みんな鳥の国が好き  
















5年前に潰れた320階建てのオリエンタル・ホテルの旧式の警報装置を解除して
126階まで俺たちは自分の足で上った、汗だくになりながら
90階で一休みしてでかいサンドイッチを詰め込み、126階まで俺たちは自分の足で登った
「ここにしよう」非常階段からその階に続く鉄の扉をゆっくりと開けたとき
彼女は瞳を輝かせながら俺の右腕を強く揺さぶった
ロビーから見える太平洋が一番美しい階、それがお前が俺に求めた条件だった
「これ以上上だときっといろんなバランスが崩れてしまうわ」
それから俺たちは部屋の鍵をひとつずつ開けてそれぞれの窓からの景色を検分した、まるでホテルのグランプリを決めるフェステバルの審査員みたいな真剣さで
25つのすべての部屋を見て回ったあとエントランスのテーブルでコカコーラを飲みながら
おそらくはローティーンのころのクリスマスの催しを考えたとき以来の真剣さでどの部屋にするか決めた「じゃ、早く行こう」そして彼女はまた俺の腕を揺さぶった
そもそものことの起こりは二月も前のことだった






俺の腕を取って子供のようにはしゃぐこの女は酒に酔って会社の同僚と過ちを犯し―引き剥がせない痣の様なプレゼントを頂いた、それに気づいたのは二週間前―彼女の頬にシミのようなものが出来た、その三日後に俺にも
「後天性免疫不全症候群。つまり―エイズだね」と首を横に振りながら医者は俺たちを哀れんだ「二人とも入院する事をお薦めする」そんな金は俺たちには無かった
彼女は南の方で父親に殴られながら育ち、身一つで逃げてきた女で、俺は夜間警備のバイトでどうにか食いつないでいる―そんな暮らしをしていた
治療に使う金など捻出出来るはずも無かった
「ごめんなさい」と病院からの帰り、ハムノイズのような声で彼女はつぶやいた、車道を行過ぎる車の音がやけに遠く聞こえた、女は零下の限界に投げ込まれたようにガタガタと震え―俺は微熱のような眩暈に逆らえずによろめいた「金を払えば治るんですか」対数十分前の医者との会話を思い出す―「なんとも言えん」医者はそう答えた「詳しい検査をしてみるかね?」
少し考えてみます、と答えて俺たちは病院を出たのだ
悪夢のような幾日かが過ぎて俺たちは結論を出した―イカれるやりたいことをとにかくひとつずつやってみることにしよう―あのホテル、と彼女はある日朝食をとりに出かけたカフェの窓から見える高層ビルを指差した「あそこに一泊しよう」
「しかし、あそこは―」潰れてる、と彼女は俺を制した「判ってるの」
「でも、あそこを管理しているのはあなたの勤めているところじゃなくって?」
それなら早いうちにやるべきだ―俺は同僚に結構な賄賂を渡し、その日は間違って警報が鳴っても出動しないでくれるように頼んだ「何か愉快な事でもあるのかい」にやにやしながら同僚はそう尋ねた「まあね」と俺は答えた、以前二人で歩いているところをこいつには見られていたのだ「OK、いいよ―彼女に素晴らしい景色を見せてやんな」
と、いうわけで俺たちは今日ここに来た
管理が徹底していただけあって部屋の中はすぐにでも営業出来そうなくらいだった、俺は口笛を吹いたベッドメイクもされたままだった、が―「少し風を通せないかな?」「―あそこ」彼女が指差した先には排煙窓の開閉装置があった「窓なんか開けて大丈夫かな」「誰が126階を見上げて状態を把握する事が出来るのよ?」俺は肩をすくめた
排煙窓のハンドルは硬く、二人がかりでようやく開けることが出来た、凄まじい量の空気が一斉に飛び込んだ―俺たちは悲鳴を上げた「これは風か―?」そうよ、と彼女ははしゃいで大声を上げる「向いのやつも開けましょう!!」
突風が絶えず吹き込む中で俺たちは小さなクーラーボックスからウィスキーを出した、それに街角で買った「よく判らない」粉を溶かして―「いいものだといいけどね」いいものさ、と俺は答える「なぜよ」
「俺の給料の半分くらい取ったんだぜ、こいつ」彼女は目を丸くしてくるくると回す「そんなに高かったら治っちゃうかもね―」そしたら生活に困らなきゃならんけどな、と俺は笑いながらカップにそれを注いだ「さ、それじゃ始めようか」彼女は頷いた
アルコールとドラッグの強烈な酔いに嬌声を上げながら俺たちはでかいベッドで何度も交わった(その粉はたしかに上等なテンションに俺たちを連れ手いってくれた)、出会った数年分を解体して組み直すようなプロセス―正直言ってこれまでのどんなものよりいい気分だった―お互いに息をするにもやっとになったころ、窓の外にはこれまでに見たこともない闇が広がっていた―飛び掛ってきそうな遠くの星を見ながら、俺たちは少し眠った







