2007/1/31

二月が終るまで馬鹿みたいに空の端っこばかり見てる  












冷えたコンクリの壁に手を当てると君が走り去って行く気がした
冬の青空は高く遠く、どんなことをしてもきっと掴むことは出来ない
どうにもならないことに異議を唱えるみたいにアトリが鳴いている、飛行機雲が彼らに道筋を教える
背伸びをする振りをしてその軌跡をすっとなぞった
間に合わない夢を瞳を輝かせて喋るみたいに

心まで響かせる事が出来ない携帯電話、デジタルが心を駄目にしていく
そんな言いがかりなんか別にどうだっていいんだけど
あのころ少しの間だけやっていたチャイニーズフードショップの
店先の公衆電話で何度も君を呼んだ
都市中に張り巡らされた乱雑な配線を辿ってやってくる君の息遣いは
確かにほっとするくらいどこか温かかった
懸命にいろいろな話をしたのは
手持ちのコインがあまりなかったせいだった

あのころのことがどうしても思い出せない、もう駄目だと言ったのは確かに僕だったような気がするけど
振り返らずに走り去って行ったのは確かに君だったような気がする
タバコ屋の角を君が曲がった瞬間に
冷たい鈍器が僕の心臓を貫いた
今でも君は僕のほんの少し先を
追いつけない速度で走っているような気がする
こんな風に冷たいコンクリの壁に手を当てると

子供の手を引いた化粧だらけの若い母親が買物袋と一緒にぶら下げたイミテーションの夢
軋む自転車の舵を取る不潔な老人の呟き
空ろな目つきをしたサラリーマンの手の中の野菜ジュース
赤い皮のタイトに鎖をぶら下げた女の子の下手なファック
100万の狂気を制御してるマクドナルドの店員のスマイル
記憶に染み込んで神経を混ぜ返す宗教的な陽射し
インターネットカフェで混線する趣味思考の残滓
いままでどんな風にそんな渦の中を潜り抜けてきたんだろう?文字を入力して変換して送信してみたけれど
焦点を欠いたクエスチョンに返される答えはやっぱり焦点を欠いていた
愛を求めすぎて疲れた捨てられた犬のように

二月の終わりだけに降るみぞれ交じりの雨の夜には
約束が無くても君から電話して来た
あのころ僕達はきっと世界にふたりだけだったんだ
チャイニーズの店が潰れてから間もなく
店先の公衆電話もいつの間にか撤去された(もっともその少し前からもう線は切られていたんだけど)
回収に来た業者に受話器だけ貰えないかと言ったら
もう廃棄されるからかまわないよと言いながらブツリとコードを切った
きっとおかしな奴だと思って
すぐに渡してくれたのだろう
長く相手をするのが嫌だったに違いない
どうせ捨てるものだからかまわないよって
ブツリとコードを切ってから僕に手渡した
軽く耳にあててみたけど
聞こえてくるのは出口に迷った空気の嘆きだけだった

確かなものから逃げることに慣れてしまったせいで
どんな冷たい心にも傷つかなくなった
僕という個体がどんな理由を求めて存在しているのだろうかとぼんやりと考えるとき
街角に出て冷たいコンクリの壁に触れるのだ
適度な甘えを君のまぼろしに求めて
そのくせ誤魔化すのに必死で街を彷徨うのだ
君が冬の空から僕を見下ろしている
正しいとか間違いとかそんなありきたりな結論じゃなくて
終ってしまったことは一番確かなことだ
追いかけるつもりなんて初めから無かった、だからいまでもこうして思い出している
クレープを買うために並んでいる女子高生の列をぶった切ってタワーレコードの店頭に向かった
音楽はどんどんリーズナブルな値段になっていく
一番高いセットを買おう、パッケージの名前なんてどうだっていい
僕はきっとそんな事ばかり繰り返して死んで行くのだ
火葬場に潜り込むときに君の名前を呼ぶよ、君に思いなんか残していないけれど
受話器を抱いて眠る
名前も知らないやつの歌を聴きながら

二月が終るまで馬鹿みたいに空の端っこばかり見てる
もうしばらくだけ生きてる振りを続けていてもかまわないかな?














