2006/5/31

夏の記憶・はぐれたシャツの残像  








昨日の雨に濡れたままの背の低い草を踏んで
立ち入り禁止の鎖をくぐって道の終わるところまで
時間なんてうんざりするほどあったけれど
一刻の猶予も無いみたいに僕らは走った
『誰も居ないところに行こう』
秘密の裾をはらりとひるがえした君のまなざしが
あの日僕を新しい扉にくくりつけたのだ
なだらかな上り坂
木漏れ日の向こうまで上って行けそうな
風は水平線の匂いがした
まだ無邪気に
互いの指先を遊ばせているだけで終わる夏のはずだった
道の終わるところを目指して走りながら
君の吐息がスタッカートするのにどきどきしていた
足音が
呼吸するのに忙しい心臓の代わりに弾んで
暑さに少しぼんやりした頭で
僕らはまだ見たことの無い僕らについて考えた
それは確かにロマンチックなひらめきだったのだ

道の終わるところに着くと木々は途切れ
切り立った崖の下には溶かしたばかりの絵具のような海があった
わああ、と君はかすれた声をあげて
僕と肩をぶつけながらただならない日向に腰を下ろした
本当に嬉しいときは
黙って目を細めるいつもの君だった
僕らは海と互いを何度も行ったり来たりして
それからようやく何かが始まろうとしている予感を見つけた
それは気まぐれのようになんとなくやって来た
僕らが考えていた
合図とはまったく違った
操られるみたいな始まりだったのだ
不思議なことに僕らはまったくやり方を間違わなかった
昔それを知っていたみたいに
高揚しながらどこかで
知る限りの世界を受け止めて開かれていたんだ
海から吹き付ける風からは水平線の匂いがした

放り出していた君のシャツがつむじ風に奪われ
遥かなところまで飛んで行ってしまったので
君は僕のシャツを着た
汚くないのと尋ねながらけれどどこか嬉しそうに
それを着た君の姿がある種の
契約の象徴のようで
夏に騙されたみたいに僕は感動していた
きっと君もそうだったんだよね
行きには懸命に駆けた道を
帰りには手を取ってゆっくりと歩いた
嬌声が微笑みに変わる夏
立ち入り禁止の鎖の向こうは確かに
木漏れ日の向こうまで続いていたんだ
そんな夏がいつか終わるなんて
僕らは微塵も考えたりしなかった
あの日の蝉は息絶えることなく
今年の夏にも鳴き喚いている

海に行くことは無くなった
真面目さの代償に嘘ばかり吐いて
故郷に帰る切符の代金を忘れた
あの日の鎖をくぐってもきっと
約束の行方は見つけられない
永遠すぎた夏は
鍵の無い閉ざされた檻になって
地下鉄のレールの
リズムに味気無いハミングを乗せた
あの日君が着ていた僕のシャツ
大切にしていたのにどこかへ消えてしまった
目的地で知らない誰かを蹴飛ばしながら降りて
自分の靴音に苛立ちながら出口を目指した

券売機が
あの夏の何かを吸い取って

汚いトイレの個室に隠れて自分の頬を殴ると
個室の壁に書かれたバカという落書きが
その日一番気の利いたものに見えたんだ



僕はどこまで
あの夏を昔に変えてしまっているのだろう?











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2006/5/26

テレフォンの下に潜むシステム  






よく晴れた空の真下、味の薄いイチゴジャムが詰め込まれたパンを頬張って
昨日電話し忘れたあの娘が今どんな気分でいるか想像してみる
綺麗な栗色の髪が、待ちくたびれるときの癖でくるくると巻かれて
今日には変な癖が残っているんだ
彼女はヘアースタイルを整えたりするのが少し下手だから
ドライヤのブオーブオーいう音と寝癖直しスプレーのシュッシュッという刻みがしばらく六畳のワンルームを支配するだろう
でも彼女の天然パーマは少し独特な曲がり方をするからきっと思い通りの形には出来なくて
そのとき初めて彼女はそれが僕のせいであるということを認識するのだ
あんなに待っていたのに、あんなに楽しみにしてたのに
それから一度は携帯を手に取る、もちろん僕に電話をかけようとして
けれど彼女は少々気を回しすぎるところがあってそこでもしかしたら僕が何か大変な用事を抱えてしまったのかもしれないとか考えて
もう少し待ってみたらどうかなあなんて思う、それから髪形を整えるのを諦めて
何年か前に浜崎あゆみが被っていたのとそっくりな帽子を被ることにするだろう
彼女の仕事は洋服を売ることだから、帽子を被ったままでいても一向に構わないのだ
そして鏡の前で何度も練習した飛び切りの笑顔を浮かべて夜の七時まで僕のことを忘れて接客を続けるだろう(もっとも最近の接客業には必ずしも笑顔は必要とされていないらしい)
休憩時間には近くのカップベンダーでカフェ・オレの牛乳多めを買って熱い熱いと言いながら無理をして飲み(何故か冷めるまで待つということをしない)
メンソールを一本吹かして張り切って仕事に戻る
彼女のいいところはデフォルトでポジティブを装備しているところ
ところでこないだ商品補充のバイトをしている友人に聞いたんだけどカップベンダーの自販機の内側ってゴキブリが凄いらしいよ、僕はそれを聞いてから缶ジュースしか飲めなくなった
その話をしたら彼女はどう思うだろう?『でもさ、ゴキブリがあそこから出てくるわけじゃないんだから』そういってこれからもカップベンダーを利用し続けるかもしれない
変なところで図太い、まったく
変なところで図太い娘だ
なんだか
声を聞きたくなってきたな
仕事の終わる
時間は
まだかなぁ







