2009/1/25

宵闇、半端な色味の懐かしい影と紛れ込んだゴブリンの鋭利な指先  











上皮が裂けた左手の指にいつか巻きつけた絆創膏の糊の痕、冷たい、冷たい気持は午後を滑落しながらやがて来る夜の暗闇の中へ俺を誘う、そんな景色は何度も見た、そんな景色は…まるで形骸化した示唆の残留思念の果てなきリフレイン、土埃をまとった小さな窓にどこかの窓からの反射が攻撃を仕掛ける、見ていないで…見ていないでそんなものをいつまでも…強い光は眼を傷めるばかりなのに…投函されて届いた一通の封筒には宛名は無かった、何故…微細な血流を幾筋も浮き上がらせた青白い郵便配達員に俺は問いかける、彼は「自分の与り知らぬところ」と言うように首をただ横に振った、二、三度だけのそんな仕草はまるで時間に無意味な点を打つようだ…誰が俺の住所を知っているのだ、誰にも教えたことなど無いのに…投函された手紙には宛先など記されていなかったのに…?
死者に鞭打つように壁に掛けられてねじを巻かれ続ける柱時計はのそりと時を告げ、夕刻に鬼が忍びながらここに訪れる、俺が恐れるものがいつか俺を救済するだろう、すべのない時間にはそういうことわりが信じられるものだ、俺が恐れるものがいつか俺を…冷えた飲物を口にして何度も狂ったけれど、ただただ座していた、微塵も無かった、肌を越えてくる渦巻きなど…ただ宛先の無い手紙のように俺は座していたのだ、どこに行く当てもない薄ら寒い暮れ方だから、訪れた鬼すら数度首を横に振るだけのやり過ごす暮れ方だから…同じ姿勢のままで居過ぎて脚に痺れが走る、痛むがいい、痛むがいいさ、宿主を殺す寄生虫みたいに際限なく痛むがいい…どうせ俺はお前のことなど忘れてしまうから…忘れてしまう痛みなど何度繰り返したって哀しみに変わったりなどしない
長い廊下の幻想が半端なまどろみに犯される脳裏に影を伸ばしている、見知ったことのない学び舎の光景…誰の記憶がそれを俺に語るのか?長い廊下の先には誰かの影がある、でも俺はその影を追うことは無いのだ、それはきっと俺の記憶の中に居る誰かではないから…それはとても身体の細い女のようなシルエットだ、激しい逆光のもとに居て詳しい成立ちは少しも掴むことが出来ない…ほんの僅かに配色された影のようにそれはそこに居るだけだ、影としてはそいつはきっと蔑まれるぜ…実体か、本当に実体なのか、誰のものかも判らない記憶の中で、お前は確かにそこに存在しているのか…?俺にそれを確かめるすべはあるのだろうか、まどろみの長い廊下の先を、お前の影が見えるところまで走って?だけど、辿り着いたところで、お前は俺に名前すら告げることはないだろう…俺がそれを求めることもたぶんないのだろう…理由の無い世界、長い廊下にただただ光と影、おあつらえ向きな窓からの光線のかたち
廊下の先に居る女の腰の形を見つめているうちに、記憶の層の最も深いところにある何かが蘇る、(思い出してはいけないものかもしれない)なんとなく俺はそんなことを考える…奥底にあるものが放つ臭いなどだいたいそういう気持ちを呼び起こすものさ、思い出してはならない、だったら思い出さないとでも言うのかね?あれはきっと深夜の光景だ…俺は粘土細工のような目鼻立ちの無い形だけの生徒になって彼女のもとに居たのだ、そこでおいたをして彼女に叩き潰された、叩き潰されて…蠅のように終わったのだ、陰鬱な真夜中の運動場から戻ってきたばかりのあの…長い廊下で…もう一人居た、俺と一緒に殺された…顔の無い子供…記憶さ、ただの曖昧な記憶なんだ…死ねるやつから死んで、死ねるやつから死んで、儀式のように終わる幻想の時間、あの夜あの時、あの空間は幼い俺の頭を叩き潰すためだけに存在したのだ、その事にはたぶん間違いがない…あの女は、あそこに見える影だけの女は、その世界で俺たちを統率していた、在りがちなスタイルの俺たちのボスだった、そうだ、どうして今頃こんなところに現れるのか…運命のやることは俺にはまったく理解出来ない
いつの間にか暮れ方さ、今日の日もまたいくつかの暗闇を飛び越えるだけで終わる…幻想は消える、俺に奇妙な記憶を思い出させるだけに留めて…今度はどうするんだい、今度はどうするつもりなんだい、俺は排除されたのかい、お前は俺にそのことを悟らせるためだけにあっちから出てきたとでも言うのかい…おあいにくさまだ、俺の立ち位置などどれほどの時間が経ったところでおそらく変化することなどありはしない…明日もきっとこの場所でただ座しているのさ、迷子になったまま受け入れた汚れた子供のような眼をしてさ、ただただここに座しているんだ…ただただここに存在しているのみさ…毎日をかけがえのないものだなんて考えたことはない、その日その時はただ下水管に流れ落ちていく水のようなものだ、濁流の中でむざむざ流れ落ちることもないといくつかの出っ張りにしがみつこうとした足掻き、その出っ張りに残した剥げた爪や、指先の皮膚や肉片…そんなものが綴られているのがこれさ