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2007/1/29

眼の無い灯台、合成レザーの蝙蝠の羽音  









果てしない山の頂で、力尽きた雪雲を見送る太陽
隠そうとしたものたちはすべて溶け落ちてしまう
まっとうな言葉は何も効果的でなんかない、理性は指針を固めるに過ぎない
理由のないものにこそ人は惑わされるものなのに
北風が肌を削ぐようだ


古い遊歩道を行き止まりまで上った
そこには壊れたベンチがふたつ、ひとつは足が折れ
もうひとつは、真ん中で叩き折られていた
高く伸びた名前の無い草の隙間から岬の小さな灯台が見えた
誰が、どうして、いつ
あんなものを見つめるためにここを拓いたのか
どこかを激しく照らす光は
己が心をただ静かに締め付けるのみだというに


小さな動物の足跡があり
何かを掘り起こしたような小さな穴の前でしるしをいくつも残していた
この辺りには猪がいると聞いたことがある
彼らが何を喰らい何を眺めるのかは知らないが
高い草に阻まれて見つけられない灯台は
きっと一度も彼らの概念に入り込むことは無い
這いずるには高く、見下ろすには低いヒトの概念は
所詮は部品だ道具だで補うより手が無い
深くしゃがみこみ、やつらにも読めるように
容易い字で地に言葉を残す、なるべくそれが自由なイマジネーションであるようにと祈りながら
異種配合を試みる科学者の気分はきっとこのようなものだろう


灯台に降りる道はないかい
彷徨えるつがいのメジロに道を聞いてみる、歩いていける道なんて俺たちは知らない、領空侵犯についてお前たちがたいして語れないのと同じように
やつらはそう羽を鳴らして仲むつまじく沖のほうへと進路を取って消えた
草を掻き分けて少し坂を下りると
もうさっきまで居た場所は見えなくなる
確信なんて少し居場所を変えればこの通り
後ろからいきなり殴られることだってあるさ
長い長い枝が光を遮り、昼なのにまるで夜のよう、きっとそのほうが
ここで息をするいくつかの感覚には都合がいいのだ
繰り返されるものは刻み込まれてゆく


降りた斜面は途中で途切れていた
捕まっている木が折れたら海までまっさかさま
そうやって消えたやつらが過去に居たかもしれない
不思議と恐ろしく感じないのは
それがあまりにも目前にあり過ぎたせいだ
斜面に根を張るにはこの幹は細すぎるような気がする
それはまるで視覚的なタイム・リミットだ、木々を伝ってどこかに繋がる道を探す
平地にたどり着くと身体が震えた
どうかなさいましたか、と穏やかな声
枝をいくつも束ねて抱えた
老人が笑いかけていた
「灯台へ行く道はありません」彼はひとりで話を続けた
灯台は閉鎖されています、戦後すぐのことです、この先にあるもう少し大きな岬に当時では最新型の灯台が立てられました、それに答えるように港は形を変え、この一角は忘れ去られました、あの灯台にはもう電灯すらありません
「あるのはいくつかのスイッチだけです」老人はそう言った「そこの苔むした岩のところから」と彼は指をさす
「灯台に続くささやかな遊歩道がありました、でも、昭和45年の大きな台風でその道は陥没しました…海に道を作るには当時の人たちにはノウハウというものが足りませんでした―台風が来なくともあの道は持たなかったでしょう」
誰もあの道で死ななかった、それだけでも良しとしなければならない、彼はそう話した
まるで誰かがここで死んだのを見たことがあるみたいな口ぶりだった
「あなたはたまたまこの灯台を見つけたのですか―?きっとそうでしょうね」
この灯台は一度も地図に載ったことがないのです


「あれはじきに崩れます…もうすぐです」
気がつくといつの間にか夕暮れが近づいていてただひとり
手近な斜面に掻きついて見慣れた道を探した
葉零れて暗闇に吸い込まれる夕日は
この世の終わりを思わせた
手のひらを汚しながら斜面を登りきると、灯台のあるだろう場所を見た
草に阻まれている…何もかもが阻まれて……近くの枝からコウモリが飛んだ、彼らの羽ばたきは
落としたものを探しているみたいに性急だ


