2008/6/18

120階の屋上から150階の空室の窓に荒縄を結んで気が狂った男が綱渡りをしている  










120階の屋上から150階の空室の窓に荒縄を結んで気が狂った男が綱渡りをしている
彼の目は落ち窪みもはや世界を見るための確かな光はそこには無い
生まれてから40年近く繰り返してきた言葉たちも
綿毛のようにふわふわとどこかに飛んで行ってしまった
120階の屋上から150階の空室の窓に荒縄を結んで綱渡りをしているわけは
もしかしたらそいつらの背中をなんとか見つけようとしているのかもしれない
120階の屋上から150階の空室の窓に荒縄を結んで気が狂った男が綱渡りをしている
120階と150階の感覚はおよそ500メートル
その街のメインストリートの上にかけられた幅数センチのブリッジ
気が狂った男は昔怖いもののことをたくさん知っていた
怖れが自分を言葉に向かわせるのだと思っていた
怖れが自分の首筋に喰らいついて剥がれなくなったとき
自分が本当に書きたいものが書けるのだと思い込んでいた
怖れが自分の首筋に喰らいついたときに
あれこれと言葉を並べられるほど楽に呼吸が出来るものだと
信じて疑いもしていない時点でやつはどうしようもない馬鹿野郎なのだ
120階の屋上から150階の空室の窓に荒縄を結んで気が狂った男が綱渡りをしている
そこは地上から高過ぎるせいでしたにいるやつらは誰も男に気づくことはない
幸か不幸かその日は雨の前でまったく風が無い日だった
気が狂った男はまるでただの地面を歩くように構えることが無かった
自分がどこを歩いているのかさえ知っているかどうか疑問だった
男は年代物のラバーソウルを履いていた
そんなこと別にここで語ることじゃないけれど
120階と150階のあいだに張られた綱の上では地上の喧騒はわずかにも聞こえなかった
そのかわり何か種類の違う根本的な騒がしさとでもいうものがそこにはあった
いまにして思えばそれは静寂に過ぎる静寂であったのだろうと
後付けみたいに納得するしか地上の者には理解の仕様が無い
種類の違う根本的な騒がしさとでもいうものがそこにはあった
120階の屋上から150階の空室の窓に荒縄を結んで気が狂った男が綱渡りをしている、120階から150階へと張られた縄には当然のごとくにきつい角度がある
男はそれを信じてはいないみたいだ
子供でも制覇出来る丘を上るように歩みを進めていく
気が狂っているということがどういうことなのかよく判らない、でも
男を見ているとそれは様式を感じないということなのだろうかという気になってくる
感じないのか感じられないのか、また、それをどちらかに決めるのは必要なことなのだろうか
120階の屋上から150階の空室の窓に荒縄を結んで気が狂った男が綱渡りをしている、その男のなんにもなさは生まれて1000年も経っている樹木のように見えた
もはや枝を高くかざす必要さえ無くなった段階の樹木に
男はなんでもないことのようにずっと歩いていたが
傾斜のせいで歩幅はずっと狭いままだったので
歩いているうちに夜になった
(可哀相に、この男の命運もとうとう尽きてしまうのだ)俺はそう思って
その瞬間をせめて見ないでいようとカーテンを引いて眠りについた
次の日は何も予定の無い日だったので遅くまで眠っていた
目覚めたのは窓を叩く激しい雨の音のせいだった
顔を洗って服を着替え、窓のカーテンを開けた
男は雨に濡れながら中間辺りにしがみついて動かなかった
はじめは動けなくなっているのだと思った、けれど目を凝らして見ると
男はどうやらすやすやと眠っているらしかった
ガトリング・ガンの弾みたいな雨粒を浴びながら
ふかふかのベッドの上にいるみたいに安らかに眠っていた
重力によって亡き物にされるよだれがひとすじ口元から漏れた
やがて男は目覚めると雨で顔を洗い
昨日と同じ調子でまた歩き始めた
120階の屋上から150階の空室の窓に荒縄を結んで気が狂った男が綱渡りをしている
昨日と同じどんな苦労も感じられない静けさで
(俺には次第にそれはそいつがまともだからこそそうしていることが出来るのではないだろうかと思えはじめてきた)
もしも自分が銃を持っていたなら
当てられないと知りつつそいつに向けて引き金を引くだろう
120階の屋上から150階の空室の窓に荒縄を結んで気が狂った男が綱渡りをしている
そいつは俺の首筋にも正真正銘の怖れを喰らいつかせるみたいだ
俺は綱の上にいる男よりも怖れ乱れている
神様あの男を無事に150階へ届けてはいけない
何故だか俺はそれを強烈に感じて祈り始めた
その瞬間まで神を信じたことなどなかったのだけれど
120階の屋上から150階の空室の窓に荒縄を結んで気が狂った男が綱渡りをしている
朝から激しい雨が降り続いている
そいつはのんびりと歩きながらフラつきもしない











