2008/2/27

瞬きのうちに夜になる―シタール  













狂った虫の乱れ飛ぶ強い日向の幻想だ、おまえの喉もとには高熱、あらん限り俺が注ぎ込んだ、強欲な素面の状態…ひっきりなしに喉を鳴らしているのは飲み下すのが怖いせいだろう―蛇口から水滴、濡れた部分のだらしなさを嘲笑うみたいに気の無い調子で跳ねていやがる、用意した茶器が役にも立たないうちに埃を被っているのが見えるだろう?
いかさまなアンテナのラジオから地方のニュース、とある事故の死亡者数のアナウンスの途中で血を吐いたブロック塀の上の野良猫、それが地面まで垂れるのを待って舐めているバセットハウンドのグロウリー…意を決して飲み込んだおまえは激しく咽て昼飯を汚した
俺はそれを罰するために臀部に長い爪を突き刺す
爪の先にこびりついた浅いところの血からは淡水魚の味がする、おまえが肉にいっさい手をつけないせいだ―おまえから産まれた魚を食らう―背びれがもったいぶった指先みたいにビクビクと蠢くのを感じるよ…汚れた皿は庭にでも放り出しておけばいい、所詮焼き上げたものだから生命と同列に並ぶことは出来ないよ
狂った虫の乱れ飛ぶ強い日向の幻想だ…俺の指先は小刻みに痙攣しながらかつての忌まわしいものたちを勘定している…爪の隙間からぽろぽろとそのときの空気が零れ落ちて行くんだ、痒い!それは途方も無いほど痒い、震える指先をおまえの真理に差し込むとおびえた猫のようにおまえは縮こもる、俺のかつての中にひそむものをおまえはすべて吸い込んでしまうのだ、それがどんなものかおまえには判らないから…おまえのエンブリオで痛みに変換される、悲鳴を上げるのはよせ、騒がしいうちは悲劇など本当ではない
目覚まし時計が長い長い時を駆けてベルを叩いている、寿命が機械化された意味の無い蝉のようだ、俺はおまえの中に身体を半分溶かしながらハンマーを探した、まがいものではない、本当に何かを叩き壊すための重力を生み出すことの出来るハンマー、それは苛立って声を上げた口の中に隠れていた、引きずり出して放り投げると目覚まし時計は運命のように壊れ…二度と鳴ることは無かった
運命の音というのは多かれ少なかれ金属音を伴うものだ…俺はそれを文語的表現だとは特に思わない、文語的表現について口を酸っぱくしたがるのは―現実の痛みや痒みを詳しくそうと知らない奴らばかりさ
狂った虫の乱れ飛ぶ日向の幻想、潔く晴れた冬の温度をおまえは知らなかった、それはもちろん俺だって…暴発を繰り返す安物の銃、それを素敵だと言い張る安物のおまえ―塀の上で血を吐いた猫はすでに死出虫で塗れていた、硬質な羽の音…マスタリングのきつすぎるシタールの弦のような…塀の下にいた犬はどこかに行ってしまった、血のついたそいつの足跡の続く先で中年の女の叫び声が聞こえた、喧騒…何か重たい肉を打つような音、あいつもきっと死んでしまうんだろう―哀しみなんて語るものじゃない、俺たちのいまが犬死に同然じゃないだなんておまえには言えるというのか?
冷凍スペースの中でギチギチに冷えた氷がフロイトについて話している、でも俺たちはそんなことに注意を払わない、俺たちが最も眼を見開かなければならない時間はとっくに過ぎてしまったんだ(しかもそれはどんな理由を貼り付けてもまったく何の意味もありはしなかった)氷は解ける…冷凍スペースの中で、ギチギチに冷えたまま…完全に押し黙ったとき、奴は氷でありながら違うものの夢を見ている
老人が枝を振るい、死出虫どもが舞い上がる、見ろ、ああ、見ろ…あれはどんなものにも言い訳の出来ない死…猫は肉塊をわずかに残した骨となり、それはまるで着古されて捨てられた上着のようだ、ぐしゃっとしていて…ぐしゃっとしていて、すべてを諦めたみたいに見える、死出虫どもの羽音、マスタリングのきつすぎるシタールの弦のように響いて…肉の匂いがする、肉の匂いがするよ、なあ、何かを煮詰めているのじゃないのかい、おまえは朦朧として、ああ、だらしなく涎を垂らして…俺たちはどんなことをすればもっとも美しいものになれるのだろう?日向はどこへ行った、日向はどこへ行ってしまったんだ…いつからそこにいたのか判らない雀蛾がひとり
配合の下手糞な眠り粉のような鱗粉を降らせている…