何かが激しく打ち付けられる音で目が覚めた
彼女がひとりがけのソファーを激しく窓に打ち付けていた―おはよう、と俺は声をかけた
ぜえぜえと息を切らしながら彼女は微笑んだ「割れない」当たり前だ、と俺は答えた
「お前の力で割れるもんなら風で粉々になっちまうよ」俺はナップサックからハンマーを取り出した―工事現場なんかで使われる頑丈なやつだ―「それだと割れるの?」俺はそれを持って窓の前に立ってみた「割れる気は―せんな」
三時間後、俺はくたくたになってソファーに倒れこんだ―息は切れ、身体は汗だくになっていた「無理だ」「水飲む?」俺は彼女からミネラルウォーターを受け取った
水を飲んで一息つき…忌々しい窓のやつを眺めやったとき、小さな傷が入っていることに気づいた―俺が入れたのか?それとも何か、構造上の欠陥が―俺は辺りを見回した、使えそうなものは―アレしかなかった
俺はベッドに駆け寄り、そいつに車輪があるかどうか確かめた―あった
「どうするの?」彼女が尋ねる
「窓の下のほうに傷があるんだ…こいつをぶつけてみる」ワァオ、彼女は言った「よし、やるぞ」俺はベッドを引きずり出した
でかい声をあげながら俺はベッドを何度も窓にぶつけた、部屋が地震のように揺れた…なんだか俺はいけるような気がしていた、神様が俺に味方してくれたような、そんな根拠の無い自信が体中を駆け巡った「見て!!」彼女が窓の上部を指差した―そこには確かに新しいひびが入っていた
俺はストーン・コールドのように気合を入れ、渾身の力でもう一度ベッドを窓にぶっつけた少しの沈黙の後、窓のひびは氷山が海に落ちるときのように全面に広がり、次の瞬間、強い風に押されてガラスのつぶてとなって俺をめがけて飛んできた―俺はとっさにベッドに身を隠した
顔を上げると彼女が硝子のなくなった窓スレスレのところに立っていた「きれい」と優しい目をしながら言った
俺は彼女に近づき、一緒に外を見た「やったぜ」「ふふふ」俺たちはしばらくそうしてありえない世界の光景を眺めた
「ね…先に飛んでいい?」「いいよ」
俺は少し身を引いた―彼女は泣きながらにっこりと笑った「最後の一言にしては重いかもしれないけれど」
「ごめんなさい」
俺は頷いた「あなたがあたしのせいで壊れるなんてあたしには耐えられない…だから逃げるの、弱虫だから」
126階から逃げるってのはすでに勇気だと思う、と俺は言ってみた
彼女は顔をくしゃくしゃにして笑った―口元にもっていった左手の
人差し指の曲がり方がとてもチャーミングだった…じゃ、と彼女は言った、俺は笑って頷いた
彼女は俺を見つめたまま次第に体重を後ろへ預けていき…紙切れのように下界へと落ちていった―あまりにゆっくりなのでそのまま浮き上がるのではないかという感じだった
さて、と俺は少し考えた
たいして考える時間は要らなかった、俺のやり方は―俺は彼女の名を呼びながらハイスクールのころの―ふざけてプールへ飛び込むときのやり方で外界へ飛び出した、物凄い風が身体を回転させて―











あおいだ太陽の光の中に、俺は確かにふたりの幸せな未来を見たのだ…















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