薄暮に紛れ込んでやってきた鬼が俺の首筋に手をかける、お前、何を遊んで居やがるんだい…




最後の時はたぶん一瞬なんだって
俺にだって見当はついてるんだぜ












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2009/1/19

三拍子が変拍子(耐えがたい悪臭のワルツ)  
















生温い血を流しながら踊ろう
取れそうな手首を取りあって踊ろう
すでにくすみかけた
白目を見つめあいながら
次々と
奇妙なうめきをこぼす
唇をふるわせながら


おまえの恐怖の中におれがいる
おれの失意の中におまえがいる
それぞれの膿んだ傷口を生爪でほじくりながら
時計の針がこの世の終わりを指す頃までふたりで踊ろう


友達の首がふたつみっつ飛んで舞踏会は始まった
小編成のオーケストラはこぞって梅毒持ちだった
そこだけ存在が抜け落ちたような灰色の痣を顔面に浮かべながら
身の毛もよだつようなプロコフィエフのワルツを演奏していた
ウェイターが運んでるワイングラスには搾りたての
犬と猫と狸とフェレットの血がなみなみと注がれていた
処置をしない骨折がおかしな具合に完治した女が
次々と空にしてやがてぶっ倒れた


もみの木からぶら下げた
骸骨のアクセサリーが一番きれいなものだった
バイオリンは同じ旋律で必ず音を外した
ラバーマスクを被った男がマルクスを朗読していたが
ろくに歯が残ってないらしくてふにゃふにゃとしか聞こえなかった
ありがとうございます、と何度も繰り返してる黒目が変な方を向いた女の子がいた
誰も彼女に感謝を受けるような真似はしていなかった
カラスの首にリードを結んでお座りを教えている貴婦人がいた
真紅のイブニングドレスはバキュームカーから引っぱり出してきたような臭いがした
カラスは頑として彼女の言うことを聞かなかった
糞の臭いにうんざりしているように見えた
「団結などもう幻想なんだ」と
額の山脈を叩きながらジョン・メリックが言った


生温い血を流しながら踊ろう
仕組まれた予言を信じて髪を逆立てるアナキストの間抜けを笑おう
質の悪いシェイクスピアの猿真似ばかりの詩人を笑おう
未来の無い世界ほど毅然と胸を張るものだ
エンディングに向かってひとりふたりと突っ伏してゆく演者たち
投げ出されたストラディバリウスに誰かの鼻が乗っかっていた
黒目が変な方を向いた女の子が小便を漏らした
もみの木のアクセサリーがカタカタと揺れた


おまえの恐怖の中におれがいる
鼻汁の貼り付いた赤子のような顔をしながら
おれの失意の中におまえがいる
すくすくと育った無脳症の女みたいな顔をしながら
何かの拍子にいきり立った坊さんが鼻血を吹き上げながら
死体になった奴から順番に犯っていく
もはや何のためか判らない経が
すっきりしない暗色の夜空へ飛んでゆく
そこだけ存在が抜け落ちたような灰色の痣に
仏の道から引き戻されたそれがとめどもなくぶちまけられる
カラスはとうとう我慢が出来なくなって
貴婦人の目を貫いてもみの木へ飛びあがる
「おまえらはみんな狂っているんだ」
そう叫びながら水晶体の破片を吐き出して
くちばしの先で器用にリードを外した


踊ろう、踊ろうじゃないか、時計の針はまだ少しも進んでいない
誰かがネジを巻き忘れたのかもしれない、だけどそんなこともうどうだっていいじゃないか
大事なことになんか関わったりしない
気にしないことばかり並べて
音の薄くなったワルツに身を任せていればよいのだ
踊ろうじゃないか!夜はまだ始まったばかりだ
「ありがとうございます!」黒目が変な方を向いた女の子が一声叫んで絶命した
きっと小便で体が冷えてしまったのだ
片目を失った貴婦人はバランスがとれずにくるくると回っている
ああおい、音楽が無くなってしまうぜ!
ラバーマスクの男は息が出来なくなって死んだ



時計の針は


とけいの

はり




















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2009/1/18

執行猶予  










細かい砂つぶてを一身に受け続けるような目覚め
ちぎれる呼吸を統制しようともがきながら
窓の外に君臨する朝日の純潔さに
どうしようもない恥ずかしさを覚えてしまう始まり
俺の朝は裁きだ
いつでも
頭上に下るのは分の悪い判決ばかり
罪状認否、認めないものを数え上げながら歳を食った
オールオアナッシン
ナッシンの側の絨毯で身にならぬ飯を食う
古い日付の暦はみんな
空白を恥じて屑籠に逃げた