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2008/6/18

猫の記憶  









つ、たん、とわずかなタップダンス、軒先を転がるようなリズムがして

時のながれをひとあしおいこして行く


あのひとは、いまごろ猫だろう、思いのほか自由な四肢で世界を掻いて

いずれかの路地裏へ、気取られず走りさる

うつくしい
流水のような毛並みを面影と呼ぼう


きっと穏やかな陽だまりの日には
ぼんやりと思い出すのだ

いつも、さりげなく身にまとっていたかすかな香りや

不文律を味方につけたような櫛の使い方

朝のうちスイッチを入れたままの
小さなラジオにハミングする口角

少し冷めすぎるまで待ってから飲みほす紅茶には
必ずセロファンのような厚みの檸檬の輪切り

ふ、とため息をつくと

ほのかにそれの香りが風に乗ったものだった


猫が好きだ、とよく言っていた、「人となりも知らずに惹かれてしまうような」彼らの奔放さが

何故だか大好きで堪らないと

いまにして思えば、そんなふうに語るときでさえ
ほんのかすかな乱れさえ見せることは無かった


柱時計があった場所から
なるはずのない時報がひとつ聞こえた

生活とはそんなふうに染み込んだひとつひとつなのだと
無人に近いようなひとりの部屋の中で

なるはずのない時報が


そうした奔放さが、あのひとの望みであったのなら、むしろ、そんなものは叶わないほうが良かったのだ、そう言ったら

それは男の傲慢というものだと
あのひとは、僕を諭すのだろうか


傲慢でない思いというものがうまく想像できない
そういう点で間違いなく僕は子供なのだ

だけど
恥ずべきことでないのならそれは触れなくてもいいことではないだろうか?

路地裏へ、気取られず、消えて行く
あなたの足音が聞こえる



そのうつくしい毛並みを
面影だと



僕は









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2008/6/18

なしくずし  










俺はなしくずしだ、運命よ俺の髪の先を噛め、俺の髪の先にお前の刻印を残せ
俺はなしくずしだ、溝に鼻先を突っ込んで汚れた水を飲む
俺はなしくずしだ、どれほどさまざまな手口を試みてみても何かが必ずこぼれ落ちる
気分だけが高揚で…酷いしっぺ返しを喰らうのだ
俺の名はなしくずしだ、運命よ俺の在り方を台帳に記録したか?
俺は必ずお前の元で無為な一日を構築し続けるだろう
俺のはなしくずしだ、誰もが俺の名前を聞いて鼻先で笑い飛ばすのだ
俺の名はなしくずし、さまざまな記録にそう記されてある、俺の名はなしくずし、両親にもらった名ではない、両親にもらった名などすでに忘れた
俺の両親は俺のために幸せになれなかったから
俺は彼らにもらった名を捨てた、俺の名はなしくずし、俺の持ち物にはすべてそう記されてある
俺の名はなしくずし、誰も彼もが、
俺のそばで不思議そうな顔をして行った、誰も俺の言っていることが理解出来ないのだ
俺の名はなしくずし、すべての総称として俺が勝手にそう名づけた
俺の持ち物には必ずどこかにその名が書いてある
フォントとは違う巧妙なやり方で
何語とも違う独特なリズムと間隔で
俺の名はなしくずしという、そんな風に名づけたことに大した意味などない
どうしてそんな風に名づけたのかなんて俺にだってよく判らないのだ、ただあるときそれはそう決まった、子犬の顔を見て反射的に名前が浮かぶみたいに
俺の名はなしくずし、そんな風に俺は導かれた
なしくずしだ、なしくずしだ、なにもかもすべてそんな風に流れた
俺の名はなしくずし、崩れたものの成り立ちを見ていたり…そんなところには崩れる前よりも愛らしい何かがある
俺はなしくずしという名前を持って生きてきた、それはなしくずしというイデオロギーを持ってそこに存在してきたということだ
いでおろぎー、なんて馬鹿馬鹿しい言葉だと思うかもしれない、だけど
それが潜在的なものであるならそう言わざるをえない部分があるのだ、判って欲しい、俺は自分でも自分の話している言葉がよく理解出来ないのだ
俺の名はなしくずしという、凡百の言葉よりはましだという気がしたからそいつは俺の心中に生き残った、生き残ったけれどどことなくつきあい辛かった
なしくずしに持っていってしまえ、なしくずしに持っていってしまえよ
俺の名はなしくずし、その在り方以外に構築できるものなど何もない
こうしてぼろぼろと
崩れた壁の裂け目めがけて言葉を投げかけてなんになる
ちょっとばかり誰かに気に入られたからってそれがなんになる?
俺の名はなしくずしだ、その名以外に意味などないのだ
なしくずし、という言葉は
心臓の辺りに刺青のように彫られている、それがいつそこにあったのか知らない、俺はそれがそこに生まれる過程を見たことがない
俺の名が生まれたあとなのか、それとも俺の名がそこそこ植え付けられたあとなのか、それすら知らない
短刀を鞘から抜いて胸に刺すと
なしくずしという概念がぼろぼろと崩れ落ちる、ああ、崩れ落ちる前に、崩れ落ちる前に!
ロックンロールでその気になりすぎたんだろうぼうや、ロックンロールで何かに目覚めるつもりだったんだろう、ぼうや?
俺の胸の中身を全部さらけ出してもそこにエイトビートはなかったよ、床はなしくずしでぐっしょりだ
俺の名前はなしくずしだ
俺の名を呼んで欲しい









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