2006/8/30

なんでもない時間に途方もなく冷たい切断を経験する  







なんでもない時間に途方もなく冷たい切断を経験する
それはいわば想像上の己の肉体を巨大な肉切り包丁で切り刻むようなものであるが
じくじくと刃のすべる音がなんともそれ以上でどうにもやりきれない
眠ろうと目を閉じてはひどい回想に襲われたみたいに跳ね起きて
それまで見ていた穏やかな夢をすっかり忘れてしまう
なんでもない時間に途方もなく冷たい切断を経験する
鏡を覗き込んで自分がまだ生きているのかどうか確かめた
あー微妙なところだ、ひどく無駄に磨耗した肉体にありがちな廃れ方だ
かなり悪い女神が寄り添って生気を吸い取り続けている(性器ではない)
くらくらっと眩暈がしてベッドに戻る―言うなれば半ば強制的に
そうして初めてどうしてこんなへんぴな時間に目を覚ましたのか思い出すんだ
ほうら、かなり来たぜ、かなり強烈なのが
首を根元から切り落とそうと目を血走らせている、身体は動かない、不思議なことに金縛りだ
アーアー、俺は悲鳴を上げるが、喉の奥の方でしか反響しない、馬鹿みたいだ
やたらリアルな白昼夢の(真夜中だけど)、それともそれで本当に死んでしまいそうな気がする俺のこと?
どっちだろうと思う間もなく首筋に食い込むさっきよりもひんやりとした刃の感触、ちっくしょうめ、念入りに研いできやがった…!何とか身体をよじろうと力を入れてみるものの
見えない力で押さえつけられていてびくりともしない―いや、びくともしないってことはそれはそもそも力とは違う類の所為なのだろうな
じっくりと楽しむように刃は少しずつ引かれる、おお、なんという切れ味だろう!まるで筋肉の繊維を一本ずつ切っているみたいだ…自分の首じゃなかったらうっとりと魅入ってしまうよ、きっと
血管に近くなると甲高い警告音のような痛みが走る、人間の身体というのは―
非常に、よく、出来ている
なんでもない時間に途方もなく冷たい切断を経験する、生命あるものに滑らせているというのに刃はまったく温もりを持とうとはしない…それはまるで確固たる死の概念のようで
痛みはさておきそれが含んでいるさまざまなイメージのほうが恐ろしくて仕方がなくなる
俺がどうしてこんな目に合わなくちゃいけないんだい
本当の問いかけに神様は知らん振りをする、まるで一日中働いた後で突然の雨に濡鼠になるような心境だ
あぁー、もうかなり深くだ、間欠泉のように血液が吹き上げている…自分の首じゃなかったらさぞかし綺麗だろうな、いや―魅入ってしまったことは告白しておかなきゃならないかもね
やがて頚椎に到達する―ここからがとんでもない
内側を通っている大切な組織が壊れる、次第に悲しいとか悔しいとか―このまま俺はどうなってしまうんだろうなんて気分がピントを欠いたものになっていくのを感じて俺は観念した、こうなってしまってはもうどうしようもない
もうなにも感じない、もう何事も判らない、なのに…どうしてこんなにも悲しみが押し寄せてくるのだろう…それは何度目かの目覚めだった、現実味を夢に持っていかれた儚い現実の気忙しい幕開けだった、俺は枕を投げ捨て、ベッドを逃げ出し―首筋に残る血の後を見つける、夢に操られて引っ掻いてしまったのか?それとも…



それとも……










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2006/8/29

死の匂い  








午後の陽射し、擦り切れた身体、十数年前に歯を立てたハムスターの
遺言がまだ左手の
親指の付根に残ってる
寝不足の頭で
過不足な夢を見て
不安定に有りがちな
残像に踊らされていた



自殺未遂の数を数える
ためらい傷の女子高生(ユミだったかエミだったか)
「どんなに決意しても動脈まで届かない」と携帯で
泣きながら誰かに話しかけていた
左手のクレープはもうぐちゃぐちゃに萎びて
彼女の制服の袖を懸命に汚している



最近出来たファッションホテルの看板の下で
チェブラーシカのシャツを着た浮浪者が死んだ
噂に寄ると数年前まで
どこかのレストランの店長をしてた男だという
その店はまだあるけれど
つい最近大幅な改装をしたばかりだって
死体のあった場所は
朝には囲われていたが
昼には開放されて
無数の靴底に踏みしだかれていた



信号が変わるのが少し早すぎる
高速の高架をくぐる交差点の上で
杖をついた老婆が盛大に跳ねとばされて死んだ
加害者は大手の銀行の職員で
社用でとても急いでいたといったそうだ
「手前で止まってくれると思った」
そんな判断で
彼女は二度と動けなくなった



電化店の店頭、液晶ワイドテレビが
どこかの駅前で通り魔殺人と告げていた
その次のニュースでは
やたら健全なミュージシャンが希望を歌っている



今日大橋で見掛けた
フェンスをずっとつかんでいたおっさん
あいつはまだ生きているだろうか
その目が
なにも見ていないように見えたのは
所詮俺の目だったからなのか
見知らぬ死が取り囲む晩夏、下ろした腰が麻痺のように心許無くて
顔を上げると何度目かの目眩が脳みそを揺さぶった



信号が変わる
盲人用のメロディが通過を保証するが




どうにも
俺は歩き出せないでいた











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2006/8/26

波のようならなにも壊れたりしない  









鳴き飽きて死んだ、油蝉の死骸が
夏の落葉みたいに
揺らぐ公園を抜けて
風の強い堤防の
短いトンネルを抜ける



飛行場から南へ
昼の便が飛び
見送るみたいに
穏やかな波が手を振る



いつのまにか
もう



積乱雲じゃないんだね



ボサノバみたいに静かに
呟いて俯いた
君は


浅瀬で波に遊ばれる
ヤリみたいな貝殻をずっと見てた




焼けたみたいに錆びた
誰かが捨てた車
サメの歯みたいに欠けた
小さなサーフ・ボード
テトラポッドの上で
座礁した流木、あの日からずっと




淡い夢の中で
息をしていたのは誰



過去は決して
夢とは呼ばない
かなわないことを
もう知っているから
機銃掃射のような
夕立にまぎれて
消えたあの娘の名前
もうたぶん
意味を成すこともない



立てなくなるほど打たれて
テトラのかけらに腰をかけ
早変わりのように現れた
猛る太陽に音を上げた
たちまちになにもかも
カラカラに乾き
もう
君の心配を
する必要もない




原始から
変わらない波
一瞬の夢の僕ら
少しずつ壊れてゆくなにもかもを
なんの為にこの手につかもうとするのだろう?



背を向けると
波は



喰らいつくみたいに高くなり
テトラにぶつかり弾ける飛沫に
思わず返り見る
波のようならなにも壊れたりしない




堤防の草むらで
なにかをついばんでいた一羽のハシブトガラス
少し惚けたあと
退屈そうに飛んだ




エンドロールのような波打ち際
水平線をなぞるように
カラスは
何処かを目指している







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