俺の電話を鳴らすのはいつでも誰かの不都合さ
穴埋めのために俺のIDが使用される
仰せのとおりに
思い通りに
具合の悪い傀儡となって御覧にいれましょう
望まれるだけの働きは完璧にこなしますが
それ以上はどんな油を注いでくれるかにかかってますよ
この世はミゾウユウの干ばつですから
傀儡だろうがなんだろうが
サバイバるためなら多少いやらしくもなりますよ
今月の明細まだいただいてませんよ
こちとら雀の涙できちがいの相手までしているんですよ


昼の長い休み、少ない昼食のあとで見上げた青い空は六道輪廻にまで繋がっていて
アッハ、獄卒が俺のこと手招きしてやがらァ
またそこからかい、またそこからなのかい
ずっと昔にも俺はそこに居たような気がするぜ、裂かれる傷みは何度産まれなおしても忘れられるようなもんじゃない
なあ俺あんたに会ったことあったかな?
こっちじゃなくてあっちの火の海の側あたりでさ
てめえの肉の焦げる匂いっていつまでもつきまとうよな
つまりはそれが罪ってもんの性質なのかなぁ?
なあ俺あんたに会ったことあったよな、もしかしたら互いに殺し合って
互いの肉を食らったこともあったかもな
残念だ、食らいついてみれば思い出せるかもしれないのに


ざああ、強い風が木々を揺らす音は荒れる海に似ている
こんなに強い風がいつまでも吹きすさんだのはいつ以来のことだろうか
凍った鼻先を犬のように鳴らしながら
俺の襟足を待っている運命のギロチンのことをぼんやりと考えた
寒い、冷たい
どんな季節にもやり込められてきたような気がする
記憶はいつでも傷みの度合いで色合いを保つものさ
なあ俺確かにあんたに会ったことがあった
どこだかまでは思い出せないけど確かにあんたに会ったことがあった
だけどどんなふうに話したのかまるで覚えてないんだ
俺の心の中にゃずいぶん前から他人が存在しないからさ
悪いね、だけど本気で謝る気なんかやっぱり毛頭無いんだ


何もない午後は眠い
睡魔にうながされながら白昼夢を見る
さようならという言葉をたくさん投げつけられる夢
隠したものがたくさん暴かれる夢
すべてのよりどころが皮を剥ぐように奪われてゆく夢
助けて、助けてと大事なものたちが泣いた
だけど俺はその身に届くことさえ出来なかったのだ
オーオー、アイデンティティは根本的に無力だ
暗闇で誇りを積み上げてみたところでそれがなんの役に立つのか
俺は小理屈をくっちゃべるだけのただの野良犬だ
なんとなく喋ることは出来ても得意なものは小便による陣地の確保だ
根元の濡れた電信柱以外に存在を匂わせるものが何も無い


ねえって、俺のこと覚えているかい
あんたと何度も食らいあったはずだぜ
あんなに悲鳴をあげて拒んでいたじゃないか
あんなに目を剥き出しにして俺の腕を食いちぎったじゃないか?
あんたの歯は、そうだよ、獣のように猛り狂っていた、そして朝日のように若々しかった
俺の血の味を覚えていないのか
顎を裂いて
喉笛から洩れるそれを嬉々としてずっと啜ったくせに
なあおい、俺のこと思い出させてやろうか
あそこでやってたみたいに食らいついてやろうか
俺は狂ってなんかいないぜ
俺は狂ってなんかいない、ただ少し記憶し過ぎてしまうだけさ


夢を見ていたんだろうか
夜が来るたびに目が覚める気がする
俺は結局どこにも進んではいないのだろうか
過去に縛られて渇きつつあるのか
左手の薬指に出来たひび割れだけがいつまでたっても治らない
流れない薄い血がいつでもうっすらと滲んでいて
その控えめな痛みはますます俺をいらだたせる
魂の無い世界にまで怒りを覚えて
やり場が無くなって胃腸に不快なものが溜まる
肉体を雑巾のように絞ることが出来たら
朝日のように純潔になることが出来るだろうか
今度地獄に落ちたら閻魔に頼んでみようか


俺を絞り出して俺でなくしてくれ
俺を絞り出して俺でなくしてくれ
繰り返す似たような死と生が俺の理であると言うなら
この魂を一度綺麗に殺してくれ
自分じゃそんな真似はもう出来そうにない、きっと一度試みて絶望したことがあるんだろう
俺を絞り出して俺でなくしてくれ
肛門からどんなクソが溢れるのか呆れるほど眺めてみたいぜ
だけど
俺が再びそれを食らい出したら閻魔はきっと腹を抱えて笑うだろうな
俺は欲しくなるかもしれない
俺は欲しくなるかもしれない
今度飲み込んだら





次は二度と出そうなんて考えもしないに違いないな








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