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2006/5/24

ぐうたらに過ぎるドラマ  






それは例えようもない瞬間だった、きみは踊り子のように綺麗なラインを描いて、少し呆然としたぼくの
えりもとに嘘とも本当ともつかない居心地の悪い優しさを差し込んで、退屈をまぎらわすように騒ぐ飢えたからすたちの声に隠れるように走りさった
きっと今頃は、こんな大事なときに限ってポケットのついたジャケットを選んでこないぼくのことを嘲笑っているのかもしれない、思えば姿見の前でいつもの洋服が何かしっくりこなかった時点で今日の結末はすでに予想されていたのだ
手紙になにが書いてあるのかはだいたい判ってる、きみが手紙をつづるときの雰囲気なんてもう映画に出来るくらい
巷で流行ってるサッド・ソングを流して悦に入っていたんだろ?それをするのはもう何度目だよ
しぶしぶぼくは手紙を開く、ことばはあんまり変わらない―月曜九時のドラマのせりふのよう―まさしく流行の歌にのせられて書いたような
したがってぼくは近所の小さな書店でオリコンウィークリーを買い求め、彼女がこれを書くのに選んだであろうBGMを予想してみた、気持ちの上では赤鉛筆を耳にはさんで
しばしばぼくは予想を離れて寄り道をした、それはおもにこんな順位の羅列が、ランクインしていない音楽を不要のもののように大衆に印象付けているという宿命についてだった
昨日どこかの有線で聞いたある一節をぼくは思い出す『自分だけの笑顔で、自分だけの生き方で、イエーイエー…』
何が聞こえてもどこかで聞いたものに聞こえる、こんな感想までふくめてね
保育器に入れられたレボリューションたちは、いつかと同じフレンジャーを抱えておしゃぶりを待っている、光の先に行こうなんて考えてもいないようなボーカリゼイション
初めての一途も、それぞれの交差点も、夕暮れに染まる街角も、かわりばえしない毎日も、永遠を誓うだの、アスファルトに咲く小さな花だの、もういちど夢を見るだの、あきらめたらおしまいだの、抱きしめたあの夜だの、うつむいていちゃ明日は来ないだの、忘れられなくてあの海だの、頑張れ頑張れ、甘茶でカッポレ
どなたのためのアイ・ラブ・ユー?変わりたいなら変えたもの出しなよ
まあ、そんなことはどうでもよくて、手紙の文面から推測するに、3位の曲だとアタリを付けて
確かめるすべはもうきっと無いんだろうなともう一度手紙を読み返す、何度読み返してもさよならがフェイクにしては多過ぎた
不思議なもんでなれてくるとそういうことは自然にわかるようになるもんだ
オリコンはコンビニの前でチョウマジチョウマジ叫んでた女の子に進呈した―何か受賞しても構わないようなそんなファッションをしてたから
あーそれにしてもこの街はたらたら歩くがきが多すぎるなぁ…煙草に火をつけて数度吸ってから一番うるさいやつを狙って弾いた
『あっち!』そいつは喚いてきょろきょろしたがなんせこの人ごみだ、誰が犯人かなんてわかるわけもない
ぼくはそういうことをこっそり実行するのが昔から上手だったから、おかげでバックグラウンドで別れが進行していてもまったく気がつかないってもんだ
一応念のため万が一を懸念して地下鉄に乗り込み友達のいる街で下りた
見慣れたドアの前まで来たときそういやあいつ今日どこだかで舞台に出てるんだっけ―今日び演劇なんてたいして流行らないのによく続けていられるよな
本番片付け打ち上げで朝になるでしょう、友達予報がそう告げたのではいはいわかった帰ります帰りゃいいんでしょ
どうせならもっと別のとこ予報してくりゃいいのにな、マクドナルドはどこが一番近い?ベーコンエッグとコーヒー入れておうちに帰ろう
帰ってテレビつけたら滝川クリステルが苦しげに話していたので、ちょっと人には言えないようないろいろなことを想像してしまって自己嫌悪におちいった
まあしかたがない、不健全な肉体には不健全な精神が宿るもの
滝川サンは少なくともきちんと挨拶をして最後はお別れしてくれる
あのさ、あのさ…眠れないんですけど、やっぱり手紙を読み返すべきなんでしょうか?
電気をつけるの面倒くさくてうだうだしてるうちに眠ってしまって、明け方の夢は、そんな自分を




恥じているといったおもむきでございました









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