0

2008/2/3

Moonchild  












痴呆の少女が呆然とうろついている裏通り、停止中の工事現場の敷地内を通ってきた汚れた靴底が地面に残す赤土の臭いを、確かな老人が嗅ぎながら後姿を窺う夜中
月はクレセント、クレッシェンドが強すぎる風に時折雨雲を吹き付けられて、憤懣やる形無しと言った眼つきを瞬間で隠す―穏やかな心からでしか、穏やかなイエローは生まれないものなのだ
僕はコカコーラを飲みすぎて眠れなくなっていたんだ、それらが徘徊する一部始終を見ていた、老人が毒を持った優しさで少女の腰に手を回すのを、それから路地裏で行われたいびつな感動の交換を、僕は傍観者だった、誰を殴ればいいのか判らなかった…大きな音を立ててげっぷをしないように、それだけは気をつけていた―聴覚と嗅覚に優れたものたちが抗議の声を上げる
さながら夜は満たされぬ思いがそこかしこに跳ね返るピンボールのよう、僕はすべてを見たけれどもあまりにもくだらないと感じていたので欲望など覚える気にもならなかった、少女は痛がりもしなかったし老人は苦労すらしなかった…外れれば外れるほどプレッシャーは少なくなるものさ―僕に胡散臭い正義感があれば二人とも殺したかもしれない
不思議なものでどんなに頭がおかしくってもきちんと回線は繋がるものだ、ああ、その少女の不自然なまでの口角に浮かんだまともさ、怖くはないけど僕の腕にはぷつぷつと鳥肌が立つ…すべてを見ることなくそこを離れるわけにはいかなかった、何故だか上手く説明出来ないけれど
すべてが終わるときに、二人は古木戸が軋むときのような声で泣いた


炭酸と糖分とそんな光景がのどにまとわりついたまま真夜中、僕はノートにそれらの光景を書き写した、書き写してそして吐いた…汚物からは甘い匂いがした、たいしたものを食べていない、たいしたものなんか少しも食べていないんだ―限りなく液体に近い泥に足を突っ込んだような音が反復される、そんな光景など望んではいなかったはずだよ…狂ったものは忌み嫌うべき?僕には何一つ答えは出せない、僕はまともじゃない、踏み外していないだけ
誰が線を引くんだ、その境界に、誰が線を引くんだ、確固たる信念を持って誰が線を引くんだ、誰が線を引くんだ―僕が見たものを誰か正しく解説しておくれ…目の前に晒されたところできっと僕は納得しないだろうけど
限りなく液体に近い泥に足を突っ込んだような音が反復される、僕は真似をしてみた、衣服を剥いで彼らの真似を…こんなことがなんの役に立つのかと心はずっと自問していた―痴呆の少女の驚くほどにまともな口角がするりと脳髄に忍び込んだので僕は達した、古木戸が軋むときのような声で泣きながら(だけど少し滑らかな感触が混ざってしまった)同じものではない…ここに零れたものとあそこに零れたものはたぶん
僕にはあんな在り方はたぶん一生理解出来ないのだ―部屋のドアがノックされる(礼儀正しく、とんとんと二回)ドアを開けるとあの少女がいる
「おにいさんね、あそこにいたでしょ、みていたでしょう、あたしのこと」
彼女はそう言う―僕はどこでへまをしてしまったのかと考える、帰り支度が早すぎたのか…少女はすばやく僕の背中を見つけてついてきたのだろうか?それでね、と彼女は続ける
「それでね、おにいさんはおじいさんみたいなことをする?」
しない、と僕は答える、僕はそれだけは絶対にしないだろうと感じたし、なによりも僕はさっき実験的に済ませたばかりだったから
「しない」僕がそう言うと彼女はいじめられたみたいにびくっとした、口調が少し強すぎたかな、と僕は考えてみた
「わたし、かえったほうがいい?」そうだねと僕は言う、もうずいぶんな時間だけれど
「暗いところは怖くないの?」
「くらいところってなに?」僕は言葉を失う―少女は少し眠たそうにしている「おいで」と僕は言う


目が覚めると、少女の姿はなかった…シーツの上に、おびただしい血痕だけがあった







誰の傷だ……?











0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