死の前の粉降りしきる机上  














夜に震えた眼が覚めるときの、その感覚を明日まで持っていけ
時の嵐の中ではすぐになにもかもが曖昧な
曖昧な約束のようになってしまうから、そう
苗字を思い出すのに時間がかかる友達のような、そう
どこまで読んだのかすら思い出せないほど捨て置いたノベルのような
そしてなによりもそれが
おまえ自身の中にあるものだということについて―そう、
空白の時間に爛々と開いた、一抹の寂しさを持っていけ
特におまえという一生は
おまえの中で何も成される事はなかったはずだ、なにかがあったような、そう
そんな気がするだけの
眠る前に見せてくれる
眠る前に見せてくれる
眠る前に
神様はきっとそいつを拝ませてくれるから
夜に震えた眼が覚めるときの、その感覚を明日まで持っていけ
それは武器にはならない
それは機転にはならない
それは、闇を光に転化させるような気の利いた魔法じゃない
だけど
それが心のうちにあれば必ず
おまえの心臓は確かなビート感覚をキープ出来るだろう
ひとはもう荒野に出ることはないから
風のゆくさまを言葉にしたがる、胸に宿るものを―遠吠えの代わりに
いつか、そう遠くない昔に
俺は自分だけの遠吠えを手にした
言葉にしなくてもいいもののために
この湿気た夜にも言葉を連ねる、おお
戦闘機のような蛾がひとり、網戸に枝の切っ先のような足を絡ませて
俺に何らかの感覚を撃ち込もうとしてる、それは鱗粉となって鼻腔へ潜り込み―
俺の有機的な配列を僅かに改ざんして悦に入る―そんなことが何になるというのだ…
詩を読まんとするもののもとにはやつらはやたらとやってくる、おそらくは
片手で足りるような命をそこそこ誇らしいと思っているのだろう
そこには
詩人の理念など入り込む余地すらないのだから
優れた言葉はみんな悪あがきだ
あらゆる流れを受け止めないなら
子供のような駄々で済むのだから
俺はコミックのあいだに挟まっていたカードを拾い上げ
蛾が絡み付いている網戸の辺りにナイフのように投げる―やつは逃げたりしない
詩もなければ死もないというわけだ
俺はディスプレイに向き直る
『夜に震えた眼が覚めるときの、その感覚を明日まで持っていけ』
何度も繰り返されるフレーズはふざけている
俺は理解している、神様というやつがもしも居るとするなら―
恥辱に近い脆さに無表情を塗りたくるやつらに詩を促すのだ
俺は理解している、俺は理解している…俺の心中にはまさしくそんな塊がある
観念的な指先で触れてみると
たいていは同じところを切ってしまうだけなのだ
だけどもしもなんらかの法則によってそれが角をなくし
楽にどこかへ捨てにやれるものに化けたとしても俺はきっと躊躇するだろう
(もしかそれが俺に言葉を綴らせている動悸のようなものだったとしたら?)
夜に震えた眼が覚めるときの、その感覚を明日まで持っていくんだ
笑顔で語りかけてくるやつらは
心まで届くナイフを持っているぜ―しかも使い方をよく知っている
俺は武器を持たない
守るべき誇りを持たない
可聴音域のみに制限されたコンパクト・ディスクみたいに
整理された嘘など守る気にもならない
いつか、遠吠えを手にした―いつか、そう遠くない昔に
それに胸を躍らせた理由はもう忘れた
それはきっと
ただのスイッチの役割のようなものだったから
その熱が醒めたときに
喉笛が震える本当の成り立ちが判った
蛾が少しだけその向きを変える、やつは俺が書いているものを読みたがっているのだ
俺は窓を開けた
余計な衝撃を避けるように蛾は一度離れ
僅かな透間から光を求めて滑り込んだ
俺はそのままにして不定形な構築を続ける―ライトの傘にぶら下がってやつは
俺の指先の軌道を読んでいる
最後まで読みたいのか、と俺が尋ねると
やつは羽を震わせて紙吹雪のように鱗粉を散らせた
俺はそれをきちんとした返事だと解釈した
理由付けなんて如何様にもなるものだ―もちろん完全に否定することだって出来る
俺はそれ以上あちらこちらに気分を散らす事は止めて
目の前の事に意識を向かわせた、様々な思惑が生成を待たずに溢れ―
やがて一貫性のあるリズムが生まれる、俺はもう何も認識することなく
ただただ成り行きを見つめる少し忙しい傍観者だ
程なく俺はそれを仕上げる事が出来た
出来たぜ、と蛾の方を見やると
やつは、傘にしがみついたまま
もう
羽を揺らせてはいなかった
夜に震えた眼が覚めるときの―













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