本当に届く切手のありかを知ってるかい  














それは微かな泣声のような傷のおと、閉じ込めたところに必ず姿を隠して…指先で摘み上げると痛みが伝染しそうなそんな微かな傷のおと…耳をすませてはいけない、その音を聞いてはいけない…それはいつでも瞬時に君を傷つけることだって出来る、それは決して耳をすませてはいけないたぐいのおと、それは決してはっきりと聞いてはいけないたぐいのおとなのだ(そういうものはいつだってこするように微かに泣くのだ)
生ぬるい、幼少時の悪い記憶みたいな汗が身体に張り付いてはなれない日には、間隔を鋭敏に保つことはとても難しい、だから君に向けて手紙のような文章を書き始めることに決めたんだ―(投函するかどうかはまだはっきりと決まってはいない)カラスが鳴いているのが聞こえるかい?あんな声で鳴くことの出来る彼等に尊敬に近い思いすら感じるって君はよく呟いていたよね、必ず誰かに耳に留めて欲しい、そんな種類の巧みなひとり言(それはたぶん詩と呼んでさしつかえがない)カラスが鳴いているんだ、窓から見えるささやかな山の上にある墓地の中で…暑すぎるとそんな光景もどこかコメディックに見えてしまうものだ
ロックアイスをふたつ、コーヒーカップに投げ込んでアイス・コーヒーを飲んだ…容赦のない無糖、イメージとしてはそれは少しだけ出したカッターの刃がゆっくりと食道から胃袋までの道のりを開墾していくような…覚醒は痛みかもしれない、見えるべきものが見えたとき、そこに後悔を見出さないやつなんて果たしているのだろうか―?僕らが一番見たいものはもしかしたら真理や幸せなどではなくて完璧に消化されるというよく出来た方程式のような後悔なのかもしれない、「後悔なんて存在の全否定みたいなものだ」ジャンク・フードをヘプバーンのように唇にはこびながら君はよくそんな風なことを言ったね、それはまるでティーンエイジという特権を隅々まで喰らいつくさんとする早熟の哲学者のようだった(そんな思想はおおむね早く逝ってしまうとしたものだけど)だけどそれは、だけどそれはさ、君…「後悔なんて絶対に報われたりしない」って認識の元に展開される結論じゃないか―もしかそれが報われたりするころあるとすれば―?そんなものは後悔と呼ばれることはないのだろうか―?
ロックアイスがふたつ、さらさらと溶けかかってカップの中に残っている、彼等はそのまま溶けたいと願っているだろうか、それとも、水になってしまう前に口に運ばれたいとそう考えているだろうか―どちらにしても行き着くところはささやかな水に違いないのに…カップの中で小さくなっていこうとするそいつらは確かに僕に向かって運命を懇願したみたいに見えた、だから僕はカップを傾けてそいつらを一気に口に放り込んだのだ、冷たい感触がすうと溶けて、それは例のように思えたが到底そんなこと確かめられたりなんかしない―と、いうことはだよ、君―
僕らはとりあえずは行動においてその存在を認識していくしか手立てはないわけだ…「なんでもない自分」なんてどこかの行者でもない限り認識する事は出来ない、それはたぶん行者どもに対して失礼に当たるのさ…「なんでもない自分」を簡単に肯定して見せたりすることは―カラスの鳴いている声が聞こえるかい?君は今でもあいつらを尊敬しているんだろう…この手紙を投函するのは止めにしておくよ、「手紙を書いている僕」が、「もう少し整然とした言葉で様々な事を綴って見せたほうが手紙としては効果的だ」なんてことを言うもんだから―そう、つまり、手紙なんてこの先おそらく投函される事はない―だって僕は詩人なわけだから―言葉なんて乱雑に投げ出す以上に美しく見えることはないのさ、君、君になら判るだろう―あんな声で鳴くカラスを尊敬しているんだから―僕は言葉を投げ出すんだ、それが例え手紙という入口であったとしても。














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