白の処方箋  















ソファーに横になって
うたた寝ているうちに過ぎた今日の残骸を睨む
ホワイトの絵具を溶かずにそのまま
耳の穴から脳髄が圧迫されるまで淡々と流し込まれたような気分
我慢出来る程度の痛みは
決して悲鳴に変わることはない
時代遅れだから解除出来ない留守番電話
取り立てて聴かなきゃいけないような用件はひとつとて無かった
短縮ダイヤルひとつで捕まえられる文化が
怖くないといえば嘘になるんだ
今日はそれ以上眠れるはずが無かった
ジーンズと軽い上着
誰かに見せるためのコーディネイトなんかではない
汚れた肌と鈍いが脆い内面を隠すための
とりあえずの処置みたいなもの
目標を失った複葉機みたいな気分の今日なんかには
空気すら敵に思える気分がある
スタイルではなくリアルなオールドファッションのスニーカー
それは思うほど踏みとどまるには頼りなく
だからこそ俺は意地になって歩く
堤防沿いから
橋をひとつ渡って
名ばかりの繁華街まで
「遊んでいきませんか」と声をかける男
無視を決め込んで自販機でコーラ
げっぷをしながらアーケードに潜り込むと
上手な舌の入れ方も知らないカップルがキスをしている
稚拙な行為の後ろにチラついているのが何枚かの札だろうことは
マジマジと見つめなくたってよく判る
一度でもアダルトムービーを見たことがある男になら
木も噴水もなにもかも取り外された中央公園で
ベンチに腰をかけて朦朧とした
長すぎる黒いジャケットをはおったあんちゃんが
アコギ掻き鳴らして何か歌っている
こだわりが才能とリンクするとは限らない
そいつを見てるとそんな言葉が頭に浮かんだ
心がアドリブを奏でないなら
やってることはただの死人の物真似さ
曲の終わりに拍手をしてやると
ポーカー・フェイスの眉毛だけが嬉しそうにプリングオフした
そいつが貴族みたいな礼を始めないうちに
さっさと立ち上がって駅の方へ向かった
駅の周りには浮浪者がたむろしていた
交番の連中は見回りにでも行っているのか
それともやつらがあまりに強情なんで諦めたのか
ろくでなしを甘やかしすぎる街
誰かの施しをあてにするやつらが繁殖する
縄張りを主張するような目で酔っ払ったやつが睨んだので
近くのバス倉庫へ連れ込んで声が出なくなるまで殴った
手がひどく汚れたので公園まで歩いた
公衆トイレが綺麗に改装されていたが
壁はセックスを連想させる落書きでいっぱいだった
「ようこ」という名の女の電話番号を頭にメモして
公衆電話からダイヤルしてみた
ほんとにようこが出た
「ほんととは思わなかった」と俺は言った
ようこはしばらく沈黙していたが
電話番号はほんと
落書きの内容は嘘
と無表情に語った
「違うんだ」
「…なにが?」
「ようこという女にフラレた事があってね」
俺がそう言うと女はちょっと笑った
「私は男を振ったことはないわ」
そうかと俺が答えると
「ほかに聞きたいことは?」とようこは言った
「ない」「そう、それじゃあ、おやすみなさい」
「眠れない」「なぜ?」「昼間寝てしまった」「あなた仕事は?ニートって歳じゃないわね」「世間は三連休だぜ」「ああ―そうだったわね」
「困ってるんだ」「昼間眠ったんなら身体は困らないわよ」
そうじゃないんだと俺は言った
「今日は記憶に残るような事が何も無かった」
「だからこのまま夜が明けると今日の気分から抜け出せないような気がする」
女はしばらく電話の向こうで考え込んでいた
そんな種類の沈黙を味わったのはどれくらいぶりだっただろう?
有線の関係は時々空気を吸い込む
「ねえ、それじゃいまから凄く心を込めてわたしにおやすみを言って電話を切って、それからこの番号のメモは破いて」
メモなんか取ってないと俺は答えた
「暗記したの?」「うん」「もう忘れた?」「うん」「じゃあお願い」
俺は凄く心を込めてようこにおやすみと言った
電話を切るとなんだか一区切りついたような気がして
俺は飛ぶように走って家まで帰ると
軽くシャワーを浴びてベッドできちんと眠った
目覚めると雨が降っていたが
ホワイトは綺麗に溶けて耳から流れ出ていた













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