「判る」  














俺の頭蓋骨のレプリカを百個ばかり作って片っ端から叩き壊す、そんな妄想のさなか最も恐れる事は誰かが俺に話しかけてくること…近くに鈍器になりそうなものがあるとなおさらだ
だから妄想に陥るときは時と場所を選ばないといけないのだろうが、どっこいそんな風にコントロールできないからこそ妄想なんて名前がついているわけなんだ、俺は白昼済ました顔でカフェに腰掛けながら―百個の自分の頭蓋骨を叩き壊す妄想にどっぷりと漬かってしまう…ウェイトレスが水を注ぐかどうか尋ねる、俺は思わずスプーンを手に取り…ウェイトレスがビクッとするくらいの勢いで
「あ、ごめん…ちょっと考え事してたもんだから。」
俺は水をついでくれるよう頼む、どんな考え事してたんだと彼女が心の中で突っ込みを入れているのが判る…(たぶん)凄く長い髪を頭の上でひとつにまとめていて―俺は彼女の頭蓋骨を想像する、頭蓋骨の天辺にまとめた髪を置く…そこにハンマーを振り下ろすとちょっと気持ちがいいはずだ
「あの…?」「いや、そういうのってどれぐらいかかるのかなと思って…。」
俺は不躾だった視線の事を詫びる、きわめて紳士的に
「気になりだすとどこまでも気になっちゃうんだ…許して欲しい。」
俺の気持ちが通じたのかウェイトレスはにこっと笑った「大変なんですよ、これ。」
「雨の日とか…くせっ毛なんで二時間ぐらいかかっちゃいます。」
「ということは、君はいつも三時間かそこらは時間を取れるように起きるの?」
そうなんですよぅ、と彼女は身をくねらせて笑った―そのときほかの客が彼女を呼びつけて、俺たちの話はそこで終った…なので俺は堂々と妄想に戻ることが出来た
百個の頭蓋骨―頭蓋骨、としたのは、複顔はさすがに時間がかかるだろうからで…それに、肉を殴る感触が自分にとってどういうものなのかという点がどうもはっきりしないし、百個も肉の上から骨を砕くのは相当に骨の折れることで…おっと、くだらない洒落になっちまった
自分の頭蓋骨のレプリカを百個砕くということにあまり込み入った解釈をつけてはならない―妄想の中に入り込みすぎる原因となる…俺は特に理由も無く、ハンマーを頭蓋骨に振り下ろしていく…一個、二個…
三十個目で少し疲れたので一時停止してウェイトレスが入れてくれた水を飲んだ、そのとき店の隅に居た彼女と一瞬目が合った、彼女はそのままバックヤードの方へ消えた…俺はまた妄想に戻った→再生
頭蓋骨にしては軽すぎる音を立てて(何せレプリカだから)次々と割れていく…さすがに手首は痛みを覚え始める…俺はハンマーをもつ手を変える、あまり使わない手だから軋むのが早い
半分まで割ったところで一休みする、水を飲み干す…程なくウェイトレスがまだ欲しいかどうか聞いてくる
「この店は水が余っているのか?」彼女はふふふと笑う
「なんだか考え事が長引きそうだなと思って。」俺はコーヒーのお変わりを注文する、すると彼女は困ったような顔になる「気を遣わせましたか…?」いや、と俺は答える
「もう一杯飲みたいと思っていたんだ―なんせもう少しかかりそうなんでね。」
あの、よろしかったら、と彼女は身をかがめて小声で聞いてきた
「どんな考え事をされてるのか教えていただけませんか…?」
それは出来ない、と俺は答えた
「真昼間から考え事してるいい歳の男に考え事の内容なんか聞いちゃ駄目だよ―たいてい聞くとガッカリするような代物だから。」
俺が真面目な顔をしてそう言うと彼女はくすくす笑いながら仕事に戻った
彼女はもう一度髪型を褒めてもらいたいんだろうか?時間がかかるんならそれも当然だろう
七十個目を超えたとき、俺の心中には腕の痛みとは違う―もっと何か別の種類の痛みが走り始めた、それが百個目に至ったとき…俺はぼろぼろと涙をこぼしていた―幸い近くに客は居なかった…俺はナプキンを取り顔に当てた
一度それを拭ったとき横からタオルが差し出された、俺がポカンとして見上げるとさっきのウェイトレスが俺と同じように涙を流しながらタオルを手にしていた…彼女は私服になっていた、今日の仕事はもう終わりなのだろう…
彼女は俺の顔にタオルを押し当てると、母親がするみたいに俺のことを優しく抱いた
「判るのよ」と彼女はつぶやいた







「判るの、私には。」












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