眼の無い灯台
眼の無い灯台
失われた道
眼の無い灯台


舗装道に出るころには最後の陽射しが消えた


どこにも繋がることがない道
あの
心許無さ


不法投棄のラブソファーの破れた合成レザーが
コウモリの羽ばたきを真似るように
揺れていた
揺れていた





ずっと

拒絶の仕種のように










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2007/1/26

不純物の上のいくつものブレス  











焼け焦げて刻まれたもがく手のような白い壁の上のツタは
エピローグのような風に吹かれながら拒絶のように力なく揺れていた
程なく崩れ落ちてしまいそうなブラウン、やつの血流はもう止まってしまっているんだ
壁の生まれるところでは帰化を阻まれた種が鼠の糞のように散らばっていた
長い旅の後、まだ拠り所を失ったままの俺はそれをじっと眺めていた、特別与える言葉も受け取る言葉も無かったけれど
それはあても無く眺めるにはちょうどいい代物だったのさ
生まれずに焦げた蕾のひとつから疲れ果てた顔が現れた「教えておくれ」そいつは言った
「俺たちの役目はもう終わったのか」俺は目を細めて首を横に振った「俺には判らんよ」
「正しい答えが知りたいわけじゃないんだ、ただ…」ただ、と言ったあとそいつは口ごもった
俺が黙っているとやつはいたたまれないというように俺から目を逸らした、どんな風に話せばいいのか、あるいは、ここで話すのを止めるべきなのかと―迷っているように見えた
「120年も前から」そいつはほとんど目を閉じるようにして話し始めた「120年も前からここで繰り返してきたんだ」俺は黙ったまま肯いた「ここにいればずっと生きていけると思っていた」
やつはもう一度顔を上げて俺の事を見た、今度は目を逸らすことなど考えてもいないみたいだった「もうここには土は無い」「教えてくれ」
「俺はどうするべきだと思う?」
俺はしばらくやつの目の中を覗き込んだ、その中に何かがあるのは見えた、でも、それは俺が触れていいものかどうかどうしても判らなかった「諦めたいのか?」それが口にしていい言葉なのかどうかも判らなかった、やつは一瞬大きく目を見開いた、そして―笑った
「そうだな、そうかもな―このあたりだけ周りと景色が違うことは判っていた、鳥やトカゲにいろいろな話を聞いたよ―地区整備、とかいうのをされるんだって?」
ああ、と俺は答えた「景観のいい街にするんだそうだ、21世紀にふさわしい街並みとやらにな」
「それ、どんな景観なんだ?」「知らんよ、知ってるやつなんて多分居ないんじゃないか」俺たちは顔を見合わせて笑った、それは明日処刑される死刑囚と明後日処刑される死刑囚が監獄の廊下ですれ違いざまに交わす笑いに似ていた
「諦めたくは無いんだ」やつは話を続けた、気分は少し楽になったみたいだった
「だけど、下から吸い込むものも上から吸い込むものも―耐えられないほど汚れてしまった、今日生き残ったって…大して長くは持たないかもしれないな」
「なんなら―見届けに来てやってもいいんだぜ」俺がそう言うとやつはやけに空っぽな表情を浮かべた「今でもいいか?」「構わんよ」「すまん―あんたのことは忘れないよ」やつは照れたみたいに首を少しかしげた「俺らみたいなのがこんなこと言うの変かな?」「変じゃないよ」俺は不器用ながら微笑んで見せた、見送るものの義務として精一杯のことをやるつもりだった「ぜんぜん変じゃない」
「悪いね」「気にするな」俺は答えた「たまたまだよ」やつは笑いながらくしゃりと地に落ちた、決して土に返ることは出来そうも無い道の上へ
「これが死か」俺は死んだ植物を見ながら呆然と呟いた「これが死か」古城のようにやつはしばらく壁にもたれていたがやがて風に吹かれ倒れた、やつの唇だった辺りからしなびた種がころころと転げた「何か御用ですか?」
振り返るとその家の住人だろう老婆が訝るように俺を見ていた「すいません」俺は出来るだけ無邪気に見えるように心がけて答えた―無邪気だったことなんてもうはるか昔のことだけれど「高校のとき、生物部だったんです―このツタの種をずっと調べたことがあったので、つい―」老婆は俺の様子に安心したのかふっと肩の力を抜いた「そうでしたの」
「この種をひとつ、頂いても構いませんか?」と俺は聞いてみた「どうぞ」と彼女は言った「ありがとう」俺は礼を言ってそこを離れた
街外れの放ったらかされた新道建設予定現場まで出向いて、バリケードをくぐった―この道はもう作られることは無い、いくつかの戻らない林が切り崩されただけに終わった―それがどういうことなのかは俺には判らない―判る気も無い
仮舗装が途切れた場所には新しい草が生え始めていた、俺はそいつらの根元を少し掘って、やつの種を植えた―そんなことで、何かが始まるとは思ってはいなかったけれど
無造作に伸びた雑草たちがざわざわと騒いだ、歓迎か、拒絶か―それだって俺には判らなかった、整備される命など命ではないのだ
生まれることには法則は無い、どこかで何かが無造作に産み落とされてゆく、そのどれもが正しいルートを辿るなんて考えちゃいない―是も非も飲み込んで遺伝子はふるいにかけられてゆく、場合によっては清い流れが絶たれることだってある
誰にも決められないことは制限されない
俺はやつを埋めた場所に小便をかけた、ジョークと、哀れみと、祝福のつもりだった、あたりの低い草が手を伸ばしてそれを受けた
雨と、水道水と、小便を、彼らは果たして区別するだろうか―?俺の見解は―もう、判ってるよな?
あいつはきっとまた生まれてくることが出来るだろう―もしかしたら少し邪な心を持って俺たちに糞みたいなものを投げつけてくるかもしれない、でもな、ツタよ、お前はまた生まれてくることが出来る―多分、なんて無責任な言葉だけど




しかし、俺は―









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