のような抜け殻をひとつずつ拾って洗濯機に投げ込み
洗剤と柔軟材を放り込んでボタンを押した、そんなものを押すのは本当に久しぶりのことだった
そのうねりを聞きながらシャワーを浴びていると、水に殴られる繊維のように
自分の何かがこたえてゆくのが判った
こころになんかなんの意味もない、うすうす感づいちゃいたけど
その気になるにはいろいろなものが足りなさ過ぎる呪文だな
切味の悪い刃物みたいで、多分あとあとまで
傷口は傷み続けるのだろう…多分君も同じようにね
痛みの数は同じだ、過ごした日々の数が一緒だから
フェアにしないと泥仕合になる―もうそんなこと気にする必要もないのかもしれないけど
気がつけば
ふやけそうなほど湯を浴びていた
やれやれ、飲みなおしたいけど
それはやっぱり止めといたほうがいいんだろうな
こころになんかなんの意味もないよ、湯を止めたらシャワーヘッドが
訳知り顔でそう呟いた、うるせえよプラスティック
あぁんと…
洗濯物を干す場所がねえな、それにいまからじゃなかなか乾きゃしない
恨み言を言おうとして止めた、そんなもの絶対自分に返ってくるから
目覚ましの電池を入れ替えないといけない、でないと明日絶対起きられないから
朝は少し早めに起きて、何か作るかどこかで食べるかしなくちゃいけない
こころになんかなんの意味もない
次の休日までに
いろんなことを塗り替えてしまおう…いやに湿度が高くてもう汗がにじむ
こころになんかなんの意味もない
シーツを取替え、テーブルを片付け、ゴミをまとめ、雑誌を縛った
珈琲を沸かし、2杯飲み、ピザを頼み、また沸かし
TVを見ながらああだこうだと
AC/DCの半ズボンや
アクセル・ローズの髪型にひととおりいちゃもんをつけながら腹を膨らませた
それが済むと食卓を片付け
汗を流すためにもう一度シャワーを浴びた、それから
明かりを消してベッドにもぐりこんだ、清潔なシーツからはいい匂いがした
こころになんかなんの意味もない
おやすみ、さよなら




今夜からはよく眠れるといいね










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